102 許可とキノコ
ジルとしてはお灸をすえる程度でよかった。のだけれど、同僚にはその比ではない処罰が下されるだろう。最寄りの衛兵にラシードが指示をしていたから、今頃は拘束されているはずだ。
「バクリー騎士様、ありがとうございました。……でも、どうして厩舎に?」
「セレナ神官様に見てこいと言われた」
流石ヒロインだ。もう護衛騎士と仲良くなっている。魔力制御の特訓をお願いして良かったとジルはこっそりと笑みを浮かべ、居住棟へと続く道を歩く。
「あの後どうする心算だった」
変わらぬ歩調で坦々と進んでいるラシードから、唐突に問われた。顔は前を向いたままだ。仲裁に入らなかった場合のことを訊ねているのだろう。ジルは歩行に合わせて揺れる大剣に向かって口を開く。
「神官様が疲れるまで、お相手しようと、思っていました」
「俺が許可する。今後は好きに戦え」
「えっ」
ジルは思わず立ち止まってしまった。何かの罠だろうか。異端審問の権限で処理してやる、と言われているのだろうけれど。素直に受け取れず、ジルは疑いの眼差しを向けてしまう。視線に気が付いたのだろう。ラシードが足を止め振り返った。
「なんだ」
「……ひとつ対処するごとに、手合わせをするとか」
「そうして欲しいのか」
「いえ! ご配慮、ありがとうございます……!」
このまま会話を続けては危ない。そう察したジルは勢いよくお辞儀した。腰を折ったまま、何か違う話題をと考えたとき、同僚にかけられた言葉を思い出した。
「あの、僕ってなにか……ニオイます?」
歩き出していたラシードの足が再び止まった。戦闘とは無縁の話題にも関わらず、褐色肌の眉間に珍しく皺が寄っている。朱殷色の瞳はしばらくジルを見たあと、また前を向いてしまった。くだらない質問で苛立たせてしまっただろうか。
――それとも、すごく汗臭いとか。
そうならこのまま昼食の場に出るのはまずい気がする。けれど、これ以上セレナを待たせる訳にはいかない。ジルは無言で歩く大きな背中を追った。
◇
セレナに心配をかけたくないジルは、馬の世話に夢中で遅くなったのだと説明した。その間、ラシードは一言も喋らなかった。セレナからニオイについての言及もなかった。気を遣わせているのかもしれないけれど。
三人での昼食中、ナイフで料理を切り分けながらセレナがはにかむ。
「いつもの時間に来ないから、心配になっちゃって……。エディ君は馬が好きなんだね」
薄焼き玉子に包まれたキノコやジャガイモが顔を出し、とろりとチーズが溢れ出した。庶民の食事は主にスプーンを使用する。セレナはナイフとフォークを、慎重に操っていた。
「馴染みもあって、落ち着きます」
エディの代わりに、厩舎で働く機会も多かった。セレナの言葉に頷いてみせ、ジルは薄焼き玉子を口に運ぶ。ほくほくのジャガイモとチーズが溶けあって美味しい。キノコを噛めば風味と食感が変化した。
少食気味のジルには、これ一皿でお腹一杯になる量だ。でも、体の大きな護衛騎士にはもの足りないだろう。そう思って視線を向ければ。
――お腹空いてないのかな?
二、三人前が標準のラシードだけれど、今日は食が進んでいなかった。癖のある味付けではない、食べやすい料理だ。
ジルは切った玉子にチーズを絡めて口に入れる。歯に、もぎゅっとした感触があった。
――あー、キノコが入ってるからだ。
嫌いな食材を選り分けて食べることもできたはずだ。けれど教養を勉強中であるセレナの手前、無作法は避けたのだろう。皿に盛られた料理は少しづつ消えていた。
今も無表情を保っているけれど、胸中をおもんぱかれば可哀想やら可愛らしいやら。ジルは同情心が湧いた。護衛騎士は一皿で食事を終わりにするはずだ。きっと食べ足りないだろう。
――あとで調理場に行ってみよう。
同僚から助けて貰ったお礼に、食べられるものがあればラシードに届けてあげようとジルは決めた。
「私は司教様に報告がありますので、先に失礼致します」
「セレナ神官様は、僕が図書館まで……お送りします」
食事が終わる頃合いを見計らって、護衛騎士が席を立った。皿に盛られた料理は綺麗に無くなっている。同僚の件を伝えに行くラシードに代わってジルが護衛するのは、移動中に取り決めていた。
「そうなんですね。よろしくお願いします」
桃色の瞳をやわく色付かせ、セレナが軽く頭を下げた。先刻失礼な人に遭ったからだろうか、その姿にジルはとても癒された。
――そうだ、印象を訊いてなかった。




