11 お菓子と手紙
水の大神官の側付きであるユウリを助けてから、二週間が経った。ジルは今、リシネロ大聖堂西棟の面会室にいた。目の前には、タルブデレク大公の使いだという男性が座っている。ちなみに午前中の講義は免除となったため、逃げられない。
やはり不審者として査問されるのだろうか。青い顔で判決を待っていると、一通の封筒がジルに差し出された。上質な紙に流麗な文字で自分の名前が記されている。裏返せば領主であるシャハナ家の青い封蝋があった。
「先達ては閣下をお助け下さいましたこと、深く感謝申し上げます。こちらは閣下よりハワード神官見習い様へお渡しするよう申し付かりました」
来客用のソファに座っていた男性は流れるような動作で立ち上がり、頭を下げた。わざわざ起立して深々とお辞儀をされたジルは、大慌てで自分も席から立った。お納め下さいと示された先には、いくつかの箱が積まれている。祖父と呼ばれても違和感のない初老の男性が、自分のような子供相手に畏まっているこの状況は、とても居心地が悪かった。
「あの、頭を上げてください。私は落とし物を届けに行っただけですから」
そうなっているはずだ。早くこの場から離れたいジルは、固辞することなくその箱を受け取った。
――ここで要らないと言っても、この人が困るだけだし。
初老の男性もそれを懸念していたのだろう。神官の中には謝礼を一切受け取らない者もいる。男性はほっとした様子で、領地へお越し際はぜひお声がけくださいといった挨拶を続けた。この後の予定を問えば今日帰領すると言うので、ジルは帰路のご無事をお祈りして見送った。
◇
一度自室に戻ったジルは、漂う甘い香りに頬をゆるませた。
箱の中身はすべてお菓子だった。バターの香る丸いクッキー、きめが細かくしっとりした質感のパンに似た焼き菓子。くるくると捩じられた芳ばしい揚げ菓子に、色とりどりの星のような砂糖菓子もあった。好きなものを尋ねたのはこの為だったのだろうか。
――いい人なのかもしれない。聖女様のお相手だし。
食べ物をくれる人はいい人だ。働きに応じた量だったけれど、子供のジルを働かせて食べ物をくれた農場主のおじさんは良い人だった。
甘いお菓子は贅沢品だ。存在は知っていたけれど、ジルは教会に来るまで食べたことがなかった。女神の降臨祭で配られた焼き菓子を食べた時、ジルはこんなに美味しいものが世の中にはあるのかと感動した。それ以来、ジルの好物は甘いお菓子になった。ほくほく顔で今日の昼食はこれにしようと決める。
「でも、エディと二人じゃ食べきれないな」
講義を真面目に受けてくれていたお礼として、エディには多めに残して置くつもりだ。けれど量が多く、傷むのは時間の問題だった。
――残りはお世話になってる人達に配ろう。
そうと決めたジルは、食堂で何か入れ物を分けてもらうため部屋を出る。午後の講義前には取り分けておきたかったジルは、すっかり手紙の存在を忘れていた。
ブ、ブックマークがついてる……!と震えております。ありがとうございます!




