67 第10番世界 学園見学
勇者御一行、アトランティス帝国観光。シュテルとシュテルの頭にシロニャン。ヒルデと眷属騎士2人。後は勇者3人とメグ。
転移したら観光にならないので、ぞろぞろと歩いていく。
勿論この国の住人はシュテルやヒルデ達を知っている。つまり歩くだけで道ができる。
「「「落ち着かない……」」」
「おう、慣れろ」
女帝にして女神。どちらにしても注目される存在だ。堂々と……ふてぶてしくでも良いかもしれないが、中央を歩いていく。ヒルデも眷属騎士達も、元王族付きの侍女と近衛なのでどうということはない。そもそも400年過ぎているのだ、嫌でも慣れるだろう。
勇者3人はソワソワしている。メグは観光に夢中で気にしていない。犬の尻尾みたいに触手が反応しているのは少々面白い。
製作者権限で4人を一時的に学園地区に入れる。
「さて学園だが、大まかに経済法科、戦闘科、職業科だ」
「うん、名前で大体分かる」
「あの馬鹿でかい城が学園寮だ」
「寮なの!?」
「周囲4大国からも来るからな。主にそいつら用。自国民は家から通うさ」
学園地区ど真ん中に学園寮と言う名の城が存在する。その学園寮から東西南北に建物があり、それぞれの科ごとに分かれている。
学園地区は神都の北西……4等分した左上なので出入り口は東と南だけだ。
「北が経済法科、東が戦闘科、西が職業科だ。南は一部許可された商人達の店や、所謂小学校がある。6~10と10~15だな。15で成人だ」
「目の前は戦闘科?」
「そうなるな」
神都アクロポリス中央に大神殿があり、そこがシュテルの家である。そこから真っ直ぐ北へ向かい、学園地区東から突入。目の前は東の戦闘科になる。
戦闘科は実に分かりやすい。なぜなら模擬戦してるから。魔法の流れ弾なんかを防ぐための結界が張られている特別施設がある。
「戦闘科には武闘専攻と魔法専攻が存在する。そのまま名前通りだな」
「武器ごとには分かれてるの?」
「勿論教える時には分かれる。教師以外にも眷属騎士とか、よく現役冒険者も来て教えている」
「冒険者まで来るんだ?」
「北東がギルド地区で冒険者ギルドもそこにある。それと冒険者引退してギルド職員になり、新人指導者とか目指すのもいてな? ある意味学生達は指導練習に丁度良いのさ」
「なるほど……」
基本的に戦闘科に入る者は騎士か冒険者が目的だ。眷属騎士達は騎士を目指す者達からしたら憧れの的。冒険者は先輩になる。どちらにしても戦闘科の生徒達からしたらいい刺激になる。
眷属騎士はともかく、学園は関係者しか入れない。冒険者達は冒険者ギルドで事前申請が必要だ。
「強制だったお前達と違い、戦闘科は命懸けの道を選んだ者達だ。ここで学べば学んだだけ、卒業後が多少楽になるから奴らも必死さ」
「卒業後に自分の命でツケを払うことになりますからね」
卒業後国へ帰って騎士となるか、そのまま東のギルド地区へ行き冒険者へとなるか。後者はともかく、前者は当然なれる人数が限られる。騎士の給料は税から出る。花形職業である分なるのは難しく、命懸けでもある。
騎士の中でもエリート中のエリート。花形職業代表である近衛騎士。王家を守る最後の砦。学生から直接近衛はあり得ない。まずは騎士見習いから騎士となり、人柄や腕が認められて……となるため狭き門である。
眷属騎士達は全員がその狭き門を通った者達であり、今や女神に仕える者達でもある。学生達からの人気は絶大だ。全員女神から支給されたお揃い装備なのも大きいのかもしれない。
近くにお手本がいるのは良いことだ。問題があるとすれば遙か高みすぎる事だろうか? とっくに人間を止めてる彼らはとても強い。元々近衛だった彼らが生物の体と言う足枷を捨てたのだ。
正直言うと生身の近衛でも6番世界の人間からすれば化物だ。比喩の『化物かよ』が比喩じゃなくなっただけである。実際化物だ。
「あの人は騎士……あの人は冒険者かな?」
「こうして見ると、結構違うね?」
「そもそも求められてるのが違うからじゃね?」
「「ああー……」」
長嶺の言う通り、騎士と冒険者では求めている能力がある程度変わる。どちらかと言えば騎士の方が大変だ。
極端に言ってしまえば、冒険者は腕っぷしさえあればいい。他は冒険者ギルドがやってくれる。ギルドで依頼を受けその依頼を達成。それでお金が入ってくる。
それに比べ騎士は国の名を背負い、国の顔となる存在だ。礼儀が必須。更に腕っぷしもなければならず、必要な能力が幅広い。
