120 祈願と区別
林道を抜けた先には畑が広がっていた。
茶色の畝に、眩しい緑が続いている。しかしその列は、ところどころ決壊していた。畑の周囲に防壁はない。恐らく先ほど倒した魔物が通ったのだろう。植わった苗は掘り起こされ、枯れていた。
民家は、古い石壁のなかに寄り集まっていた。村長と名乗った壮年の男性に、倒れた村人を集めているという家に案内された。寝室や居間に板を敷き、急ごしらえの寝床が作られている。
「みな正直で、働き者ばかりです。天罰を受けるような事はしておりません。子供も怖がっております」
自身よりも二十歳以上は離れているであろう一行を前に、村長は祈りを捧げた。陽に焼け節くれだった両手は、救いを求めて掲げられている。
「どうか、この者たちをお救いください」
「邪魔」
村長の視線は、金色の髪と橙色の瞳に固定されていた。村へ至るまでの道程でも、クレイグは注目を集めていた。髪を隠すこともしないので、道行く人に拝まれたり、後ろに小さな列ができたりしていた。
土の大神官には当たり前の光景なのだろう。顔色ひとつ変えず、すべての祈願を受け流していた。
目の前で祈りを捧げる村長の脇を、クレイグは慣れた様子で通り過ぎる。横たわった患者の前に膝をつき観察をはじめた。ルーファスに経過日数を尋ね、順に診ている。
「弱い毒でよかったな。放っといても勝手に治る」
「あぁ……ありがとうございます……!」
「オレは何もしてない。でも」
今にもひれ伏しそうな村長へ、土の大神官はすげなく返し立ち上がった。どうしたのだろうか。踵を返したクレイグの邪魔にならないよう、ジルは壁に寄る。
「薬草を採りに行く。手伝え」
通りざま手を取られた。そのままジルも家の外へと向かう。扉を開けたときクレイグの足が止まった。視線だけで屋内を見返えり。
「神官はそこで患者に水飲ませたり、記録とってたら」
屋外で控えていた護衛騎士に一瞥をくれた。先を行く手に引かれてジルの腕が上がる。つんのめる前に慌てて皆に会釈をし、ジルは足を動かした。
◇
二人がやって来たのは、魔物と遭遇した林道だった。
「これと同じやつで綺麗なの、三枚集めて」
「分かりました」
クレイグが示したのは、大きな雫型の葉っぱだった。虫食いだったり、大きさが足りなかったりと、すぐには見つからない。それでも一枚は採集できた。
「向こうを、見てきます」
「オレも行く」
捜索範囲を広げようとジルが告げれば、クレイグも一緒に移動してきた。周囲にあったものは採り終えたのだろう。手には何枚かの葉が束ねられていた。
「土の大神官様は、毒……救護術に、詳しいのですね」
基準を満たす葉を探しながら、ジルは敬意を込めて口にした。本当は顔を見て伝えたいのだけれど、薬草探しが最優先だ。踏み込んだ左足の近くで、適した葉を一枚みつけた。
「大神官になったとき、知識は身を助けるって言われた」
「それで、勉強をされたのですか?」
肯定も否定もなく、鼻を鳴らす音が返ってきた。不機嫌そうだったけれど、ジルは嬉しかった。
クレイグとはケンカ別れになってしまった。しかし少なくとも、聖典を読んでいた時の記憶は悪いものにはなっていないようだ。三枚目の葉は、木の根元に生えていた。これで必要な数は揃った。ずっと下を向いていたから少し腰が痛い。
「お前はどこで剣を習ったんだ」
「神殿騎士団です。従卒、でしたから」
エディの在籍は一週間にも満たないけれど、嘘ではない。ジルは両手を上げて、ぐーっと背中を伸ばした。折り重なった緑葉の屋根から、青い空が覗いている。
「このまま従者つづけるの」
高い空から顔を戻せば、目の前に陽だまりがあった。けれどその下にある、人形のように整った顔は冷たい。責めるような視線を向けられている。先の戦闘でジルは、クレイグに足手まといだと言われていた。
「ローナンシェ領に伺う時は、もっと強く」
「そうじゃない」
苛立ちを含んだ声にジルの言葉は遮られた。はっきりと二度も、邪魔だと宣告されてしまった。しかし、ジルも引くわけにはいかない。
「教会の命令です。それに、僕は従者をしたいです」
「オレは無理」
吐き捨てるような言い方だった。本来、従者が随行するのは冬の三ヶ月間だけだ。今ここに、土の大神官がいることが異例なのだ。風の聖堂にクレイグが現れてから五日間。
――私、なにしたのかな。
これほど嫌われている理由が分からなかった。ジルのことを鬱陶しく思い、帯同できないと拒否するのは理解できる。けれど従者をしているのはエディだ。共通点といえば、姿形が似ているくらいで。
「僕は、姉ではありません。どうすれば僕を、認めてくださいますか?」
目の前にいるのはエディなのだと、区別して貰わなければいけない。ジルは真っ直ぐに、橙色の瞳を見詰めた。




