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傾界の聖女  作者: たま露
【風の領地 編】
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109 再現と弱点

 風の聖堂から馬で二日路。本日、聖女一行は建前である魔物の調査に来ていた。


 とはいえ、町の人が魔物被害で困っているのは事実だ。ここまで来たのなら討伐しておきたい。ジルはそう考えていた。


 ――どうして。なんで、なんでここにいるの!!


 視界の端には、破壊された木の柵がある。町の家畜を襲っていた魔物と遭遇できたのは、願ったり叶ったりだ。けれど。


 ――ここはリッサの町じゃないのに!!!!


 ジルの後方には、町を囲う石壁がある。いま魔物を倒さなければ、夢でみた悲劇はここで再現されるだろう。


 魔物の調査は被害状況の確認が主だった内容だ。痕跡から魔物の特徴が分かればよし。ねぐらも判明すれば上々たる成果だ。しかし聖女が同行しているこの調査に、そこまでは求められていなかった。


 調査の一日目は、町教会の衛兵に被害箇所を案内して貰った。放牧していた羊や牛の数が足りない。初めは逃げたのかと考えていた。しかし違った。石壁に、張り付いていたそうだ。まるで投げつけられたように。


「集中しろ」


 ジルの両脇を何かが通り過ぎた。眼前には、黒い騎士服に包まれた背中がある。飛来物の終着点を見れば、真っ二つに割れた木片が草地を抉っていた。魔物が投げた木杭を、ラシードが大剣で斬ってくれたらしい。


「すみません。もう、大丈夫です……!」


 二人の頭上が暗くなった。そう認識すると同時にジルは右へ飛ぶ。長い腕が振り下ろされ、足元が短く揺れた。


 どうしてここに出現しているのかは分からない。けれど目の前にいるのだ。ジルは魔物を見据え、長剣を握り直す。


 ジルの身長五倍はあろうかという背丈に、だらりと下がった長い腕。手足には長く鋭い爪があり、全身には薄茶色の毛が生えている。獲物を捕らえ損ねた苛立ちに、獰猛な牙をむき出し獣が咆えた。


 調査の二日目は、ゲームでヒロインの故郷を襲った魔物、ラームティオと対峙していた。


 ジルとは反対の方向に避けていたラシードが、開かれた口へ向けて火球を放つ。狙いは完璧だった。けれど炎は牙に阻まれ、火の粉と散る。


 ――弱点は口の中だけれど。


 ラームティオには火と水の耐性がある。牽制にはなっても、痛手は与えられない。ジルがナイフを投擲しても、与えるダメージは知れている。護衛騎士が足や胴を攻撃し続けていれば、いづれ魔物は倒れるけれど。


 ――よし。決めた。


 後方へジルは駆けた。ルーファスはセレナの護りについている。その間、前衛はラシード一人になってしまうけれど、問題はないだろう。護衛騎士は強い。今もジルの動きに気が付いたのか、ラームティオの注意を引くように足を斬りつけていた。


「風の大神官様、魔物の咥内に、矢を射ることはできますか?」

「できます。けれどエディ君、危ないのであなたも後ろに」

「僕は、大丈夫です。魔物が口を開けたら、めいっぱい射撃してください!」


 心配するルーファスを安心させるため、ジルは自信をもって微笑んでみせる。それでも緑の瞳は憂いを含んだままだったけれど、止まっている訳にはいかない。


 戦闘が長引けば傷は増えるし、放牧地は荒れる。なにより、町に魔物が近づいてしまう。


 前線に戻る途中、鋭利な風が地面を引き裂いた。視界が一瞬で土色に変わる。目に砂が入らないよう、ジルは咄嗟に腕で覆った。飛び散った小石や砂に体を叩かれる。


 ――目くらましだろうけれど。


 ウォーガンとの稽古でも似たような状況はあった。立ち止まるから、捕捉されるのだ。


 ジルは目を覆ったまま砂の中を走り続けた。腕のすき間から地面を確認する。風魔法によって抉られた土が見えた。ラームティオが近い。


 ジルは顔を上げ、ラシードに向かって声を張り上げる。


「大剣で、魔物の頭まで飛ばしてください! 適性をみてくださった時と、同じです!」


 それで伝わった。土風を抜けた先、駆ける勢いのまま幅広の剣身に足を乗せる。体重をかけて踏み込めば、足の裏から空に押し出された。狙いは完璧だった。


「折れませんよう、にっ!」


 ジルを捕らえ損ねて咆える獣の下あごに、長剣を突き立てた。鼓膜がビリビリと揺れている。腕に熱がはしった。口を閉じようと下がってきた牙に肌を裂かれていた。けれど噛み合ってはいない。長剣が邪魔で、閉じられないのだ。


 舌をつらぬく棘を引き抜こうと、長い爪が伸びてきた。ラームティオの腕を避けるため、ジルは長剣から手を離す。


「さすがリンデン様」


 するとそれは、まさしく矢継ぎ早に飛来した。


 魔物は苛立ちと苦痛で暴れ動いている。にも関わらず、ルーファスが放った矢はすべて口の中に吸い込まれていた。


 見上げた先で、魔物の巨体が傾ぐ。口から黒い靄が噴き出し、青い空に消えてゆく。町の人に、被害は及ばなかった。護れたのだと、安堵する。


 そして、ジルは気が付いた。


 ――着地方法、考えてなかった。

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