冒険者は何より腕っぷし。じゃないと人知れず死んで終わりだ。騎士は腕っぷしから立ち居振る舞いまで常に気にする必要がある。出世するなら尚更礼儀を求められ、事務仕事と言う書類地獄も突破できないとならない。
つまり、学生達を見ればどっちを目指しているかが割りと分かりやすい。そもそも立ち姿が違うのだ。
「見学時からピシッと立ってるのが騎士志望で、気にして無さそうなのが冒険者志望と……」
「全員が全員ではないけどな。騎士志望と同じことをしておいて、冒険者志望の者も中にはいる。『学べるなら学んでおこう。あって困るもんじゃないし』って連中だな」
騎士の方が覚えるのが多い。騎士の勉強はしておいて損はないわけだ。
「わぁ……なんか取り巻きみたいになってるのがいるけど……」
「んー……ああ、あれでも仲は良いぞ?」
「そうなの?」
「公共の場ではあれ。見えないところではお前達と変わらんさ」
この世界は王政が主体であり、王侯貴族がいる。当然この学園も爵位による身分は有効だ。生まれである爵位は有効だが、家からの指示など外部権力は禁止である。子供達の世界に親が出てくんなと言うことだ。
「爵位有効なんだ」
「最初は無視してたんだがな。よくよく考えると『学園からでたらそうなのだから、学園の時だけ無効にしたところで意味がない。むしろ害すらあるんじゃね?』と気づいてな。で、外部からの圧力を遮断した」
学園で子供達の小さな貴族社会が生まれる。学園から出た時、学園内での経験やコネを活かしていけば良い。
戦闘科の者達も、騎士だろうが冒険者だろうが貴族の護衛に付くことはある。よって学園内で貴族に付いて歩くのもまた経験だ。そもそも貴族の三男坊などが騎士を目指したりする。
「ちなみに、勘違いしたボンボンが権力を振りかざしても無駄だ。実家は動かん」
「んー…………動いた場合敵に回すのが多くなる?」
「正解だ。まず真っ先に妾に喧嘩売ってる。そして賛同してる周囲4大国王家に加え、傍観してる他の貴族達にも喧嘩売る事になるな」
命は狙われないにしても、王家は勿論上流階級の夫人達にお茶会でさらっと言われてみろ。『あの家、学園内の子に手を貸そうとしたそうよ』って。これだけで複数の効果を発揮する。
言ったのが王妃や王女、公爵夫人だったりしたら……しかも息子や娘が学園にいたら目も当てられない。わざわざ口にしたんだ、間違いなく不機嫌。
『我々(王族、公爵家)が傍観してるのにお前が口出すの? ふーん?』とか、超怖い副音声聞いた夫人達が怯えるわ。そして夫人達から夫である当主にその情報が行く。聞いた当主は間違いなく『は? こわ、あの家関わらんとこ』となる。
結果的に孤立である。そうなると商人達もその家から距離を置きだす。『貴方あそこと取引してるんだって?』とか目が笑ってない笑顔で言われようものならガクブルだ。最悪一家で首吊る事になる。
何よりも『学園関係』な時点で自国だけでなく、他の4大国にも喧嘩売ったも同然であり、何より『学園はアトランティス帝国』にある。つまり『女神が動く』可能性すらあるのだ。
聞いた瞬間速攻で自己保身に走る。勝ち目がなさすぎると言うか、『死ぬなら1人で死ねぇ!』という魂の叫びが聞こえるはずだ。関わってる時点で『お、君そっち側かなー? どうなのかなー?』という疑惑がビンビン。
関係ないなら速攻で手を引くだろうし、後戻りできない関係なら足掻くしか無い。関わっている時点で後者と見なされる場合があるのだ。
実際は女神により関わっているかどうかは丸分かりで、とばっちりを受ける事は無いのだが……無事であるとは言い難い。なぜか? 他の家からは『お前状況判断甘いんじゃない? 大丈夫?』という目で今後見られるから。
言い方を変えると、『犯罪の疑惑がある者と関わる事を止めない』だからだ。情報収集能力が死んでるのか、事態を甘く見ているのか。どっちにしろ付き合いを考える必要がある。貴族はその辺りがとてもシビア。共倒れはどの家もゴメンだ。
「とまあ、割りと大事なんだ。これに気づけない間抜けがやらかす」
「わぁ……」
「貴族の子供達は手腕を試され、鍛えられるから上流階級からは好評だ。むしろ学園にいられる間に失敗してこいってな」
「スパルタだねぇ……」
「貴族である以上、無能であることは許されん。それが権力に付属した責任だ。世界が違えば常識が違い、常識が違ければ教育も違うってな。『どちらが正しいか』と言うのは無駄だ。どちらも正しいのだから」
子供の成長には『環境』というのは重要だ。周囲の施設は十分か? 周囲の人間はどうだ?
