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最終話


 ボーーーー………


 船の汽笛が鳴る。

 レセップス運河に船が入って来たのだ。

 船の煙突に描かれたマークは、ファンネル商会のもの。

 これまでも何度かファンネル商会の蒸気船は試験通航のためこの運河を通っているが、今日は様子が一味違う。

 色鮮やかなテープが船尾から垂らされ、甲板には数多の旗がなびいている。

 さながら新造船の進水式のような華やかさだ。

 運河の完成記念式典のため集まった記者や見物人たちが、岸壁周りに集まりひしめいている。

 彼らは皆、主役たちの登場を今か今かと待ち侘びながら、丘の上を見上げた。


 運河を臨む丘の上。

 そこには小さいながらも、美しい教会があった。

 運河を利用することになる船員や商人たちのために建てられた、新しい教会だ。

 まだ完成したばかりの真新しい教会の壁は、眩いほどに白い。

 その壁に負けないほど、美しく白いドレスを身に付けたナタリーが、一歩一歩、バージンロードを歩いていた。

 隣でナタリーをエスコートするのは、ロレインだ。

 ナタリーには既に親族がいないため、親友のロレインにナタリー自らエスコート役をお願いしたのである。

 その願いを快諾したロレインは、ナタリー以上に感動した面持ちで、バージンロードを進んでいく。

 そんなロレインの気持ちに応えるように、ナタリーは掴んだ手をきゅっと握りしめた。


 そして、真っ直ぐに前を見つめる。


 祭壇の前に、ケヴィンが居る。

 いつもは黒い衣装ばかり着ているケヴィンも、今日ばかりは白い装いだ。

 顔に着用しているマスクも白い。

 ステンドグラスに照らされたケヴィンの表情は柔らかく、決して怪物などではなかった。


 祭壇まで辿り着くと、ロレインからケヴィンへとナタリーの手が引き渡される。

 ロレインは役目を終えると、すっと最前列の椅子に座った。

 その隣には、ドルフィン侯爵が座っている。

 まるで娘の結婚式に参列する父親のような表情で、ナタリーを眺めていた。

 新郎側の最前列には、ナミルとユリウス、ユージーンの姿があった。

 ミュゼットが参列することは叶わなかったが、その代わり、屋敷の者やスラスター騎士団の面々があたたかく二人を見守っている。

 どういう訳かナミルは既に号泣しており、隣に座るユージーンがそれを宥め、ユリウスが何か小言を言っている。

 そんな様子にくすくすと小さく笑い、感動にも近い幸福を感じながら、ナタリーはケヴィンの瞳を見つめた。


「ケヴィン・アンカー。ナタリー・ファンネルを妻とし、生涯愛することを誓いますか」


 牧師の言葉に、二人はまっすぐ祭壇に向き直る。


「はい。誓います」


 いつもの低い声には、どこか喜色が滲んでいて。


「ナタリー・ファンネル。ケヴィン・アンカーを夫とし、生涯愛することを誓いますか」

「はい。誓います」


 形式に則っていても、それは心からの言葉だった。


「では、誓いのキスを」


 牧師が両手を広げ、ナタリーとケヴィンに向き合うよう促す。

 お互いに向かい合い、ケヴィンはそっとマスクを引き下げた。

 ケヴィンの裂けた右頬の、端から数センチ。

 小さなみみず腫れのような傷《《跡》》があった。

 キールのもたらした薬は、確かに劇的な効果はなかった。

 けれど確実に、ケヴィンの傷を癒していた。

 かつては奥歯まで露出していた頬も、今や最奥の歯は頬に隠れて見えない。

 このまま薬を使い続ければ、いつか完全に傷が塞がるかもしれない。

 傷跡は残っても、少なからず生活はしやすくなるに違いない。

 いつかナタリーも、ケヴィンと共に食事を楽しめるようになるだろうか。


 ナタリーは、そっとケヴィンの傷に触れた。

 二人が向き合っているため、参列者からはケヴィンの左頬しか見えない。

 だから、この傷は見えていないはずだ。

 参列者の何人かが、ケヴィンの美しさに小さく息を飲んだのが分かる。

 けれど、傷があってもなくても、ナタリーのケヴィンへの愛は変わらない。


「……一生側にいてくれるか」

「ええ。出て行けと言われても出て行かないですからね」

「まさかそんなこと言う訳がない! ……愛してる」

「私も愛していますわ」


 まさかこんなにも愛し合う時が来るなど、思いもしなかった。

 突発的な嵐のように始まった関係だと思っていた。

 けれど今にして思えば、それが運命だったのかもしれない。

 そんな風にナタリーは思った。


 お互いの顔が近付き、唇を重ねる。

 列席者から拍手が巻き起こった。

 同時に、岸壁に着岸したのだろう蒸気船が、ちょうどよく汽笛を鳴らす。

 運河の方から、歓声が聞こえた。


 失った縁があれば、繋いだ縁もある。

 ユリウスやナミル、ファンネル商会の事務員たちが、割れんばかりの拍手を贈っている。

 ドルフィン侯爵とロレインも笑顔で拍手をしている。

 あらゆる困難を乗り越えたナタリーとケヴィンだからこそ、今の幸福があった。

 この場にいる誰もが、二人を祝福していた。


「幸せになろう」

「これまでの悲しみが全て帳消しになるくらいに、ですね」


 これからどんな苦難が起ころうとも、きっと大丈夫。

 また一緒に、乗り越えていけばいいのだから。



 ボーーーー………


 まるで二人を祝福するように、再び、汽笛がこだました。


19時すぎにエピローグを更新して完結します。

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