103 印象と用具室
「二人の印象?」
風の聖堂にある図書館へ送り届ける道中、ジルは尋ねた。斜め前を歩くヒロインをそっと覗き込む。セレナは視線を上に向け、指先を頬に当てていた。
「ルーファス様は柔らかいけど、真っ直ぐな神官様。ラシード様は不愛想だけど、面倒見のいい騎士様。って感じかな」
セレナは淡紅の金髪をふわりと翻しジルを見た。ややもすれば悪印象な言葉もあった。けれど微笑んでいる様子から察するに、好感が勝っているようだ。自分とほぼ同じ高さにある瞳に向けて、ジルは姿勢を正す。
「お二人と、親交を深めたいと思った時は……お声がけください。精一杯、お手伝いします」
セレナの相談相手になれるよう、声の抑揚はおさえながらも、ジルは力強く明言した。
ヒロインと攻略対象は出逢って日が浅い。セレナにそういった感情はまだ芽生えていないのか、きょとんとしていた。それから口元に指を添えて、視線が下がる。
「そういうことなら……私も、エディ君にお願い。困ったことがあったら、教えてね。私はあなたの主人なんだから」
思案するように呟いたあと、セレナは水蜜の瞳を煌めかせてにこやかに笑んだ。
従属の契約は、確かに必要だったのだ。今ここにいるのがジルではなく弟のエディなら。そう思わずにはいられない魅力を、セレナは放っていた。
真にエディのことを想ってくれているのだと、胸があたたかくなる。
――こんなに良い子でも、いつかは。
今代聖女の末路をジルは知っている。ゲームの夢をみたとき、ジルは弟を助けることしか頭になかった。死亡を回避したあとは安らかに暮らせるよう、ヒロインの在位期間は長く続いて欲しいと思っていた。
けれどセレナと数日を過ごした今、ジルの胸裏で新たな欲がもたげ始めた。何かできないだろうか。夢で得たゲームの知識が、ジルに問いかけてきた。
◇
図書館前の衛兵にセレナを預け、ジルは調理場に足を運んだ。料理人にあまり物はないかと訊ねれば、パン粉になる予定だったものを一つ分けてくれた。お礼にジルは食器洗いを手伝う。
「あっちに置いてる切れ端も持ってっていいぞ」
「え、でも」
「スープの足しにするくらいだ。あっても無くても変わりゃしないよ」
「ありがとうございます……!」
気前よく笑う料理人へジルは跳ねるように一礼して、残りの洗い物を片付けた。示されたトレーには、料理に使用した野菜や肉などの端材が集められていた。
――ハムとチーズ……ニンジンは細く切って。
ニンジンは塩で水気をとり粒マスタードと混ぜた。パンに切れ込みを入れて食材を挟んだら、それなりにみえる軽食の完成だ。小腹の足しにはなるだろう。持ち運びしやすいよう紙に包む。
「食材、ありがとうございました」
「お互い様だ。また来いよ」
「はい。お手伝いに、伺います」
目論見はバレていたかと料理人は笑った。その姿に釣られてジルの口元も綻ぶ。最後に一礼して、ジルは調理場を後にした。
――戻ってるかな?
司教への報告が済み次第、ラシードは図書館前に戻っているはずだ。セレナの勉強中、護衛騎士は衛兵と交代で控えていた。
図書館近くの廊下を歩いていると、覚えのある靴音が聞こえてきた。ジルは足を止めて振り返る。
「ちょうど、お探ししてたんです」
十数歩後ろを、鈍色髪の騎士が歩いていた。無言で何用だと問うてくる。ジルは良く見えるように、紙包みを掲げた。
「パンを頂いたのですけれど……僕、お腹一杯で。よろしければ、召し上がりませんか?」
ラシードのキノコ嫌いを、ジルが知っているのは不自然だ。そして率直に、お腹が空いているだろうと指摘しても、食べてくれない気がした。
だからジルは、困っているのだとお願いするように護衛騎士を見上げた。問いかけた先からは、無言の視線が落ちてくるだけで何も返ってこない。迷っているのだろうか。
――あ、食べる場所。
廊下でパンを食べるのは非常識だ。そのことに思い至ったジルは、ラシードにそこで待つよう伝えて、目についた扉を叩く。応答はない。用具室と札のついた部屋に、鍵はかかっていなかった。
ジルは足早に引き返し、ラシードの腕を掴む。
「こちらでしたら、人目はありません」
いまだに一言も発しない護衛騎士の腕を引けば、大きな体は抵抗もなくついてきてくれた。