そもそも『あの子は失敗』『この子は成功』とか、本人からしたら何様だって話になる。大体その成功失敗も、『都合がいいか』でしかないのだろう。実にアホらしい。そら子もグレるわ。
「ま、教育云々は良い。お前達にはまだまだ早いしな。子を持つ年齢になったら話しても良い。実際その方が思うこともあるだろう。ところで参加でもしてくるか? それとも別の場所見に行くか?」
「参加していいの?」
「別にいいぞ?」
「「おー」」
長嶺と清家が参加したそうにしているので、軽く混ざる事に。学生達も強者同士の戦いには興味津々だ。
「ランクは?」
「び、Bです!」
「長嶺、やってみろ」
「よーし……」
女神に話しかけられた教えに来ていた冒険者が緊張気味だが、長嶺と向かい合うと緊張はどこへやら。ある意味プロ根性とも言える。戦闘になると切り替わるのだろう。
向こうの世界ではAぐらいの実力はある長嶺対、こちらの世界のBランク。
結果は……長嶺の負け。
「ぐぬぬぬ……」
「うん、悪くない。経験不足かな? 身のこなしも少し無駄があるけど、戦闘続ければ無くなるだろうし。ただ《身体強化》の制御が甘いね。ムラがある」
「むぅ……魔法苦手なんだよなぁ……」
「あればっかりは感覚の問題だからねぇ……」
学生達に教えているだけあって、中々的確な指摘だ。
「世界が違えば基準も違う。こっちだとBの下ぐらいか」
勇者も努力をしなけりゃただの人。
と言うか、正直この場合人種が違うと言える。4番世界、6番世界、10番世界。全てが同じ進化をするかと言うと否ではないだろうか。見かけは似ても、細かなところは違うはずなのだ。
肉体性能的には6番、4番、10番と左から右へ差がある。6番は元々魔法が無いし、魔物もいないのだから仕方ないが。日常的に戦闘が発生する4番、10番の肉体が強いのは当然だ。でないと外敵に食われて種が滅ぶ。
異世界別ワールドカップをしてみるといい。それで短距離100メートルに10番世界の出してみろ。100メートルなんかしれっと踏み込みで移動するのがこの世界のCランク以上だ。じゃないと避ける事も不可能で死ぬ。そう考えると、範囲魔法ってエグい。
逆に言えば6番世界の人間である長嶺達を、そのクラスまで持ってきている勇者補正が凄いと言うべきだろう。召喚時に細胞が変わっているからもはや別人……と言うのは哲学的な話になるので置いておくとしよう。
「ふむ……君の方が動きは良いけど、直線的だね」
「フェイントって難しいんだよなぁ……」
「慣れないとただ無駄な行動になるからね。目指すのは冒険者かい?」
「ですね」
「ならまあ、優先度は低いか。騎士だと対人がメインになるから」
「なるほどー」
清家もチャレンジしたが結果は同じ。地力やら経験が違うのだから仕方ない。勇者達はレベルアップした時の伸びが大きいだけと言える。まだまだ足りない。
「君もやるかい?」
「こいつは魔法メインだからまだ早いな」
「でしたら女神様、一戦お願いしたく」
「ふむ……アル、相手してやれ」
「はっ。望みはなんです?」
「指導で」
「良いでしょう」
女神に手合わせを望む者には何パターンか存在する。強者に指導して欲しい者、強者に叩きのめされたい者が多いか。
ちなみに、女神に言ったが女神本人に……ではない。女神の眷属騎士を貸してくれと言っているのだ。
基本的にシュテルにはヒルデと他2人の騎士が付く。他の騎士はお休み。そのお休みの日はパトロールしたり、ギルド地区の訓練場で冒険者達に混じって訓練。休みとは……と言う感じだが、生き甲斐なのだから仕方ない。
シュテルも最初は『は? 頭大丈夫かこいつら』だったが、世界が変われば考えも違うかと、好きにさせた。付かない時は好きにしていいぞと言ったのだ、その過ごし方に口出すのも野暮だろう。そのせいで問題が発生している訳ではないのだ。
それはそうと、ギルド地区で休みの時に指導なんかもしてるが人気だ。中々の競争率。だがこうして女神に頼めれば確実である。
強者に叩きのめされたい変た……いや、真面目な者もいる。彼らは上を見たい者達だ。後は自分が天狗にならないための戒め。強くなったと思おうが、文字通り瞬殺される。開始した直後には床ペロだ。
フィーナは小さい頃からこの環境。実に良い子に育っている。
「ふむ……ここ」
「ぐっ……」
「それとここも」
「ぐえっ」
「後は……ここか」
「ぐへっ」
