66 第10番世界 観光? 勉強?
おさらい。
4番世界:勇者召喚をしやがった世界。
6番世界:勇者達の世界。
10番世界:シュテルのいる世界。
シュテル:現人神
ヒルデ:シュテルの専属侍女 ワルキューレ
フィーナ:シュテルの養子 ハイエルフ
清家:TS狐勇者
長嶺:勇者 一応リーダー
宮武:勇者
メグ:実験に使用された触手少女。シュテルに拾われた。
「「「すげー!」」」
6番世界の者達からしたら、アトランティスはまさにファンタジー世界の国である。当時はノリノリで狙って作られたから当然だが。
「魔法陣っぽいの浮いてる!」
「っぽいのじゃなくて魔法陣だ。学園地区の防犯システム的な物だな」
学園関係者じゃないと北西の学園地区には入れないようになっているし、学園地区内にある訓練場以外で戦闘を行うと結界により隔離される。
神都アクロポリスの北西丸々覆うサイズの魔法陣で、解析が不可能なように不規則に動いている。作った当初は魔力光的に暗い紫色だったのだが、今はかなりカラフルだ。魔力光が変わったから仕方がない。
「と言うか、凄いこの……精霊さん?」
「フィーナさんが連れてるのと似た感じだからそうなんじゃね?」
「元々うちは精霊達のために土地を整えた場所だからな。ここから世界に散らばってまた戻ってくる」
基本的に精霊達のお仕事は『居る』こと。細かい調整とかでない限り、そのために生まれた存在故に飛び回るだけで十分。ある程度範囲を決めてローテーションしながらふわふわしている。
精霊と断言できない理由は、フィーナが連れているのが精霊王だからだ。精霊王は完全な人型をしているが、幼精霊などは人型が難しい。
高位精霊である精霊王を見慣れているから、沢山いる幼精霊が同じか断言できなかったわけだ。精霊達は属性別で幼精霊、精霊、精霊王となり……女神との契約で精霊皇女となる。
「お、綺麗な水晶が落ちてる!」
「それに触れたら奴隷落ち待ったなしだ」
「Why!?」
「魔晶石だからな」
魔晶石は国の法として触れることを禁止している。触ろうとするとまず近くにいる精霊にどつかれる。それでも盗ろうとすると良くて奴隷落ち。悪くて人知れず消える事になる。
魔晶石は主に下水などを処理する燃料として使われている。魔晶石は魔力の塊ではなくマナの塊だ。よってスプリンググリーンの水晶体である。魔物が体内に予備バッテリーとして生成する魔石とは、似たようで違うもの。
魔晶石は特異点と呼ばれるマナの吹き出す場所が主な産地だ。しかし特異点は精霊だけでなく、魔物も好むし、植物の成長も促す。つまり魔晶石を魔道具などの動力源と言った、エネルギーとして欲しい人類からすれば採取も命懸け。
だがこの神都アクロポリスは特異点を中心に開拓して整えた場所。大量の精霊達に加え現人神まで住み着いているこの土地は、ほっとけば魔晶石が生まれている。
魔晶石は特異点から採掘する物ではなく、採る物。空気中を漂っているマナが複数の理由で塊となり、水晶体として個体化する。つまり魔晶石を使い切るとその場には何も残らない。この原理から採れるサイズは運任せであるが、マナが吹き出す特異点は魔晶石ができやすく、サイズも大きくなりやすい。原料が大量にあるのだから当然だ。
そして魔晶石はとてもお高い。入手法もそうだが魔石とは出力が段違いだから。
「魔晶石はこの国の特産品……ではなく、妾の所有物だ。この土地は妾が整えた。ここで採れる魔晶石と果実は妾の物で、国の物ではない。特産品はダンジョンから採れる香辛料だな」
魔晶石や果実は1つの商会が売っている。建国当時から大通りに店を構えるバルツァー商会。東のマースト商業国に問題ないと認められた公認商人が出店した。と言うか餌で釣って出店させた。その一角に魔晶石と果実……女神の雫が置かれている。それが売れたらそのままポケットマネーだ。
果実や魔晶石はシュテル個人の物であり、他の人類が関わる物は特産品として扱われる。
「我が国は独裁政治だが、資金はちゃんと分けてるからな」
「とか言いつつ、貯まりすぎたからって国の資金に回してますよね」
