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第50隻

間が開いてしまい申し訳ありません!!


 1か月前。

 フィリップがナタリーの自宅に訪れた際、ナタリーはベティの写真を見せていた。

 見覚えがあると答えたフィリップに、裁判での証言を依頼していたのだ。

 けれど、フィリップは来なかった。

 いくら義憤を抱いても、やはり自分の父親の罪を問う裁判で証言をすることは簡単なことではない。

 ナタリーは半ば諦めていたのだが、どうやら、フィリップも決心をしたようだ。


 フィリップの横には、息を切らした様子のミゲルが汗を拭いながら立っている。

 フィリップに決意をさせたのは、他の誰でもない。ミゲルだった。

 休廷前にいつの間にか姿を消していたが、ボラード伯爵家のタウンハウスまで走ってきたようだ。

 ここに至るまで、あまりに色々なことがあった。

 それでも彼らは親友なのだ。

 フィリップを動かせるのは、ナタリーでもケヴィンでもなく、ミゲルの言葉だったのだろう。

 ナタリーたちのために必死に走ったであろうミゲルを思い、ナタリーは胸が熱くなるのを感じた。


「フィリップ……! お前何を言っているんだ……!」

「私は事実を言っているだけです。そちらの女性を、私は領地の屋敷で見たんです」


 そう言いながら傍聴席を進み、裁判を行う区画との仕切り柵の手前までフィリップは歩を進めた。


「陛下。恐れながら、私に証言をさせてください」

「フィリップ!! 何を言っているんだ!!」


 父親には目もくれず、フィリップは皇帝から目を逸らさない。

 傍聴席の最前列に座っていたボラード伯爵夫人も「馬鹿なことをしないで!」と叫んでいるが、それすらも無視をした。

 フィリップの真っ直ぐな視線を受け、皇帝は逡巡する。

 しかしちらりと傍聴席に目を動かしてから、渋々頷いた。


「……良かろう」

「陛下!!」


 ボラード伯爵は、今回の裁判中、最も焦った顔をしている。

 それもそのはず。

 フィリップはボラード伯爵の身内であるために、もし伯爵に不利になる証言をするならば、その信憑性はずっと高くなる。

 ボラード伯爵が罪に問われれば、息子であるフィリップ自身の首も絞めることになる。

 そんな嘘をつくことは、普通ないからだ。

 伯爵の様子を見れば、全く予想外のことだったのだろう。

 一体フィリップが何を言うのか、戦々恐々としているに違いない。


「恐悦至極に存じます」


 フィリップは深く頭を下げる。

 騎士の一人が柵の扉を開け、フィリップは案内されるまま中に入る。

 その瞬間、一度傍聴席を振り返り、ミゲルと視線を合わせた。

 ミゲルはしっかりとその瞳を受け止め、頷く。

 それに応えるように唇を引き結び、フィリップは証言台に進んだ。

 足を上げようとしたところで、ふとサラに視線を向ける。

 そして一瞬の間を開けて、フィリップは証言台に立った。


「私はフィリップ・ボラード。今回この裁判にかけられている、ボラード伯爵の長男です。まず、ここに来るのが遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。ずっと決心が付かないでいたのです。私の証言は間違いなく、父を追い詰めることになるでしょう。私は父を尊敬していました。愛されてもいた。そんな私が父の敵となっていいのかと、ずっと悩んでいました。けれど、先ほど親友の言葉で、決心がつきました。私は私の良心に従って証言をします。そうしなければ、守れないものがある」