アルベルトに甘いところを的確に突かれる冒険者。逆に打ち合いながら良いところも指摘される。指導なのだから当然と言える。良いところは伸ばし、悪いところは改善する。
「ふぅ……ありがとうございます」
「悪くありませんね。A近いのでは?」
「そろそろ試験を考えていますが、このまま教導に行くか悩んでまして……」
「ふむ、人生の分岐点ですか。アドバイスは1つですね。悔いのない道を」
「はい」
「では移動するか。邪魔したな」
戦闘科から移動し経済法科……はつまらないだろうから、職業科へ向かう前に学生寮に寄る。
学生寮と言っているが、職員室なんかもこの中だ。生徒だけでなく、職員もここに泊まっている。纏めた方が連絡なんかも楽である。土地の中央なのもその理由。
「あー……でも、フロアはともかく中は確かにそれっぽい」
「年単位で住むんだ。使い勝手を重視している」
「その割に……ちょいちょい装飾とか、置物が豪華なのは?」
「暴れて壊さないようにするための脅し。暴れるなら外にしろ」
「効果ある?」
「抜群ですね。壊したら大神殿へ行き、ユニ様の前で正座して懺悔ですから」
「「「うっわぁ……」」」
勇者達ドン引きである。
懺悔とは聖なる存在の前にて、罪の告白をし、悔い改めることをいう。
聖職者に聞いてもらうとかではなく、目の前にいるのはガチ女神だ。ガチの懺悔である。しかもその場合、町をフラフラしているのとは違う、お仕事モードの女神が前である。再犯率驚異の0%だ。
ちなみに、事故で壊れた場合は普段のフラフラしている時の女神である。
「ぶっちゃけトラウマでは」
「物壊すのが悪い。悪い事したら怒られる。当たり前のことだ。本来ただじゃないんだぞ」
「この寮めっちゃお金かかってない?」
「当たり前だろう? 教育関係に金かけなくてどうする。子育てと言うのは金がかかるもんだ」
勇者達の国とここでは規模が違う。
周囲4大国からの支援金を受け、5大国の子供達が通うのだ。建物の維持費はかからないので、全て施設や教員の給料なんかにお金が回される。
戦う者の花形が騎士だとしたら、教える側の花形がここ、学園教師だろう。王家や国民を守るため命を懸ける騎士に対し、子供の教育に命を懸けられる者達だ。
学園教師になるには女神の審査があるため、末端騎士よりも遥かになるのが難しい。騎士になりたいなどの中に、アトランティスの学園で教師がしたい! というのが子供の夢として出るぐらいである。
人にものを教えるというのは難しい。想像以上に難しいものだ。自分が理解している事が前提で、相手に理解させるために様々な方法、言い回しで伝える。『人に教えるのが得意』というのも立派な技能の1つと言えるだろう。
職業科の中に教師科もある。教える側の存在とて、育てる必要があるのは当たり前の事だ。とは言え、職業科は現役を引退した人達が教鞭を取る場合が多いが。
そして何よりも……。
「教育には金をかける。でなければ数十年後に自国が死ぬなど、分かりきった事だろう?」
「魔物すら次代を育てるのがいるのです。人ができないはずがない」
勇者達はまさに教育を受けている最中だ。
6番世界の平和な生活をしていた学生達が今はどうだ。武器を持って戦えるようになっている。戦えるように教育されたからだ。まあ、状況的に強制だったが教育なんてそんなもんだろう。気づいたら学校に通っているんだ。
「職業科……どこ見るかねぇ?」
「侍従科で良いのでは? 生徒達にも経験になりますし」
「まあ一番楽か」
執事、侍女を育てるのが侍従科である。
そこへ突然国のトップが突撃してくるのだから、生徒達は堪ったものではない。でも上級生は知っている。割とあることだと……。
侍女歴400年オーバーなブリュンヒルデ。それ故にヒルデの教育はめちゃくちゃ厳しい。ヒルデの試練を突破しただけでも侍女として箔が付く程度には。
そのヒルデが少し先行して、教室にいる教員を呼び出し女神が来たことを伝え、人数を知らせる。教員は実に良い笑顔で了承。学生達の地獄の数時間が唐突に始まる。
ちなみに行く学年はヒルデが勝手に決める。シュテルは特に口を出さない。ヒルデは侍従科にいる学生達の練度を大体把握しているので、丸投げだ。プロがいるんだからプロに任せればいい。
ヒルデは別の教室に突撃し、人数を伝えて生徒達を借りる。駆り出された生徒達は別の空き部屋に、テーブルや椅子などをセット。ヒルデはそのセットを確認して、悪いところは指摘。
この間に教員は唐突に学生達の身嗜みチェックを行う。それが終わったら移動。そして扉の前に行くとヒルデが出てきて、察するわけだ。