「生物じゃない我々は基本使わんからなぁ……。唯一趣味として必要な食事は国の方から出るし? 建物も……人間達じゃ直せないだろ。そもそも壊れないし」
専属であるヒルデの突っ込みは鋭い。知っているのだから当然だが。
国の資金はダンジョンから採れる魔物素材や香辛料、更に4大国の中心にあることで交易路としても十分だ。
ついでに学園も存在し、他の国から学園用の費用が来る。
なおかつマナ沢山、精霊達も沢山、植物沢山、自然神の加護ありの土地。つまり観光地や避暑地、休養施設としても有名だ。
ついでに冒険者ギルド本部もある。
そして中央にある大神殿は謎物質で作った物だ。10番世界には存在しない。神々の力にも耐えうる物質である。勿論創造神様の力には抵抗すら許されず消えるが、シュテルの力には多少耐える。多少(秒)。つまり基本的には損傷がありえないため、修繕費などがかからない。
国の資金は困っていない。しかし自分のところに数億、数千億とかあっても使い道がない。基本的に生物を頼る必要がない。全部自分でできるし、自分でやるより先に眷属騎士達がやる。
じゃあどうすっか? そうか、ボーナスとして配ってしまえ。
シュテルの拠点であり、国の政を行う大神殿。サイズがサイズだけに結構な人数が働いている。まず放出する額……割る人数の超単純計算を行い、後は働きによって増減させて終わりだ。
人類が人類社会で生きるには金が必須だが、女神からすると物凄くどうでもいい物になる。人間をやめてから生きるのに金が不要になったのだ。
とは言え元人間である。人類にとっての金の必要性は十分理解している。金を与えれば人は動く。金を与えるだけでモチベが上がる。
『生きるために必要な物』から『人を動かすのに実に楽な手段の1つ』になった。よって、ボーナスとしてたまに放出する。そうすれば勝手に使ってくれるから、使い道を考える必要もない。実に楽じゃないか。
「俺、この国に就職したい……」
「切実だね……」
「正直者がバカを見ない国って最高じゃん?」
「別に好きにすればいいが。お前達ならダンジョン潜った方が稼げるぞ」
「ダンジョンで一攫千金とか夢膨らむー! ……けど命懸けじゃん?」
「そりゃな」
「夢萎むなぁ……」
まあ、命懸けだからこそお金を稼げるダンジョンと、命懸けじゃないけど良い給料貰える政。これなら後者を選ぶってのは分からんでもない。分からんでもないが、人間には得意不得意がある。
「長嶺お前、この国の民になるのか?」
「んー?」
「給料が一番良いのは政に関わる者達だぞ。この大神殿で執事や侍女として働いても良い方だが……政に関わるなら国民である事前提だからな?」
「むむー?」
「ピンと来てないな? 間者……お前達に言うならスパイの方が分かりやすいか。分かるか?」
「ああ、そういう事か。なるほど」
「そういう事だ。堂々とスパイの可能性が高い奴を政に関わらせる訳がないだろう? 国民である事前提だし、普通なら国家秘密を漏らした瞬間極刑だぞ」
当たり前の事だ。なんで他国の者を自国の国の政に関わらせる必要がある。『内側から崩して下さい』言ってるようなものじゃないか。ただの馬鹿だ。
まあこの国の場合は、害意がある者は全て神都の東西南北にあるセキュリティーゲートにより弾かれる。そのゲート以外からの侵入は次元結界により不可能。次元結界なので普通の転移魔法でも無理だ。
侵入するには最低でも次元を2回超える力が必要であり、亜空間でも生きていられる必要がある。地上から亜空間へ行き、亜空間から神都へ。亜空間で生きていられないなら地上から亜空間へ行った時点でサヨナラ。
情報収集の間者だけなら普通に通しているが、それが政に関わる役職へ申請した瞬間……にっこり女神とご対面だ。『私はこれからスパイをします』の堂々発言と同義だから当然である。
「そもそも長嶺。お前、そっち方面無理だろ?」
「無理! 楓は微塵も興味無さそうだな」
「給料は良いけど、国に仕えるって感覚がそもそも分からん。ダンジョン行く」
「良くも悪くも6番世界は平和だからな。そんなもんだろ。これからは知らんが」
「これからどうなるのかなぁ……」
「さあ、どうなるだろうな」
