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傾界の聖女  作者: たま露
【風の領地 編】
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113 花と月

「とても、可愛らしいです」

「ありがとう。エディ君はつけないの?」


 セレナの頭には、花冠が飾られている。白や桃に色付いた大小の花は、淡紅の金髪によく合っていた。陽の光を浴びて輝くセレナの姿に、ジルは心を和ませる。


「僕は、こちらです」


 紫の花が一輪咲いた腕飾りを、ジルは掲げた。ルーファスの腕には黄緑の花が咲いている。ラシードは受け取らなかったようで、何もつけていない。


 女性には花冠、男性には花の腕飾り。町では瞳の色に合わせた花が配られていた。鮮やかな町並みに、ジルの眠気は飛んでいった。


 昨夜は目が冴えて、なかなか寝付けなかった。あれからルーファスはすぐに退室した。けれどこれまでの言動が思い起こされて、ジルは一人、ふかふかの寝台に沈没していた。


 夢の通りもあれば、違うこともある。ゲームが始まっても変わるのだ。現状に鑑み、ジルは認識を改めた。


 ――これなら、エディの死亡も回避できる。


 戸惑いが縒り合わさっているけれど、希望の糸を掴むことができた。沿道や広場で咲き乱れる花々は、まるでジルの前途を表しているようだ。


「あ、この匂い。エディ君、お菓子好きだよね?」

「え、はい」

「いつも一番に食べてるもんね。それじゃあ、買いに行こう!」


 本日から三日間、メルセンの町では花の祭りが催される。


 魔物犠牲者への鎮魂、警護者への慰労、領民の娯楽。彩り豊かな花に人々は笑顔を咲かせ、町は活気に溢れていた。


 声を弾ませたセレナはジルの手をとり、立ち並ぶ屋台の前で止まった。客足の途絶えない商品棚には、積み木のような焼き菓子が山と重なっている。今も焼いているのだろう。周辺は芳ばしい香りに包まれていた。


「ここのクッキーはね、バターをたくさん使ってるんだよ」


 味はもちろん価格も手頃なのが受けており、セレナもよく買っていたそうだ。ここはその露店らしい。荷物持ちはジルの仕事だ。セレナが支払う横で、ジルは店員からクッキーの入った紙袋を受け取った。袋のすき間から、バターの香りが昇ってくる。


「皆で一緒に食べようね」

「代金は、いくらでしょうか?」

「支度金をたくさん貰ったから要らないよ」


 花にも負けない桃色の瞳が微笑んだ。正直、クッキーは食べたい。でもそのお金はソルトゥリス教会から、聖女となるセレナに献上されたものだ。セレナの為に使われるべきもので、ジルが与るものではない。自分にも給金は出ているからと伝えたところ。


「んー……主人が従者に下賜? で、どうでしょうか?」

「支度金の所有権は、セレナ神官に移っています。ご自由にお使いください」


 指先を頬に当て考えていたセレナは、後ろを振り返った。ルーファスは微笑ましいものを見る顔をしている。視線がこちらに移れば、その表情は一層やわらいだ。


「ありがとうございます。頂戴いたします」


 無表情を保つ。それだけを意識して、ジルはセレナに一礼する。祭りの主会場である大通りから外れた広場にも、人は集まっていた。休憩所として利用されているのだろう。方々で談笑が交わされている。


 ちょうど空いていた椅子に座ろうとしたとき、ジルは一人の男の子に気が付いた。


 ――迷子かな。


 五歳くらいだろうか。どうしようかと躊躇うように足踏みをして、こちらを見ている。近くに大人はいない。


「少し、失礼します」


 菓子の入った紙袋を護衛騎士に預けて、ジルは男の子に駆け寄った。広場の中央には円形の花壇があり、卵のようなふっくらとした花が咲いている。中心から白、ピンク、赤と広がる色合いが可愛らしい。


「誰かを、探してるのかな?」


 目線を合わせるため、ジルは男の子の前にしゃがんだ。不安そうだった幼い顔が、ぱっと明るくなった。濃紺は珍しくない髪色だ。でも瞳は――。


「つかまえた」


 白銀の月が、眼前に浮かんでいた。これは、どういうことだろうか。理解が追い付かず凝視していると、二つの月に雨雲がかかった。


「でも、ちがう」


 体に回されていた腕と、重なっていた唇が離れた。男の子は、自分と誰かを見間違えたのだろうか。白銀の瞳を潤ませて、今にも泣き出しそうな顔をしている。


 ――こ、これは……怒れない。


 初めてのキスだった。それを初対面の男の子に攫われたのだから、もっと心が騒いでもおかしくはなかった。けれどジルに、嫌悪や拒絶といった感情は湧いてこない。小さな子供だから。そんな認識も作用したのだろう。


 男の子はジルのケープコートを掴み、顔を俯けている。捜し人がみつかったと思って、嬉しかったのだろう。気持ちが上がっていただけに、きっと落胆も大きい。ジルは男の子の手をとった。


「一緒に」

「一緒に、案内所まで行きましょう」


 探そうか、とジルは申し出ようとした。そこにルーファスの穏かな声が重なる。


 花を配る場所は案内所も兼ねている。すれ違いを防ぐため、迷子なら歩き回らず一ヶ所に留まっていた方がいい。案内所なら、係の人づてに情報も集まりやすいだろう。なるほど、ルーファスの提案は合理的だ。


 ――でもちょっと、声がやさしくない。

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