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傾界の聖女  作者: たま露
【風の領地 編】
120/318

119 針と銃

 二度目の魔物調査は、風の聖堂から馬で四日路の村で行う。村に宿泊施設は無いため、近隣の町教会を拠点にして、聖女一行は目的地へと向かっていた。


「寝込んでるって、疫病だったらどうすんの」


 馬では通れない林道を進んでいる途中、ジルの後ろを歩くクレイグが口を尖らせた。高くのびた樹々、青く茂った草や苔。地元民しか利用しない道は狭く、一列になって進んでいた。


「看病している方に、症状は出ていないそうです」


 先頭を進むラシードの後ろ、セレナの前を進むルーファスが答えた。農作業中、二名の村人が同日に倒れた。


 三人目も農作業中だったのだけれど、倒れた場所に長い棘が落ちていたそうだ。患部は紫色に腫れているらしい。


 棘は白と黒の色が交互にならんでおり、虫や植物にしては大きい。そこで魔物ではないかという話になり、調査に来たのだけれど。


「セレナ神官様、僕から離れないでください」


 葉擦れに囲まれた。左右から緑の波が押し寄せてくる。護衛騎士の体が左を向き、大剣を構えた。それならジルが受け持つのは右側だ。鞘から長剣を抜き、間合いを窺う。


「お前も」

「僕は、戦えます――!」


 草むらから横殴りの雨が、否、無数の棘が飛び出してきた。すべてを防ぐのは難しい。聖女といえど自己回復はできない。落とすべきはセレナを狙う棘だ。


 斬り上げるように棘を掃う。撃ち損ねた一本が肩を掠めた。コートのお陰でケガはしていない。ジルの足元にバラバラと、白黒の棘が落ちた。


 クレイグから驚きと物問いたげな視線を向けられた。けれど今は構っていられない。


「魔法で攻撃してください! 剣や弓では、毒針が返ってきます!」


 射出された針によって、周囲の草は穴だらけになっていた。まだらとなった緑の中に、三体の魔物がいる。全身に長い毛のような針をまとい、逆立てて威嚇している。地に着いた四本の足は短く小柄なため、狙いを定めづらい。


 ジルは攻撃魔法を使えない。物理攻撃でも一手で倒せるなら反撃はないけれど。セレナを背に庇っている今、その戦法は危険度が高い。


 近くで、不満に鼻を鳴らす音がした。続けて胸を圧迫する爆発音が響く。林道の空気を震わせたそれは、三回で止んだ。


「戦わなくていい。邪魔にしかならない」


 銃を手に振り返ったクレイグの眉間には、皺が寄っていた。黒い靄が三つ、草むらから立ち昇っている。


「弾は土魔法ですか?」

「分かるんだ」

「硝煙のにおいがありませんから」


 左側の戦闘も同時期に終わったようだ。鎌で刈り取られたような草地から、五つの靄が見えた。クレイグは、感心したような目をルーファスに向けている。


 生界には火薬を使用した銃がある。けれど弾の装填には時間がかかり、不発となることも少なくない。雨にも弱いことから銃を選ぶものは珍しかった。魔法が使えるなら、銃はなおさら必要ない。


「三発とも、魔物の目を狙ったのでしょう、か?」

「胴体よりそっちの方が効くだろ」

「「すごい」」 


 ジルとセレナの声が重なった。あの魔物の針は、鎧の役割も担っている。鎧に覆われていない目は弱点だった。一撃で倒すには、まさしく針に糸を通すような精密さが要求される。だからジルは、もう一つの弱点である魔法の使用を皆に伝えたのだ。


「当然だ」


 服の中に銃を収めていたクレイグの顔が、むっと不機嫌になった。聖典を読んでいた時と同じ反応だ。ゲームでも、土の大神官は銃を使っていた。しかし、ここまで扱いに長けていたとは。


 ――もしかしてミューア大神官様も、レベルが高くなってる?


 ルーファスは独自に魔物討伐を行っていた。クレイグは自警団に所属している。ゲームとは性格が異なっている今、討伐に赴いていても不思議はない。


 ――確認したほうが、いいのかな。


 風の聖堂を出発する前夜、セレナは土の大神官に特別な感情は無いと言っていた。もしもクレイグがセレナに惹かれていた場合。


「なに」

「たくさん、銃の練習をされたのだろうな……と」


 ジルの言葉に、橙色の瞳がすっと細められた。金色の眉は中央に寄っていない。けれどなぜだろうか。クレイグから不機嫌な気配が漂ってくる。


「村のかたが倒れた原因と、治療方針が分かりましたね!」

「え、わっ」


 先を急ごうと、セレナがジルの背中を両手で押しはじめた。立ち止まる理由もないため、ジルはそのまま足を進める。前方にいたラシードとルーファスも歩き出した。


「魔物は倒しましたけれど、何があるか分からないので」


 ジルは背後にいるセレナへ、隊列の中央に戻るようすすめた。背中にあった手の感触はもうない。後ろを振り向きながら歩くジルの視界で、淡紅の金髪が揺れた。


「ミューア様がいるから大丈夫だよ。ですよね?」


 後半の言葉は、セレナの後ろを歩く土の大神官に向けられていた。先ほどの戦闘をみればクレイグの腕に疑いはない。セレナも信用しているのだろう。声は明るかった。


「勝手にしたら」


 最後尾から、口を尖らせた声が返ってきた。

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