予定は未定。シミュレートしようが予測しようが、全てはその時が来なければ分からない。予測通りになる可能性もあれば、ならない可能性もある。その時が来て答えが出るまでは全てがあり得る状態だ。例えそれが0.00……いくつでもあっても、0でないならなる可能性がある。なる可能性があるなら同時にならない可能性も発生する。
つまり『分からない』が正解である。神々にすら確定していない未来は分からない。では神々は……創造神様やシュテルはどうしてるかと言うと、生物とはモノが違う思考速度や能力をフル活用する。予測できる可能性を全て、可能性が高い順に並べ、可能性が高い物から対策を講じる。結果として、未来を知っているかのように対応する事が可能なのだ。どれが来ても良いようにスタンバイしている。
やっている事は人と同じだ。事故などが起きた場合の対策を、過去の出来事や考えられる可能性から導き出し、万が一それらが起きた場合に対応できるよう準備しておく。
2柱はこれらをその場その場でリアルタイムでしていく。事前にしないの? と言いたい感じだが、そこは人と神の価値観の違いだろう。
人は自分達の国、同種族を守るため対策をする。モラルか本能か、はたまた教育の賜物か知らんが。弱いから群れる事を選択した人間と言う種族が、同族を守るために国を作り、数を減らさないために事故などの対策をする。にも関わらず国単位で戦争して殺し合ってるアホどもはこの際置いておく。
人間は人間が死ぬ可能性がある事の対策を取る。あたり前のことだろう。それで自分が死なないとは言い切れないのだから。対策しとけば他人が助かる。自分もそれで助かる……かもしれない。
神々は世界が消滅する可能性がある時だけ動く。神々にとっての人は惑星で生きる動物の一種でしかない。基本的に他種族の事なので、常にシミュレートしている訳ではないと言うことだ。
シュテルの場合は自分の国に人類が住み着いているので、自分の国は気にしている。独裁政治の自分の国。つまり所有物だから。
更に言うと『人1人』と『1柱』ではできることの幅が違いすぎるので、大体突発でもなんとかできてしまう程度の能力がある。だからこそ神と言われるのかもしれないが。
ちなみに基本的に神々というのは精霊の上位存在なので、いるだけで良い。自然神の力を持つシュテルがいるだけで、世界の気候が安定する。それが所謂土地に与えれるタイプの加護である。自分の力なので、調整は自由自在。
問題があるとすれば、力が強すぎるため微調整が面倒で、そこは精霊達が代行していると思っていいだろう。
「ちなみに我が国では残業すると逆に給料が減る」
「「「えっ減るの!?」」」
「残業って『私は決められた時間内に仕事を終わらすことができませんでした』って言ってるんだぞ? なぜ増やさねばならんのだ」
「「「あー……」」」
「仕事は何時から何時までです。終わったら帰って友達と飲みに行くなり、家族と過ごすなり、読書でもするなり趣味の時間。趣味の時間が減る=金を使う時間が減る=経済が滞る……だぞ? 仕事もできないし金を使う時間も無いやつになんで高い給料出さねばならんのだ……」
「えー……じゃあ、上司に仕事押し付けられた場合は?」
「殴っていいぞ」
「「「まじで!?」」」
「大マジだ。逆にしないと両方の給料が減る。そしてちゃんと仕事してる他のやつにボーナスとして割り振られる。『自分の処理できる量を把握できていない』と『そもそも職務怠慢』で両方没だ」
「上司が職務怠慢? 職務怠慢ってなんだ……」
「職務と言うのはまあ……自分に与えられている仕事だな。怠慢はサボり。つまり自分に与えられている仕事をサボることだ。上司ってのは基本的に管理職だ。管理職ってのは部下達に割り振る仕事を管理するのが職務だ」
「ふんふん……」
「で、残業の発生は大体3パターンだろうか」
1.そもそものイレギュラー。突然外部から舞い込んで来た。
2.割り振られた仕事が明らかに多い。
3.ミスを重ねて時間内に終わらなかった。
「1は仕方ない。この場合は普通に給料が増える。問題は残りで、2は管理職が無能。3は自分が無能。押し付けられたとかは論外な。その時点で妾が蹴り飛ばしに行く」
