表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
傾界の聖女  作者: たま露
【風の領地 編】
118/318

117 応接室と寝室

視点:ジル◇ラシード

「やる」

「ありがとう、ございます」


 ジルの前に、蜂蜜入りの小瓶が置かれた。とろりと甘い香りがする。今日の朝食はミルク、それからスパイスと木の実を混ぜ込んだパンだった。バターを塗って食べるのだけれど、蜂蜜をかけてもおいしい。


 クレイグは甘いものが苦手だ。だからジルに押し付けたのだろう。隣席で黙々とパンを齧っている。向かいの席では、セレナやルーファスがパンを千切りながら食べていた。ラシードの席には三人前のパンと、チーズのかかった目玉焼きが並んでいた。ジルには到底食べきれない、体格に合わせた献立だ。


 食事の終わりがみえてきたころ、クレイグが口を開いた。


「オレも応接室で寝るから」

「しかし、寝台を置く場所は」

「こいつのを使うからいい」

「「ダメです」」


 ルーファスとセレナの即答が重なった。ジルはこの展開を前にも見たことがある。しかし、どうしてダメなのだろうか。ここは宿場ではなく、風の聖堂だ。


「僕は、構いません」

「「「え」」」

「応接室は大神官様お二人と、騎士様でお使いください。僕は、居住棟に戻ります」


 三人が同時に息を吐いた。おかしなことを言っただろうか。初めに提言したクレイグまで息をついている。


 浴室が無くなるのは残念だけれど、ルーファスとラシードから距離をとることができる。ジルとしては有難い状況だ。そんなとき、ぱんっ、と手を打ち合わせる音が聞こえた。視線を移せばセレナの表情が輝いている。


「エディ君は、寝室で私と寝よう」

「それは……セレナ神官様に、ご迷惑がかかります」

「野宿した時は同じ場所で眠ったよ?」


 魔物調査の道程、確かに一日野宿をした。その時は、護衛騎士と風の大神官が交代で夜番にあたってくれた。つまり、二人きりではない。環境が異なりますと伝えようとしたとき、水蜜のような瞳が下を向いた。


「皆は一緒の部屋なのに……私だけ、一人だから」

「……風の大神官様、魔物調査は明日から、ですよね?」

「はい」

「一晩だけ、女性の神官様を派遣していただくことは、できるでしょうか」


 ひとりが寂しいのは、ジルもよく知っていた。しかしセレナの立場を慮れば、簡単には了承できない。


 だからジルは女性神官の相宿を条件にあげた。これなら二人きりではないから、周囲の目も緩和されるだろう。顎に指をあて考えていたルーファスの眉尻が下がった。


「分かりました。手配いたします」


 諦めたように緑色の目が細められる。それは、弟や義父からよく向けられていた眼差しに似ていた。まだ二ヶ月も経っていないのに、ジルは懐かしさを覚える。


「ありがとうございます」

「嬉しい! ルーファス様、ありがとうございます。楽しみだね、エディ君」


 ジルのあとにセレナの声が続いた。向かいの席で花のような笑顔が咲いている。とても喜んでいるセレナにつられて、ジルの口元も緩んだ。ふわふわとした空気に和んでいると、隣から不機嫌な気配が漂ってきた。


 この話はクレイグから始まったのだ。そのことを思い出したジルは、その場で頭を下げる。


「土の大神官様に確認せず、話を進めてしまいました。申し訳ございません」

「別にいい」


 クレイグは鼻を鳴らして、そっぽを向いてしまった。エディに頼まれて風の聖堂まで来てくれたのだ。話の輪から外されれば面白くないだろう。


 ――ミューア大神官様が帰るときに、お礼をしたほうがいいかな。


 ◇


 弓や勉学に励むセレナの護衛を終えたラシードは、大神官二人の会話を聞き流していた。応接室の魔石ランプは消えており、音だけが明瞭だ。


「エディ、ずっとあんななの」

「はい」

「警戒心なさすぎ」

「……すみません」

「あんたに謝罪される筋合いは…………なにした?」


 低調だったクレイグの声音が、一段と低くなった。無音が続くばかりで、ルーファスの応えはない。代わりに、気に入らないとばかりに鼻を鳴らす音がした。


「オレも好きなようにするから」

「ではクレイグ大神官も」


 ルーファスは、答え合わせをするような声音だった。無音が続くばかりで、クレイグの応えはない。その後も沈黙は続き、会話が発生することはなかった。


 雑音が無くなった。これで体を休められるとラシードは嘆息した。確かにあの少年は警戒心が足りない。何を考え込んでいるのか、信じられないほど無防備になるときが。


 ――俺には関係ない。


 眠ろうと思いながら、なぜか少年のことを考えていた。苛立ちの萌芽を噛み潰す。今度こそ体を休めるため、ラシードは思考を遮断した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