123 悪趣味と無許可
「いつまでそこに立ってんの」
ソファに座ったクレイグがこちらを見ている。店員は魔石を持ってくると断りを入れ退出していた。それをジルは扉のそばで見送った。自分はクレイグの付き添いだ。客ではないため、そのまま壁際に控えていたのだけれど。
――ここだと邪魔になるのかな。
もっと部屋の隅に寄ったほうがいいのだろうか。ジルが横にずれたとき、ちょうど店員が商談室に戻ってきた。薄くて黒い箱を持っている。店員は流れるような動きで黒い箱をテーブルに置き、クレイグに見えるようフタをあけた。
「エディ」
店員が魔石の説明を始めようとしたときクレイグに名を呼ばれた。声に苛立ちは感じないけれど、橙色の瞳は早く来いと語っている。
「説明聞いてて。オレは契約があるから」
「かしこまりました」
壁際からソファへと移動してきたジルは、クレイグの隣に座った。後でちゃんと説明できるよう、しっかり聴いておかなくては。ジルが身を入れる横でクレイグは書類に目を通し始めた。ちらりと窺えば、売買契約、誓約書などの文字が見える。
「左から順にご説明いたします」
紙から箱に、ジルは視線を戻した。薄い黒箱のなかには様々な形の魔石が並んでいた。定番の楕円に丸形。葉や雫の形、複雑に角が落とされた四角い物もあった。
「こちらは新作でございます」
店員の手が示した先には、ハートに整形された魔石があった。見た目は可愛らしい。しかし魔法の発動方法を考えると、選ぶ人はいるのだろうかと疑問符が浮かぶ。
「大変好評をいただいております」
「そう、ですか」
ジルは胸中で驚いた。ハートは、心臓や愛情を表した形だと聞いたことがある。貴族は危ない場所に行かないから魔法は不要。魔法石は割らない、ということだろうか。
「それが気に入ったの?」
ジルが凝視していたからだろう。契約を済ませたらしいクレイグが魔石を手に取った。指の第一関節ほどの大きさをしたハートを、矯めつ眇めつ眺めている。
「いえ、そちらは……」
「悪趣味」
「はい」
店員の手前、ジルは言葉を濁したのに。クレイグのはっきりとした物言いに、思わず同意してしまった。店員は不快に思っただろうか。そっと正面を窺えば、静かに微笑んでいた。さすが高級店だ。
「どれが良かった」
「携帯のし易さ、発動性から、おすすめは定番形です」
「お前が好きなのは」
「僕ですか? こちらです」
ジルは楕円に整形された魔石を示した。平たく丸いそれは、義父から成人祝いに貰った物と同じ形だ。ハート形を箱に戻したクレイグは、発光するなめらかな魔石を二つ取り出した。
「これにする」
「え」
「畏まりました。どうぞこちらへ」
店員はクレイグから魔石を受け取り、席を立った。二人は救護員の控えた部屋へと足を向けている。魔法を籠める前に伝えなければ。慌ててジルもソファから立ち上がった。
「お待ちください! 土の大神官様が身に着けるのですから……ご自身が気に入ったものを、選ぶべきです」
足が止まった。振り返ったクレイグの眉間には皺がある。自分はなにか変なことを言っただろうか。クレイグの不満とするところが分からず、ジルは首を傾げた。
「オレは魔法が使える。魔法石は必要ない」
「それでは、セレナ神官様に?」
大神官の責務は、聖女を支えることだ。優先順位についても分かったと言っていた。だから尋ねたのに。
「そこで待ってろ」
クレイグは声を尖らせて、さっさと別室に入ってしまった。ジルは魔法の封入作業を見たことがない。聖魔法は魔石を通り抜けてしまうため自分では行えない。許可もなく押しかけるのは、無作法だ。
――魔法を入れるところ、見てみたかった。
あの様子では取り合って貰えないだろう。ジルは諦めてソファで待つことにした。救護員に引き継いだ店員は魔石を片付け、書類を確認している。
「契約書は、教会で保管するのでしょうか?」
「売買契約の本書のみ、ソルトゥリス教会にお送り致します」
控えと、誓約書はこの店で保管すると店員は答えた。魔法石の流通量を把握するため、売買契約書は教会への送付が義務付けられている。
誓約書は、封入作業中の事故や魔法の暴発について、商会は一切責任を負わない、という免責事項が記載されている。だからこちらは店だけで保管するのだと、店員は説明してくれた。
「魔法石を使ったら、教会は判るのでしょうか」
「使用の把握は困難であったと記憶しております」
だからこそ、無許可の魔法石が出回るのだろう。把握できたら、使用者や封入者を簡単に特定できる。なんだか不十分な制度だ。だからといって、ジルに改案があるわけでもない。
――思いつくのは元を断つくらいだ。
魔法を使うとき魔力を消費する。その魔力は、魔素を元にしていると言われていた。