時間内に終わるよう、上司が部下に仕事を割り振る。部下はその仕事が終わり次第上司に提出。上司は部下から受け取った仕事を纏め、更に上司へ。
これが段々になっているのが組織である。
「人間集中力なんかそんな長く続かないんだよ。働く時間は働く。それ以外は遊ぶ。しっかり切り替えた方が効率が良い。残業すると遊ぶ時間が減る挙げ句に給料も減る。早く終わらせれば遊ぶ時間が増え、誰かがしくじった時にボーナスが貰える。皆さっさと終わらせるぞ?」
「なるほど……」
「残業したら遊ぶ時間と遊ぶ金が減る! 挙げ句に他の人に給料が取られる!」
「そして給料は仕事量によって増減する」
「あれは、あれえっと……ピンはね?」
「ピンはねか。つまり着服だな? HAHAHAHA、輪廻送りだ」
「「「りん……殺してる!?」」」
「当たり前だろう? 重罪だぞ。成果には相応の報酬が払われねばならんのだ。ここ大神殿の場合、給料は税だから特にな」
ピンはね~とか可愛く言おうが、やってる事は着服、窃盗、横領である。勿論重罪。さよならバイバイ。慈悲はない。
「『このお金、報酬だから渡しといてねー』ってやつを『理由つけて一部貰っとこ』ってやつだぞ? 完全にアウトだろ。少なくとも我が国ではアウトだ」
「「「確かに……」」」
「お前達も取引の際、お金はしっかり払っておけよ。頼み事の際のお金というのは仕事に対する報酬だ。『あなたに頼んだことは私にとってこれだけの価値があると思っています』と言っているんだ。ここでケチると次頼んだ時に蹴られるぞ」
「「「はーい」」」
損得勘定が無い付き合いは家族や親友と言ったレベルの者達だ。場合によっては家族も値しない場合もあるが……ややこしくなるので今は省くとする。
場合によっては親友だからこそ、相場よりお金を出す時もあるか。この場合はその親友が頼んだ事のプロとして働いている場合だ。『お前には頑張ってほしいからな。親友価格だ』で増々。まあこの場合、向こうも親友だと思っている場合まけて貰えるだろうが。『残りは気持ちとして受け取っておく』ってな。
『親友なんだから安くしろ』じゃない。それは頼まれた側が『親友だから安くしてやる』という言葉だ。
とは言えこれらは、『趣味に使えるお金がどちらも十分にある』前提の話だが。
3人はまだまだ中2である。この辺りの話をちゃんと理解できるのは恐らくもっと先かもしれない。でも無駄になることはないだろう。こういう事は小さいうちに言っておいた方が良い。ある意味洗脳とも取れるが……教育を悪く言えば洗脳みたいなものだろう。
「かーっ! やっぱ自分の国は良いのぅ。快適だ」
「突然おっさんっぽくならないでください」
「おっさんというレベルではないが……まあ良い。これから知名度の無い4番世界と6番世界で動くことを考えると鬱になりそうだ」
「そんな柔じゃないでしょうに」
「こんな可憐な少女だと言うのに……」
「あなたのような少女がいてたまるか」
ジト目で熾烈な突っ込みを入れてくるヒルデをガン無視して、シロニャンを弄り始めるシュテル。見た目だけは少女だ。見た目だけは。ああ、しかも後ろから見た場合に限る。顔は整いすぎてるし、目は万華鏡じみているので、サイドから見てもアウト。
ちなみに、元々自分達に合わせて環境を整えた国なので、快適なのは当たり前と言える。
「こっちの学園も気になるなー」
「4番世界と対して……違うか」
「全然違いますね」
「そう言えば、あの学園できてから400年は経つのか」
「伝統あるってレベルじゃないね!」
「最初の方は校則を結構調整したが、最近はさっぱりだな。安定していると取るべきか、進歩がないと取るべきか」
「どちらかと言えば前者でしょうか」
「まあ、6番世界の一部を混ぜ込んだからな。そういう意味では既に先取りしていたわけだし……約6世代じゃそんなもんか? 環境は暇つぶしで更新してるから最高だと思うが、どんな教育しても結局個人次第だからなぁ~」