ちなみに教員への説得は不可能。『女神様に慣れれば他で緊張する事はないから』と一蹴されて終わる。侍従科の教員は各国の城で、元統括侍女長だったりするので生徒達に勝ち目がない。
しかもこの際、女神とセットでいるヒルデに目を付けられると、いずれ卒業した際に王族付きになれる可能性すらある。侍女においては出世の近道なのは間違いないのだ。
つまり、甘んじて受け入れるしか道がない。しかし王族付きになった場合、女神を出迎える可能性があるため、ここで慣れておいた方が良いのも確かである。それにここ……学園ではなく、よその場合は転移して連絡無しに来ることがあるため、割とここより酷かったりする。教員はそれを知っているのだ。
中へ入った侍従科の生徒達が目にするのは、席に座った女神、銀毛の綺麗な狐獣人、人間2人と……なんか触手がうねうねしてる子。後はいつもの眷属騎士。
「おぉ……本職のメイドさんがいっぱい」
「学生だしまだ見習いだがな」
長嶺など勇者組のメイドに対するイメージは……メイドの皮を被った客商売だ。
本職の侍女達は笑顔を振り撒かず、影は薄く裏で手を回す。自分達の主やその客に、不自由させないように動き回る……縁の下の力持ち。その方法をこの侍従科で学ぶ。
「彼らは影が薄ければ薄いほど良い。あくまでメインは主人であり、自分達は黒子だ。常に先回りして気持ちよく過ごして貰う。そして客は主人ともてなす」
「ぶっちゃけかなり難しい職業だよね?」
「まあそうだな。優秀な侍女ほど主人の行動を先回りしてくる。『当たり』と言えるだろう。ただこれはあくまで主人側の目線だ。当然侍女からの視点でも、主人に当たり外れが存在する」
「まあ、向こうも人間だもんね。良い人に雇われたいのは当たり前か」
「それは前提として、仕えやすい主人と仕えづらい主人がいる」
侍女達の視点から見て、仕えやすい主人……給料や休みなどは雇用条件なのでまあ別とする。
働く場所が大きくなれば大きくなるほど役割は分かれていくが、侍女の主なお仕事はお世話である。
屋敷の掃除や配膳、客人のもてなしなどお仕事様々だが、メイドの花形は専属侍女になるだろう。誰かしらのお世話係だ。主人から奥方や子供達のお世話を任されるというのは信頼の現れ。仕える側としてもやる気になるだろう。
そしてこの侍従科はかなり学ぶ幅が広い。ドレスの着せ替えは勿論、しまい方まで。メイクに髪のセット、更にはエステなどのマッサージ法もやるし、配膳の仕方に紅茶のいれ方もだ。
「この職業はかなり難しい。そして最大の問題。『相手の求める事を察せるか』という究極の対人スキルが要求される」
「なにそれヤバい」
「仕えやすい主人というのは、これが分かりやすいかどうかだな。顔にすぐ出るか、性格……考えが分かりやすい。つまりお前達4人は仕えやすい。そして私がとても仕えにくい」
身も蓋もなく言うなれば、バカほど仕えやすい。が、バカに仕えるととんでもない要求がホイホイやって来るという地獄を見る。
逆に神レベルまでいってしまうと、仕える側としてはやりにくい。主人が優秀過ぎて自分の存在意義を考え出すと沼にハマる。
「『目は口ほどに物を言う』っていうのがあるな。できる侍女はそこから求めている物を察して先回りしてくる」
今日の予定にあることを先回りするのは『当たり前』の事だ。日程の管理は執事の仕事。執事から予定を聞いて、先回りして準備を進めるのがメイドの仕事。これができないなんてことはまず無いだろう。主人達が起きる前から予定を聞いて、午後にお茶会があるから、もてなし準備をしておく……など、別に難しい事ではない。これができないようなら他の仕事も怪しいだろう。
「できる主人は客人に悟らせる事無く、目で指示を出す。当然仕えてすぐなんて無理だろう。日頃の関係次第だな。お互いがお互いを知らない限り無理だ」
主人の好きな味を知らなければ、料理や飲み物の選択で躓く。
客人の好みの把握はどちらかと言えば主人や夫人の役目だ。パーティーなどで情報を集める。それを使用人に指示して物を用意しておき、いざ来た時にもてなす。パーティー会場が自宅の場合は使用人達も情報収集できるのだが、基本的には夫妻の役目である。
「立ち聞きとか?」
「そんなあからさまな事はしないさ。好みの把握なら立食パーティーで何を取ってるかちら見するだけで十分だろう?」
「確かに。取った人と取った物をメモっておけば、味は料理人に聞けば分かる?」
