表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
傾界の聖女  作者: たま露
【風の領地 編】
122/318

121 我慢と褒美

 クレイグは金色の眉根を寄せるだけで、口を開かない。どうあっても認められない、ということだろうか。


「髪を、もっと短く切ればいいでしょうか? 土の大神官様に、手合わせで勝てば、」

「だからそうじゃない!」


 荒げられた声にジルの両肩が跳ねた。また、土の大神官を怒らせてしまったらしい。眦を吊り上げジルに詰め寄ってくる。思わぬ気迫に後ずされば、背中に樹幹があたった。


 目の前にあった陽だまりが、ジルの肩に落ちてくる。


「オレが、無理なの」


 同じ口から出たとは思えないくらい小さな声だった。苦しそうな、拗ねたような。ジルの視界にはまばゆい緑葉と、金糸の髪が映り込むばかりで。耳元にある、クレイグの顔は見えない。


「申し訳ございません。三ヶ月間だけ、我慢いただきたく」

「……それ、わざと言ってんの?」


 怒りだけでなく、悲しむほど嫌がられているのだ。そう考えてジルは謝った。けれど的外れだったようだ。俯いた顔はきっと、眉根を寄せている。想像に難くない声が返ってきた。


 予想したとおり。ジルの肩から頭を上げたクレイグは不機嫌な顔をしていた。口をへの字に曲げて、眇めるような眼差しを向けてきた。


「姉に会った、そう言ったよね」

「はい」


 予想はしていた。それでもまだ明言はされていない。口を噤み、泳ぎそうになる目を無理やり止める。ジルがその場から動かずにいると、持っていた薬草を取り上げられた。葉はそのままクレイグの懐に消える。


「この細腕で、なに考えてんの」


 薬草の代わりに、クレイグの手が収められた。ジルの力を確かめるように、指が絡んでくる。


 義父は弟にどこまで話したのだろうか。そして弟は、土の大神官に何を言ったのだろう。それが分からないから、うかつな事は言えない。判明しているのは、ジルは今も従者をしている。だから土の大神官はまだ告発していない。この事実だけだ。


「魔物を討伐してまわるの?」


 問い詰める声には、苛立ちが滲んでいた。広い意味では討伐に違いない。否定して探られ続けるよりも、ここで肯定するのが適当だろう。


 はい。そう答えようとしたとき、掴まれた手を前に引かれた。


「勝手に動かないで。護れない」


 樹幹から離れたジルの背中には、クレイグの片腕があたっていた。耳のすぐ傍で紡がれた声は、不満と希求がない交ぜになっている。


 ――よかった。


 嫌われてもいい、そう思っていた。けれどそれは、小さな棘になって残っていたようだ。思いのほか安堵している自分に、笑みが浮かんだ。


 絡めとられた手をゆっくりと離す。首元に埋まった髪を撫でれば、陽だまりがさらさらと解けた。


「こんな腕でも、剣を振れるんですよ」

「見た」

「聖女様の儀式が終わるまで……我慢できませんか?」


 弟をなだめるように言い聞かせる。ジルをエディとして扱い、儀式が終わったあとに入れ替わりを知った。それならクレイグも、咎人にならない。


「できないって言ったら」


 クレイグはきっと今、口を尖らせている。駄々をこねるような雰囲気につられて、ジルの口調も軽くなる。


「我慢できたら、ご褒美をあげます。何がいいですか?」

「ジル」


 髪を撫でていた手が止まった。そういった名前の食べ物、または物品があるのだろうか。しかしいくら探してもジルの記憶には、自分の名前しかなかった。


「それは……姉が欲しい、ということでしょうか?」


 認識を合わせようとジルが尋ねれば、首元が軽くなった。そのかわりに今は、両肩が重い。ジルの肩に手を置いたクレイグは、驚きに目を開いていた。瞳は陽光に輝き、口角は予感に上向いている。


 クレイグの言うジルとは、自分のことで間違いないようだ。これがご褒美になるのか疑問はあるけれど、悪い気はしない。むしろすでにジルはそう思っている。


「分かりました。姉には、土の大神官様を弟と思い親しむように、と伝えておきます」


 ジルは責任をもって請け負った。姉弟のように感じていたのは、自分だけではなかったのだ。思わず目元が緩む。けれど対照的に。


「戻る」

「あ、はい」


 クレイグは不機嫌になってしまった。上がっていた口角は真っ逆さまに落ち、眉根は寄っている。踵を返した土の大神官は、足早に草地から林道へと移動した。ジルは慌ててその後ろ姿を追う。


 ――馴れ馴れしすぎたかな。


 そのまま来た道を辿り、二人は無言で患者のいる民家まで戻った。


 ◇


「遅く、なりました」

「一人二枚。すり潰して葉汁を飲ませて」


 民家に入るなり、クレイグは懐から薬草を取り出して村長に押し付けた。一日一回、採集した葉の枚数分続けて服用すれば治りが早くなるらしい。


 報告書に記載する情報は集め終わっていた。残りは戦闘に関することで、町教会に戻ったら見解を聞きたいとルーファスからお願いされた。


 調査を終えた聖女一行は村を発った。姿がみえなくなる、正しくはクレイグの姿がみえなくなるまで、村長や村人たちは祈りを捧げていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