表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
傾界の聖女  作者: たま露
【風の領地 編】
119/318

118 菓子器と遠慮

 ルーファスが手配してくれた女性神官は、嫌な顔ひとつせず寝室にやって来た。いや、そんな表現は失礼だ。女性神官は、慈しみに溢れた眼差しをしている。


「こちら、有志一同からの差し入れでございます」


 にこやかに告げた女性神官は、セレナの前に小さな陶器を差し出した。丸いフタの下には、宝石のような菓子が詰まっていた。


「「ありがとうございます!」」


 ジルとセレナが一緒に一礼すれば、女性神官は両手を振って恐縮した。一緒に食べましょうとセレナが提案したけれど、丁重に断られてしまった。


「わたくしは壁に徹しております。どうぞお気兼ねなく」


 その宣言以降、女性神官は本当に喋らなくなってしまった。簡易寝台に腰掛けたまま、静かに微笑んでいる。


 広い寝室には、簡易的な寝台が二台運び込まれていた。備え付けの寝台やテーブル、ソファなどの調度品は上質なものだ。窓にはレース編みのカーテン、床には深緑の絨毯が敷かれている。


 けれど大神官の居室はもともと使われていなかったため、衣装部屋と同じくがらんとしていた。


 ――広いから、余計に寂しく感じるだろうな。


 部屋も広ければ、セレナが利用している寝台も広かった。ここに居る三人が同時に寝転んでも、十分な余白が残る大きさだ。


 菓子器を持ったセレナが、その大きな寝台の上から手招きをしている。


「お菓子、大神官様たちには内緒で食べちゃおう」


 呼ばれるまま簡易寝台の前から移動していたジルは、座るよう促された。寝台の端に腰掛ける程度なら、問題ないだろう。


「私ね、エディ君とゆっくりお話ししたかったんだ」

「僕ですか?」

「昼間は護衛の人がついてるし。エディ君は、ルーファス様が傍にいるでしょう」


 器から黄色の欠片を取り出したセレナは、ジルの手に乗せた。同じものをもう一つ摘まみ、目を細める。


「これは干したリンゴ。甘酸っぱくて、おいしいよ」


 女性神官に会釈して口に運んだセレナは、にこにこと楽しそうだ。同様に会釈してから食べたジルの、眉は上がった。知っているリンゴの食感とまったく違う。やわらかいのに、シャクリと芯もある。酸味を感じたあと、やさしい甘さが染みわたった。


 赤や橙、深紫。この果物はなんだろう、と二人で予想しながら食べた物もあった。宝石のような菓子を一通り食べ終わったとき、不思議そうにセレナが首を傾げた。


「エディ君はミューア様のことが苦手なの?」

「な、なぜでしょうか」

「話してるとき、あんまり楽しそうじゃなかったから」


 今朝、ジルは無表情を意識していた。にもかかわらず、セレナに気づかれるほど分かり易かったらしい。


 確かに楽しくはなかった。姉に会ったというクレイグの言葉が本当なら、エディと話したということだ。入れ替わりが露見したのではないかと、冷や汗が止まらなかった。


 それでも今日一日、クレイグから弟のことを仄めかされたりはしなかった。ジルと一緒に手伝いをしたり、女神に愛された子だと拝まれたり、飽きたと言って聖堂内を一人で散策したりしていた。


「大神官様なので、緊張してしまって」

「ルーファス様も大神官だよ?」

「そう、ですね」

「緊張する?」


 風の大神官は緊張というより、気まずい。土の大神官も気まずいという点では同じだ。ジルは教会領でクレイグを怒らせ、嫌われている。


「私に遠慮しなくていいからね」


 ジルが答えに迷っていると、セレナの眉が少し上がっていた。遠慮が指すものは何か。ジルの思考がたどり着く前に、桃色の瞳がぐいと迫ってきた。


「私は、自分で頑張れるから。それにね、――」


 ささめきが耳朶に触れる。嘘を言っているようには聞こえない。セレナこそ不要な気を回しているのでは、と過ったけれど。ジルから顔を離したセレナは、にこにこと楽しそうだ。


 ――残る攻略対象は、水と火の大神官様。


 相宿の女性神官がいるから、聞こえないように配慮したのだろう。セレナはジルの耳元で、風の大神官と護衛騎士に特別な感情は無い、土の大神官に対しても同じだと言った。


 つまり、攻略対象全員と親密になる道には進まないということだ。


「私がいま気になってるのは、エディ君。戻ったら、お姉さんに逢わせてくれると嬉しいな」

「かしこまりました」


 両手を合わせて、水蜜の瞳をキラキラとされては拒否できるはずもない。エディにかかる負担を増やしてしまった。ジルが内心で謝っていると、セレナが時計を見て声を上げた。


「大変! もう寝ないと。遅い時間までごめんね」

「お気遣いは不要です。お話、ありがとうございました」


 寝台から立ち上がったジルは一礼した。部屋の灯りは自分が消すからと、セレナをその場に留める。セレナと女性神官に就寝の挨拶をして、ジルも簡易寝台に入った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