表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
傾界の聖女  作者: たま露
【風の領地 編】
117/318

116 風と土

視点:衛兵

 贅沢もせず、品行方正。使用人にまで分け隔てなく接する風の大神官に、衛兵は敬服の念を抱いていた。風の聖堂二階の警護を任されたときは、抜かりなく勤め上げるのだと張り切った。


「お待ちください! まだ朝のお支度が」

「エディどこ」


 だというのに、護りはあっけなく突破されてしまった。転移陣の間から出てきたということは、高位職に他ならない。ただの衛兵が強く引き留めることなど、できなかった。


「クレイグ大神官? どうしてこちらに」

「うわ……なにこの部屋」


 断りもなく応接室の扉を開けた土の大神官の後ろで、衛兵は頭を下げた。ルーファスとクレイグ、どちらも驚いていたが、後者の声音には若干引いたような調子が交ざっていた。


 応接室に寝台を運び入れる際も、衛兵は警備についていた。教会領所属の女性神官も聖堂の居室に移ると知った時は。


 ――風の大神官様がついに! と思ったら。


 女性神官との仲は良好にみえた。つまりそれは、普段通りのルーファスということだ。これまで衛兵は、ルーファスの浮ついた話をひとつも聞いたことがなかった。


 頭を上げた衛兵は不測の事態に備え、その場で控えた。直後、土の大神官から睨まれる。


「誰が使ってるの?」

「はっ。風の大神官様、ならびに神殿騎士様と従者です」

「誰の指示?」

「僕です」


 衛兵が答える前に、ルーファスの声が入ってきた。いつもの穏かな笑みを湛えた風の大神官と、不機嫌を前面に出した土の大神官が向かい合っている。


「お客様です、か?!」


 そこに衣装部屋から出てきた従者の少年が加わった。突如来訪した土の大神官に驚いたのだろう。従者は手で口を塞ぎ、声を止めていた。


「こいつらに髪切られたの?」

「い、いえ……あの、どうしてこちらに」

「様子を見てきて欲しいって頼まれた」


 刺々しかったクレイグの空気が、一瞬で変わった。お気に入りのオモチャを独占するように、両肩を掴んでいる。


 ――この御方もか。


 花のような髪色をした女性神官は、愛らしい顔立ちをしている。勉強熱心で、明るく人当たりもいい。皆に分け隔てなく接する姿は風の大神官と同じだ。似合いの夫婦になるだろう。


 衛兵はそう思っていた。祈祷の日にあったことを聞くまでは。


 月のような髪色をした従者は礼儀正しく、雑用も進んでしている。聖堂内の評判も悪くない。表情があまり動かない分、時折みせる笑顔が堪らないのだと使用人や神官が騒いでいた。


 その神官によれば、従者は神殿騎士ともただならぬ関係だという。その騎士は今、我関せずと距離を置いているため、真偽のほどは定かではない。しかし、こうも高位の者ばかり惹きつける様は。


 ――魔性というのだったか。


 教会領所属の女性神官は高嶺の花。庶民や一介の衛兵には、とても手が出せない。同僚は従者が女なら、と惜しんでいた。


 風の聖堂で囁かれている話題の中心人物は、控えめながらも動揺の色を浮かべていた。紫水晶の瞳で、土の大神官を見詰めている。


「姉に、会ったのでしょうか……?」

「神官試験に落ちたって聴いた。どういう心算なのか訊いてやろうと思って」

「姉はなんと」


 恐る恐るといった様子の従者とは対照的に、土の大神官の口角は上がったままだ。


「弟が心配で、集中できなかったって言われた」

「そうですか」

「オレ、しばらくここにいるから」

「おはようございます! 皆さん、どうしたんですか?」


 驚きに零れていたであろう従者の声は、女性神官の登場でかき消された。大神官の寝室で一人寝起きしている女性神官は、毎朝こうして応接室を訪れる。四人揃って食堂で朝食をとるのだ。紅一点なら、この女性神官が中心になりそうなものだが。


「おはようございます。セレナ神官様」

「おはよう。エディ君のお友達?」


 女性神官はやや警戒した様子で首を傾げ、花のような髪を揺らした。従者の表情が硬いことから危惧したのだろう。


 ――セレナ神官様の目も、従者を追っている。


 とはいえ、その視線は懸想という色めいたものではない。親愛といった雰囲気だが、他の男性に対するよりも好感度が高いのは確かだ。


「とんでもないです。こちらは、土の大神官様です」


 従者が女性神官の言葉を訂正したとき、金色の眉が動いた。その傍で、職名を聴いた女性神官が一礼する。


「初めまして。セレナ・クラメルです。よろしくお願いします」

「ミューアだ。宜しくしてやる」


 大神官が任地以外の聖堂に訪れるのは稀だ。だから尊大な土の大神官をみた衛兵は、女神ソルトゥリスに感謝した。


 ――自分は風の聖堂でよかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