122 教会と魔宝飾店
魔物調査は移動に八日、現地確認に五日、計十三日で組まれていた。
「僕だけ、よろしいのでしょうか」
「責任者から許可はとった」
真の主人はセレナだけれど、公にはされていない。クレイグの言った責任者とはルーファスのことだろう。
前回に続き、今回も戦況の報告書を作成することになった。しかし村人を襲った魔物、治療方法はすぐに判明したため、調査は予定よりも一日早く終了した。ゲーム進行とは異なる人物、クレイグの功績だ。
「それで、どちらへ行くのでしょう?」
「魔石屋」
一日分予定が空いた。だからといって、新たな魔物調査が入るわけでもない。ジルはこれまで通り風の聖堂で、ルーファスの手伝いや雑務を行うつもりだった。
それが今、どういうわけか馬車に乗っている。上座にいるジルの向かい側では、クレイグが窓枠に肘を着き、エルセルの街並みを眺めていた。
舗装された大通りは平坦で振動は少ない。リングーシー領最大の都市というだけあり、大きな建物がひしめきあっていた。黒や赤茶、白に黄の壁。観ていて飽きない。
――ランプを買うのかな。
祈祷を担っている大神官は毎月十九日、必ず聖堂に居なくてはならない。旅程に割ける日数は限られており、気軽に遠出はできないのだ。だからこの機会に、入用のものを購入するのだろう。ジルはそう思っていた。
車輪の音が止み馭者が到着を報せてきた。ジルは我先にと馬車の扉に手をかけた。舗装された通りに立ち、クレイグを待つ。出発時は出遅れて馬車の上座を譲られてしまった。
降りてきた上職から不満の気配を感じる。けれどこれが本来のかたちだ。目の前にある店へクレイグが近づくのに合わせて、ジルは大きな扉をあけた。
――ちょっと楽しい。
従者らしいことができて、ジルの口元は緩んだ。ルーファスには何かと世話を焼かれ、主従が逆転したような状態になっていた。人柄を思えばおかしな行動ではないのか、風の聖堂内で眉を顰められたことはないけれど。
クレイグが店内に入るのを見届けて、ジルもあとに続いた。
「ようこそお越しくださいました。本日はご予約、または紹介状をお持ちでしょうか」
静かに、店員らしき男性が近づいてきた。日用品であるランプを販売するには、少々格式ばった出迎えだった。服装も庶民的というよりはお仕着せに近く、丁寧な仕立てだ。
その店員に、クレイグは無言で両の掌を提示した。橙の文様が浮かび、淡い光を放つ。
「失礼致しました。遠路よりお運びいただき、有難うございます。土の大神官様」
この身分証明はルーファスも行っていた。両手に文様が浮かぶのは大神官と聖女だけだ。それだけで何者か判別できる。
「魔石がみたい。白いやつ」
「カットはいかがいたしますか?」
「見てから決める」
「畏まりました。封入はこちら行いますか?」
「する」
クレイグの要望を訊き終えた店員は恭しく一礼し、二階へと続く階段を示した。そこには赤い絨毯が敷かれている。入店以降、ジルはクレイグと店員に気を取られていた。今更ながら店内に目を走らせる。
窓辺の棚に並んでいるのは魔石ランプだ。ただし、金や銀の細工が施されている。なかには宝石をちりばめた物もあった。店の奥にあるガラスの棚には、魔石が展示されていた。老緑、深緋、群青、灰茶。彩り豊かな魔石は発光していない。どれにも魔法が封入されているのだ。
――ここ、魔宝飾店だ。
魔石ランプは安価品もたくさんあるけれど、魔法入りの魔石は高級品しかない。使い切りとはいえ、誰でも魔法が使えるようになる魔法石は脅威だ。治安維持のため、ソルトゥリス教会に認められた商会にのみ製作、売買が許されていた。
――いくらするんだろう……。
市場価値の高い魔法石、豪奢な細工が施された魔石ランプ。庶民ではなく、上流階級ご用達の店だと分かれば、ジルはどこの棚にも近づきたくなかった。
クレイグの後ろに控え、粛々と階段をのぼる。絨毯が伸びた廊下の左右には、いくつかの扉が並んでいた。そのうちのひとつ、店員に案内された部屋に入れば二つの空間が目に入った。
ジルの左手側にあるのは、テーブルとソファだ。ここで商談をするのだろう。右手側には。
「魔法の封入には、救護員が立ち会います」
部屋のなかに、もうひとつ部屋があった。封入作業は別室で行い、緊急事態が発生したときは救護員が対応にあたる、と説明された。ちなみに救護員はソルトゥリス教会から派遣された聖神官で、その待遇は貴族に勝るとも劣らないらしい。