 真っ直ぐに皇帝の目を見つめ、フィリップは言った。

 以前ナタリーと話した時は頼りなく落ち着かない様子だったが、今は違う。

 既に、心が決まっているのだ。


「……それで、そなたの証言は」

「はい。先ほど申し上げた通り、私はそちらの女性を当家の領地の屋敷で見たことがあります」


 フィリップの話を要約するとこうだ。

 フィリップは財務局での仕事のためにタウンハウスで生活をしている。

 しかし領地経営の仕事を手伝いに、伯爵の居る領地の屋敷にも時折訪れていた。

 その日、本来ならフィリップは3日後に屋敷を訪れる予定だった。

 けれど急遽仕事の都合で、予定を前倒しし、早くに屋敷に着いたのだ。

 玄関ホールで執事と軽い世間話をした後、父親の執務室に向かう途中、見慣れない女とすれ違った。

 お仕着せこそ着ていなかったものの、壁際に寄り頭を下げるという使用人らしい動作をした為、新しいメイドか何かだろうと、その時はあまり気にしなかった。

 が、それでも尚記憶に残っていたのは、少しばかり様子がおかしかったからだ。

 お辞儀の仕方は綺麗なのに手を小さく動かしていたり、服は綺麗だが髪型が少し崩れていたりと、小さな違和感を覚えたという。

 だからこそ、顔を覚えていた。

 今ここで椅子に縛り付けられている女は、間違いなくあの時の女である。

 そうフィリップは語った。


「彼女がアンカー辺境伯家の侍女であったということが分かった今、父が魔獣事件に無関係であるとは、決して言えないと考えています」

「落ち着けフィリップ! きっとお前の見間違いだ!」

「お父様こそ落ち着いてください。私はすぐ近くで彼女の顔を見たのです。一度だけとはいえ、間違いありません。しかも私が彼女を見たのはお父様の執務室がある廊下。サラの部屋とは正反対の方向です」


 そう言い切った後、フィリップはナタリーに視線を移した。


「ファンネル嬢、あの手紙を出していただけますか」


 ナタリーは、先ほど手に取りかけた、あの手紙を差し出した。

 フィリップは証言台から降り手紙を受け取ると、掲げてみせる。

 ボラード伯爵は何やらハッとした様子で焦りを滲ませた。

 それが何か分かったようだ。


「こちらは5か月前に父から私宛に送られた手紙です。『領地の経営報告のために皇都に行くから食事をしよう』と書いてあります。この手紙は、先ほど裁判で話題になっていたという、父の特注インクで書かれています」


 そう。

 サラが特注インクで書かれた指示書を証拠として提示すれば、ボラード伯爵はそのインクは既に手元にないと主張するだろうことは、予想ができていた。

 まさか証拠まで用意しているとは思わなかったが、概ねナタリーたちの予想通りだったという訳だ。

 それに反論するためには、指示書を書いた時期、確かにインクがボラード伯爵の手元にあったと主張する必要がある。

 そう考えたナタリーは、フィリップにボラード伯爵からの手紙を探してもらった。

 期待通り手紙は発見されたが、フィリップが証言をためらっていたため、ナタリーたちが預かっていたのだ。

 しかしフィリップから話した方が信憑性が高くなる。

 彼が裁判で証言してくれることを期待し、今まで公表しないで手元に持っていたのだった。



 フィリップの言葉に、会場が騒つく。

 それも当然だ。

 休廷前、件の領地経営報告書はインクを盗まれたために違うインクで書いていた、とボラード伯爵が証言したばかりだ。

 であるのに、その報告のために皇都へ向かうというフィリップへの手紙は特注インクを使用していたとなれば、話が矛盾する。

 そして、どちらが本物であるかは、少し考えれば誰でも分かることだろう。


「私が父からの手紙を偽造する必要はありません。5か月前の時点で、父は特注インクを手元に置いていた。インクを盗まれたというのは嘘なのです。つまり、特注インクを使った文書の改竄を指示する手紙も、作業員への指示書も、父が書くことは可能でした」


 はっきりと。

 自身の父には目もくれず、フィリップは断言した。


「父は大臣を更迭されてから、しばしば法務大臣閣下とアンカー伯爵への恨みを口にしていました。『いつか目の前にひれ伏させてやる』と。ずっと大臣の地位に返り咲くことを虎視眈々と狙っていたのです。息子の私から見ても、父のその様子は異常でした。これほど大胆な不正を行っても、おかしくはないほど」


 皇帝はその瞳を受け、小さく唸る。

 フィリップが証言台に立つことが、余程予想外だったのだろう。

 次の一手が出せずにいる。

 それはボラード伯爵も同じだった。

 まさか自分の息子に追い詰められることになろうとは思いもしなかったのか、呆然と立ち尽くしている。


「陛下。お分かりになりましたか。今この状況で、ボラード伯爵と私、どちらが嘘をついているのか」


 ケヴィンが静かに問う。

 会場の誰もが、その答えを知っていた。


「……見損なったぞボラード伯。言い逃れは出来ないな。文書の改竄に関わった官僚を調査し、真相を明らかにする必要がありそうだ。本日はこれにて閉廷!」


 皇帝が、ボラード伯爵を切り捨てた瞬間だった。


「っ!!!」


 ナタリーは思わずケヴィンの手を取り、声にならない歓声を上げる。

 ケヴィンも無表情ながら、興奮しているのが分かる。

 まだ完璧とは言えない。

 それでも。

 ナタリーたちの勝利は、もう目の前だった。



 ボラード伯爵が膝を突き、項垂れる。

 もう既に、対抗する気力を持っていないように見える。

 証言台に立ったフィリップは、悲しげに、じっと父を見つめていた。

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