6番世界の教育全てを持ってきた訳ではない。6番世界と10番世界じゃ違いすぎて意味がないのだ。むしろ害すらあると言える。6番世界みたいに殺害はダメですみたいな教育をしてみろ。魔物と盗賊に殺されるだけな世代の誕生だ。武器を相手に向けた以上、殺される覚悟も持てという方がこの世界には合っている。
世界に合わせた教育をしないと意味がないのだ。
種という進化を考えると今度は400年では足りなすぎるだろう。
「知識チートと言うか、内政チート的な物だと民主主義とか定番だけど?」
「周りが王政なのにやるわけないだろ。そもそもどっちが優れてるかなんて答えは出ないのだからな」
「そんなもんかね?」
「そんなもんだ。よく考えてみろ長嶺。王政だろうが民主政だろうが、バカが上になった時点で下が苦労する事に変わりはない。『リーダーが馬鹿』は地獄だぞ?」
「あー……まあ、うん」
「王政も民主政も一長一短だ。ただ、この世界だと正直民主政は厳しい」
「仮に全ての国が民主になったとしても?」
「民主の最大の弱点は行動の遅さだ。権力差が無ければ無いほど、人数が多ければ多いほど会議に時間がかかる。つまり動き出すのに時間がかかる。分かるな?」
「うん、分かる」
「この世界だと『魔物』が存在する。会議中に半壊、最悪滅ぶぞ?」
「会議中だから待ってくれで待つわけないし、むしろ突発かー……」
「更に民主だと責任の押し付け合いが発生したりな。民主の場合は権力差が無いからこその責任感の無さも問題だな。王政は王が言えば即行動だ。王政は失敗したらクーデターとか部下の裏切りで物理的に首が飛ぶ。『頭を変える』んだ」
「アンパ……」
「人間だと頭変わると脳が変わってもはや別人だが、あいつどうなんだろうな」
まあ、パンマンの話は置いといて。
王政だろうが民主だろうが、トップの人間・人間達がどうするかでしかない。
10番世界は移動手段の発展具合などからも伝達速度が遅い。王のいる場所は城だ。つまり王都にあり、大体が安全な場所。だが襲われる場所は大体が国の端っこであり、大体王都から距離がある。にも関わらず、会議で更に遅れたらマジで滅ぶ。軍の出動だって時間かかるし、間違いなく何箇所かは潰れるだろう。
「要するに民主って、王侯貴族の一家達じゃなくて……国民達から優れた奴を選んでやらせようぜ? って話だろう?」
「うんうん」
「その発想自体は確かに良いんだろうが……人間そう上手く行くわけないじゃん? そもそもその『優れた奴』をどう選ぶんだよっていう」
「立候補だよね?」
「それってさ、自己申告じゃん? 他者からの推薦とかもさ、周りも全員バカだったら詰んでるよな。『俺らの中で一番頭いいで!』とか、地獄かよ……。しかもあれって立候補した奴らからしか選べないんだよ。『一番優れているのは誰?』から『一番マシなのは誰?』になったらもうダメさ。誰選んでも地獄とか堪んねーよな。HAHAHAHA」
「うわぁ……」
『昔』を思い出したのか遠い目をしているシュテル。見た目は少女だから実にシュール。
デンジャラスな職業? 王様。でも別に難しい事を言っている訳ではない。結局は権力、立場に伴う責任というやつだから。王家という権力、財力に伴う責任は……その命だ。
責任感が無くなるとどうなるか……『言った、言ってない』『あれはお前が言い始めた。いいやお前だ』と押し付け合いが始まる。誰も我が身が可愛い。
周囲が王政ではないのに、民主政が無理なのはコレのせいだ。誰も謝らない挙げ句に醜い争いを始める。話をする度に発言が変わったり、そもそも人が違ったり。
他国との取引で『それは私が言ったことではないので~』とか、許されるはずがない。相手からしたら『ふざけんじゃねぇぞ?』である。ぶっちゃけ戦争もの。
周辺国としては困るのだ、『責任を伴わない発言をする国がある』というのは。こうなった場合どうなると言えば、滅亡だ。周囲の王政の国に取り込まれる。
まあそれら以外にも、『民主政の国ができました。あそこは王侯貴族ではなく、国民から数人の代表者が集まり政をしているらしい』という情報を王政の国民達が知りました。『深く考えずに国民達がクーデターを起こしました』これにより王族が皆殺しにされました。もう後戻りはできませんとか堪らんのだ。