「そういう事だ。そして身に付けている服、装飾品でその家のお金事情もある程度は分かるだろう。場合によっては情報収集能力まで分かる」
「んー…………流行り?」
「そう、今流行の物を持っているかどうか……とかな」
「ヒエー……」
「たまに使用人は替えのきく消耗品だと思ってる勘違い野郎がいるが、貴族こそ使用人がいないと何もできん。王侯貴族は人を使う役目の人間だ。命令を聞いてくれる人がいないと何もできないのだよ」
「そもそも、人が1人じゃ生きられない種族だよね」
「そうだなぁ……。知らないからこそ暴挙に出る。知っていればそんな態度は取れんだろう。良い主従関係を築けるかは日頃の行いだな」
仕える側の心構えや腕前は勿論だが、雇う側の心構えも必須である。主人として相応しい事を示さないと、付いてこないだろう。
やる気というのはとても重要だ。いかに使用人達のやる気を引き出し、気持ちよく動かすことができるか……主人の腕の見せどころである。
「私の専属であるヒルデだが、使用人としての腕は当然言うことはない。しかしそれ以外にも慕われる、憧れる理由がある。さて、なんだと思う?」
「んー? 面倒見がいい」
「経歴が長い?」
「……美人!」
「分からないと言うのがよく分かった。侍女の時点で騎士で言う近衛的存在なのは良いな? それ以外にも重要なのが、戦闘侍女だ」
ヒルデは専属侍女であり、その中でも更に貴重な戦闘侍女である。女性騎士はとても貴重だ。男性では一番無防備になる夫人や令嬢の寝室、湯浴みなど一緒にいることができない。騎士という武装したあからさまな護衛より、どんな場所でも一番近くに長くいる存在が侍女だ。
襲撃が分かっているなら女性騎士を侍女のふりさせる事はあるが、騎士はやはり剣術だ。武装が限られる侍女のふりは中々難しい。
「執事は戦える事が多いが、メイドはそうではない。ただでさえ学ぶことの多い侍従科。そこに更に戦闘訓練が入るとなると……生半可な事ではない」
戦闘侍女が動く時点で、騎士を超えてきている相当な手練れだ。普通は侍女が軽い戦闘訓練なんかやるだけ無駄である。よって、基本的に侍女は戦えない。精々主人の肉壁になるぐらいだろう。
しかし中にはいるのだ、騎士レベルの戦闘能力を持っている侍女が。彼女達戦闘侍女は文字通りの最後の砦となる。
ここまでいければ王族や公爵家に専属で付く事が確定だ。侍女として堂々と付いていけるため、子を守りたい親としては非常に重宝する存在である。忍び込んだ暗殺者を真正面から張り倒す侍女とか、とても心強いだろう。
「ファーサイスにはヒルデが生前に着ていた、聖魔布を下地にした侍女服がある。代々最高の戦闘侍女に与えられるようだな。腕は勿論忠義や人格が王家に認められないとダメらしい。まあ、戦闘侍女自体がとても少ないのだが」
「ヒルデさんがめっちゃ強いの生前からなんだ……」
「そうさな。ついでに言うと、メイドにも種類があるのは知っているか? ハウスメイドやパーラーメイドなら、聞き覚えがあるかもしれんな」
「聞いたことはある……気がする」
上流階級ほど『メイドさん』は専門職と言える。やることが決まっているのだ。なんたってお金あるから。人件費はお金がかかる。つまり一番自慢しやすい部分でもある。
「雇ってる人数が多ければ、それだけお金を持っているって無言のアピールか! やらしい!」
「やらしいかは置いといて、人が増えれば当然やることは決める。つまり上の方ほど専門職化するんだ」
「ということは、下の方ほど……」
「メイド・オブ・オール・ワークって全部やるのもいなくはないが……まあ、冷静に考えてリアルでやったら死ぬわな。家が小さければまだマシだが、雇う時点で大体屋敷だ。いないよりはマシだが、毎日掃除なんかは不可能だな」
究極はステップガールと言い、メイドのフリして玄関掃除しておいて! という、周囲にいるよアピールのためだけに雇われる人だ。もはやメイドですらないので、除外で良いだろう。
「ヒルデさんは?」
「私の世話役。お嬢様とかに付いてるレディースメイド。つまり侍女。上級使用人だな。戦闘もできるから戦闘侍女。私のお世話がお仕事なので、掃除やもてなしなどは一切しない。私が第一で他は他の者がやる」
調理場はコックの独擅場なので、そもそも管轄が違う。キッチンメイドなどもいるが、元々貴族なのもありヒルデは生前から調理場とは無縁である。大神殿に料理人が雇われるまでの少しの期間だけやりはしたが、大体料理はジェシカやエブリンがしていた。
