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第49隻


 ケヴィンが手にしていた手紙。

 それは、《《今朝》》キールから届けられたものだ。

 そう。裁判が始まる直前に、ナタリーたちはボラード伯爵が何を企んでいるのか知っていた。

 時間がなかったために、裁判前にはドルフィン侯爵とロレインに伝えることは叶わなかったが、この休廷の時間を使って二人にも情報を共有することができた。

 まさか皇帝まで関わっているとは知らなかったものの、それならそれで対策を考える他ない。

 皇帝があの調子である以上、皇帝にも反論の余地のない、確固たる証拠を突きつけるだけだ。

 この手紙は、その一つのピースになる。


「ここにはまさしく、先ほどボラード伯爵が主張された、最北の要塞の改修工事の発注書や武器の支払書など、いくつかの文書の改竄の指示が記されています」


 そう言ってケヴィンは傍聴席に手紙を掲げてから、皇帝の元に手紙を運んだ。

 皇帝は眉をひそめながらそれを受け取り、目を通す。

 読み進めながら、皇帝の眉間の皺がどんどんと深くなっていくのが分かる。


「確かに、お主の言う通りだ。しかしこの手紙……ボラード伯が盗まれたと主張した例の特殊なインクではないか?」

「本当ですか陛下! ならばその手紙は私が書いたものではないことがお分かりでしょう! そのインクは半年前に盗まれているのですから!」


 待っていましたとばかりに、ボラード伯爵が声を上げた。

 この流れでは、ボラード伯爵の主張は正しい。

 だからこそ皇帝も、助け舟とばかりにインクのことに触れたのだ。


「これは罠です! 私を陥れるためにわざと偽の証拠を用意してこんな手紙まで……卑怯だぞアンカー辺境伯!」


 ボラード伯爵は吠える。

 ここからどう展開させようかと必死に思考を巡らせる。

 けれど彼にはまだ余裕があった。

 インクの件がはっきりしていない限り、手紙の主がボラード伯爵とは言い切れないからだ。

 しかし、皇帝は迷っていた。

 このままボラード伯爵側について問題ないか、それとも切り捨てるか。

 皇帝をどう動かせるかは、ここが重要な局面である。


 ナタリーはちらりと傍聴席を見る。

 待ち人は、まだ来ない。

 ならば致し方ない。

 ナタリーはケヴィンに目配せをした後、手元にある手紙を取ろうとした、その時。


「おいこら勝手に動くな!!」


 急に、部屋の外が騒がしくなった。

 正確には、サラの座っている席の後ろ。

 証人控え室に続く扉の奥だ。


 一体何事かと皆が注目する中、バンッと大きな音と共に、急に扉が開いた。


「この嘘つき!! みんなみんな殺してやる!!」


 甲高く不快な叫び声。

 蓬髪ほうはつを振り乱し、唾を飛ばしながら現れたのは、ベティであった。

 すぐに壁際に控えていた騎士たちに取り押さえられ、身動きが取れなくなる。

 それでもなお「嘘つき」「殺してやる」と呪詛を叫び続けている。

 証人控え室に呼ばれてはいたが、話すことが支離滅裂であるために、彼女の証言の予定はなかった。

 このまま待ち人が来なければ出廷をすることもなかったのだが、どうやら騎士たちの隙を付き、無理やりこの場に現れたようだ。


「なんなんだこの女は!」

「彼女はシャンクの街に魔獣が放たれた事件の重要参考人です。元はアンカー辺境伯家の侍女をしており、ダリル・ボラードにアンカー辺境伯家並びにスラスター騎士団の情報を流した疑いがかけられています」


 困惑する皇帝に、ドルフィン侯爵は冷静に情報を伝える。

 その侯爵の言葉に被せるように、ベティは尚をも叫んだ。


「協力したらケヴィン様は私のものになるって言ったのに!! あの女は死なないし、なんなのよ!! 早くケヴィン様を返して!!」


 ベティの言葉は、明らかにボラード伯爵に向けられていた。

 傍聴席が再度騒がしくなる。

 予想外のベティの登場は、ナタリーたちの追い風となりそうだ。


 暴れるベティは騎士たちに椅子に座らされ、後ろ手に手錠、胴体と足を椅子に括り付けられた。

 少し離れているとはいえ、近い場所に座っているサラが不安そうにそれを眺めている。


「つまりあなたは、ボラード伯爵に協力するよう言われた。そういうことですか?」


 ドルフィン侯爵が尋ねるも、ベティはただ呪詛を込めた叫び声を上げるだけで応えない。

 やはり、彼女に証言をさせるのは無理なようだ。


「私はこんなおかしな女は知らない! 全くの言いがかりだ!!」


 顔を真っ赤にして叫ぶボラード伯爵。

 あまりの大声に、声が部屋に反響する。

 その反響を沈めるように、一つの声が上がった。


「嘘はやめてください。1年前、屋敷の中で彼女を見ましたよ」


 声は傍聴席からだった。

 一体何者なんだと、全員が後方に目をやる。

 そこには、先ほどからナタリーが待っていた人物。

 フィリップが、傍聴席の入り口の前に立っていた。


(良かった……! 来てくれたのね!!)


 ナタリーは思わず、両手を力強く握りしめた。

短くてすみません…!

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