例えこれが他国で起きた事だとしても、『明日は我が身』である。
「ぶっちゃけ王政も民主政も、やってる事はそんな変わらん。と言うか、国民からしたらちゃんとしてくれりゃどっちでもいいんだよ。大事なのは自分達の生活。まずそれが大前提で、それが安定していないと考える余裕が無くなる」
「まあ……そうか……」
「そもそも政治に正解はない。政治は生き物さ。刻一刻と状況は変わる。いかに見極め、最適な選択ができるか。『正解』が分かっているなら、今頃皆そうしてる。でもそうならない……それが答え」
生物はいつでも一生懸命。それを見てるのが神々……観測者達の楽しみと言っても過言ではない。シミュレーションをひたすら眺めるのが好きな人は向いてるかもしれない。そしてたまに気に入った者に加護を与えたりする。シュテルは大好きである。
「世界が変われば常識も変わるし、環境も当然違う。発展している世界の知識が全て正しいのかと言えば、それは否だろう。何が適して、何が適さないか。見極める必要がある」
「そう簡単じゃないか」
「思いつくこと、考える事は良いことだぞ? 『王政と民主政はこの世界にとってどうなのだろう』という思いつきから、情報を整理してどちらが適しているかを確認する。それができるなら十分優秀だ」
思いついて即行動はアホだ。大体失敗する。思いついたらまず考え、予測できないなら情報を集める。それでも分からないなら行動をする。
想像力の足りない奴は大体ヤバい。『そりゃ……そうなるな』を素でやらかす。何をしでかすか分からないのだ。観測者からすれば頭を抱える存在である。ぶっ飛びすぎていて行動シミュレートができないのだ。バカはある意味最強だ。
「子供のうちに色々考え行動し、想像力を鍛えた方が良い。考えすぎて行動できなくなるのもあれだが……無いよりはあった方が良いぞ、うん」
「想像力ー?」
「難しく考える必要はないぞ? 今長嶺は『木登りしたいと思った』。細い木と太い木が目の前にある。どっちを選ぶ?」
「太い方」
「なぜだ?」
「細い方とか確実に折れるじゃん。落ちるじゃん」
「そうだな。『細いと折れる』し『折れたら落ちる』という未来が簡単に思い浮かぶ。コレが思い浮かばない……未来が想像できない奴は落ちるわけだ」
「あー……想像力ってそういう」
「『木登り』『細い』『太い』という言葉から、『細い木に登った自分』と『太い木に登った自分』を思い浮かべ、どちらが良いかを判断する事ができない奴は落ちるわな」
まず『木登り』という経験をしていないと想像が難しい。『木登り』が『どういうものか』知らないからだ。だからシュテルは小さいうちに考えながら行動をしろと言った。
『木登り』という言葉から『どういうものか』想像できれば尚良いだろう。
『木登り』を人に聞いて情報を集めるだけでも、『どういうものか』は分かる。だが百聞は一見に如かずとも言う。『聞くより見ろ』『見るよりやれ』だ。『思ったより難しい』なんてざらだ。
そんな教育方針から、フィーナが小さい頃は走り回っていた。
「まあ、要するに考えて動けってことだ。どうなるか分からないなら分からないでしょうがない。『分からない』のが『分かった』のだから上々だ」
「んんー?」
「自分が『分からない』という事に気づけたのは、幸運であり重要ですよ? 分からない事を知るという選択肢が出てきたのですから」
「次にやることの選択肢が増えた?」
「まあそれに興味を持てるかもまた重要だがな。好奇心もだが、性格の方が重要か。何に興味を持つかは個人次第だからなぁ。……まあ、んなことは教師が話すことだ。さてと……」
シュテルが目を向けた方から4人の男がやってきた。2人は眷属騎士だ。残りは青年と中年である。
シュテルはやってきた眷属騎士に、「中年がギルティ。青年は解放」と告げ、それに従い中年がしょっぴかれ、青年は頭を下げて帰っていった。
それを見た勇者組はキョトンとしていた。
「何今の?」
「何って、『どっちが法を犯したか』だが?」
「「「えー……」」」
「何だその不満そうな顔は」
「普通ほら、色々あるじゃん?」
「無い。関係者を全員視れば全て分かる」