「『できない』のではなく『やる必要がない』だからな。教えたから今はできるが、コックがいるのに侍女が出しゃばる必要がないわけだ。プロの料理人に任せりゃ良い」
「じゃあ、ここの人達は?」
「5年あるからな。使用人としてのほぼ全てを教わる。故にオールワークとして動ける人材ではあるが、さっき言った様に固定の仕事を割り振られるから」
全部をやる必要がないのを楽ととるか、能力が発揮できず物足りないととるかは人次第だろうが……基本的には前者だろう。
それに人間である以上、得意不得意があるはずだ。当然得意な事に仕事を割り振った方が良いのだから、やっぱり専門職化する。
ここは使用人としての仕事項目で成績分けされるので、卒業後にその仕事を任される事が多い。
「この学園はな、生きるための術を教えるところだ。卒業すれば職場環境に慣れる事を除き、知識や技術は十分と言える。職場環境はもう、先輩達と自分次第だからな」
アトランティスの国民は国の制度や税金回りの事もこの学園で習う。それも生きるのに……と言うか、生活する上で必要な知識だ。
国民は払うのが義務である以上、説明するのも義務だろう。国民はこの学園に通うのも義務だから、学園で説明すれば済む話である。
「ところでお前達、夜会での過ごし方を教えてやる」
「「「唐突!」」」
「メグはもうこっちの世界で良いな?」
「ん」
「じゃあ勇者3人。エスカランテ王国の城から招待が来そうだからな」
「「「えー……」」」
「なに、そんな難しい事じゃないが……妾はどうするかな。勇者として招待されるだろうから、勇者として参加するのが妥当か?」
王侯貴族のいる王政。つまり身分社会だが、その場合『立場』というものはとても重要である。
10番世界では女神や女帝という最高の立場があるが、4番世界だと精々勇者。それを抜くと民間人、つまり平民。
女神という自己申告は大体が痛いやつと見られて終わるのだ。目や翼、オーラを出してしまえば一発だが、ぶっちゃけ夜会どころではなくなる。
一国の王もまず国がないと話にならない。王を恐れるのは国が敵に回るからだ。手足となる国民……兵がいないなら恐れる理由がない。
そもそも4番世界で言えば、勇者がかなりの立場と言える。まともな奴なら喧嘩は売るまい。勇者とは言い換えれば武力の象徴だ。しかも市民は英雄たる勇者を支持するだろう。
「参加しないという選択肢は?」
「ありと言えばありだが、王という最高権力者とのコネはあった方が得だぞ」
「あー……コネクションかー」
「メリットとデメリット、両方発生するが基本的にメリットの方が……多い。王と勇者……利害関係の一致は素敵な絆。お互い利用し合うのが丁度良い」
感情という曖昧な繋がりより、契約や利害関係の一致という繋がりの方が信用できるというものだ。
「腹黒だー」
「お互い目的を達成できて、お互い困るわけでもないんだから良いんだよ。それはそうと、夜会では基本的に黙ってて良いぞ」
「「「おぉー!」」」
「基本相手は妾がする。美味いもんでも食いながら、貴族達でも見てろ」
「あ、服装は?」
「相手の出方次第だな。勇者の身分は平民だ。ドレスなんか持っていないのが常識。つまり夜会に誘ったやつが用意するか、金を渡して用意させるのが当たり前だ。服屋の人を派遣するとかな。特に触れてないならそのままで構わん」
「ふんふん……」
「まあ、有り合いのものか……そのままだろうな。作るとなると数ヶ月先とかになる。勇者をそんなに滞在させるのも……な」
普段の服装なのを馬鹿にする奴は、逆に自分が馬鹿ですと自己申告しているようなものだから、気にする必要はない。
夜会への招待が、その馬鹿より上の貴族または王族だった場合、余計自分の首を締めることになるので、誰に誘われたのか暴露しながら笑ってやればいい。実際こちらとしては爆笑ものだ。
「貴族はこういった話が大好物だからな。実際見てる分には面白い」
「まあ……見てる分には」
貴族の世界は蹴落とし上等、他人の不幸は蜜の味。貴族の場合、欲しい物品は買えばいいので、それ以外の娯楽を求める。
「噂話なんかは身近な娯楽なわけだが、夜会でやらかしてたらそりゃもう興味津々よ。相手にもよるだろうけどな」
「王家のとか?」
「王家レベルだと、逆に知ってないと危ないからな。それに、どこどこの子息がイケメンとか、令嬢が美人だとか……世界は違えど大して変わらんよ」
「恋バナかー」
「恋バナなんて可愛らしいもんじゃないけどな。もはやハンティングだし」
「「「えっ」」」
「政略結婚だってある世界だぞ? 結婚相手は死活問題」
『変なの捕まえて没落しました』とか笑えんぞ。これは男女どちらも例外はない。行くのか来てもらうのかの差はあれど、親戚になるなら共倒れはごめんだ。夜会は情報収集兼若者の婚約者探しの場。
「殺伐ー……」
「まあ、貴族には貴族の苦労があるわな。勇者には勇者の苦労があるわけだし。突然誘拐からの命懸けの戦闘だ。メグもあれだしな。生きてる以上苦労ぐらいするよな」
「「「まあ……うん」」」
ゆったりまったりお茶会。なお、生徒達はゆったりまったりできず。
「あ、揺れるぞ」
シュテルがそう言って3秒後、ガタン! ガタガタガタと、割と大きく揺れる。
「お!? おおおおお……」
「「慣れ親しんだ揺れ方じゃない……」」
「ふーむ……やっぱ簡易の次元結界じゃ揺れるか。10番でもこの揺れか。そろそろ本格的に6番世界も考えないとだな……めんどくせ」
「「「頑張って!」」」
6番世界は勇者3人の故郷だ。目の前の女神に見捨てられると詰むので、割と必死だった。
「向こうじゃそれなりに騒がれ始めたからな」
「そうなの?」
「事前に感知できない、かつ全国同時だ。向こうはネットがあるんだから情報はすぐに出回る。『何かが起きてる』ってなるだろうよ」
「あー……私達は事情知ってるし、ある意味一番安全なところいるからなー」
宮武が言うように、勇者達は巻き込まれた当事者であるため事情は知っている。人間は知らない事に恐怖を覚えるものだ。事情は知っているし、何より今は女神の庇護下にある。パニックになることは無い。
それに比べ、6番世界の人達は知らない。地震はプレートの動きで起きるものだ。全国同時などありえないし、普通の地震なら感知できる。もしかしたらそのうちパニックになるかもしれない。
「10番世界には知らせるつもりだし、どうせなら3世界同時に知らせるべきか。そろそろ行動開始するかね?」
「なにかするの?」
「状況説明ぐらいだな。信じる信じないは知ったことではない」
「「「6番は無理そう」」」
「私もそう思うが、6番だけにするわけでもないからな。本命はこの10番世界に知らせる事だしついでだついで」
人類というより一定の知能ある生物へ、神の権能を使用した所謂神託を行う。ただし統合されていない現状では3世界同時は不可能だ。だが4番と6番にいる分身も利用すれば可能である。
『創造神様、言語は?』
『いつでも良いわよ?』
『ではお願いします』
『はいはい』
これで6番世界も10番世界と同じ言語が使えるようになる。まあ、当人達は突然新しい言語が頭に入るので、相当あれだが。
学生達はある意味歓喜するだろうか。勉強しなくても世界共通語を覚える。
という事で、3世界同時に説明だ。現在の地震ではない揺れについて。4番世界の勇者と魔王について。6番世界の召喚された勇者達は保護している事。今後の神々の方針。知能ある者達のするべきこと。
長くなるが仕方ない。
諸君、時空と自然を司る神シュテルンユニエールだ。
現在の地震ではない揺れについての説明と、その対策、今後の方針を話そう。市民達はともかく、各国上層部はよく聞くように。
まず話す前に前提知識を教える。勇者召喚の世界が4番世界。惑星を地球と呼んでいるのが6番世界。妾がいるのが10番世界だ。以後4番6番10番と言ったらこれら世界の事である。大前提となるため、忘れぬように。
では説明を始める。
――以上だ。
それじゃあ纏める。意味分からなかった奴らはこれからの事を覚えておけ。
大体4番世界のせい。世界云々はお前達が気にしたところで無駄なので、お前達は自衛をすればいい。神々、主に妾がキレそう。大体4番世界のせい。
今後揺れが更に酷くなる事がほぼ確定している。よって建物の倒壊、ガラスの破損などに警戒するように。
更に、各世界迷い人が発生する可能性がとても高い。各世界見つけ次第国が保護する事。纏めておけば妾が元の世界へ返そう。
そして重要なのは、迷い込むのは人だけではないということだ。各国上層部は武装組織を巡回させる事を勧める。特に6番世界。しておかないと大量に死ぬぞ。冒険者諸君は今後しばらく、町中でも油断しないように。
信じる信じないはお前達の勝手だ。信じず死人がいくら出ようが知らん。そこまで面倒見るつもりはない。
どちらにしてもそれがお前達の選択の結果だ。甘んじて受け入れろ。