「「「神様ヤバい」」」
「神様だからな」
神様は例え本人が忘れている事でも、記憶が視れる。その人の歴史が視れると言えばいいだろうか。つまり、『証拠』や『アリバイ』なんか全てぶっ飛ばせる。関係者全員の歴史を視ればいい。
「んー? でもそれって神様本人にしか分からない……よね?」
「その発言はユニ様を侮辱していると同義ですよ」
「突っ込んでやるな。そんな意図はないぐらい分かるだろう」
ぷいっと顔を背けるヒルデである。ヒルデの教育は基本スパルタだ。手厳しい。
「むむむ……? あー……なるほど。『ユニエールさんが贔屓している』って取ることもできる?」
「そういうことだな」
「はい、ごめんなさい」
「よろしい」
「なぜお前が……まあいい。逆に言えば、『妾が分かって、妾がそう言った』ならそれがこの国での全てだ。ここは妾の独裁だからな」
「わぁ……。黒も白と言えば白っていうあれか!」
「まあそうだな。とは言え、当然そんな事はしちゃいないが。法が全てだ。法には例外も感情も不要。どちらかが入った時点で『法』の意味が消える。人間はこれができないから苦労するわけだな……」
感情によって例外を作ろうとする。そうなった時点で、そいつに対する『信頼・信用』と言った物が消え去り、『法』の意味も無くなる。なぜなら気分次第で黒から白になるからだ。『今回そうなった。なら今後もなるだろう』と認識される。法を犯そうが、そいつに取り入ればなかったことにされる。被害者は泣き寝入りだ。
『貴族が平民を権力で潰そうとした』という他国ではまあある事だろうが、この国だと容赦なく貴族が潰される。『女帝であり女神でもある』存在によって。
法には人種も権力も、財力すらも関係ない。暴力すら無意味だ。「暴力? 上等だ、相手してやる」と言って正面から叩き潰される。この女神売られた喧嘩は買う質だ。慈愛の女神ではない。むしろ契約と断罪の顔を持っている。
「ちなみに贔屓だなんだは『"神様に目を付けられる程の人間"だと本気で思ってるのか?』って言えば大体黙る」
「「「あー……」」」
「ちなみに以前堂々と”はい”と言ってのけた人間がいましたが、精霊達がタコ殴りにしました」
「「すげぇ勇気だ!」」
「あれは感心したな。慈悲はないが。それとこれとは話が別だ」
そこへ上から従魔契約をしているベアテが降りて……と言うより、降ってきて無音で着地した。
黒い蜘蛛の体で健康的に焼けた肌、赤い瞳で黒い髪のアラクネだ。黒い蜘蛛の体には赤いラインが入っている。
「主様」
「どうした?」
「エマニュエルとダンジョンへ行ってきても?」
「ああ、構わんぞ」
「では、少々行ってきます」
「うむ」
大ジャンプして再び上、アクロポリス上空を覆う御神木へ登って行った。
この御神木は所謂世界樹と言われるような馬鹿でかい木であり、雲を貫いている。当然下は影になるわけだが、光と闇の精霊達が調整をしている。『言われるような』なので世界樹ではない。
そして、『私も行ってこよう』と軽いノリでフィーナも歩いていった。
「アラクネ……ってやつ? 赤黒かっこいい!」
「うむ。清家と宮武の服を作ってくれたやつだな」
「「おー……」」
「ちなみにお前達3人で挑んでも負ける」
こちらの世界に魔王はいないが、魔王種が存在する。魔物の爵位と言うか強さを表すものだ。
何も無い平民が基本であり、そこから騎士種、将軍種、魔王種、皇帝種となっている。
キング、またはクイーン。エンペラー、またはエンプレスだ。性別による違いでしかないが。
ベアテは暗殺死毒蜘蛛の皇帝種である。アサシンスパイダーからの派生種族。名前通りの死毒を使用した暗殺スタイル。
毒と言われるものには種類がある。物理的な毒か、魔法的な毒かだ。植物由来や動物由来のこれらから抽出された毒は物理的と言える。そして魔力から生成される毒が魔法的であり、適した解毒方法が存在する。
6番世界で言われる毒はそもそも魔法が無いので物理的。中和するための薬が効果的で、魔法薬などがそうだ。
ベアテが使う死毒は魔法による生成なので、《神聖魔法》による解毒が効果的。更に所謂魔法判定なので、魔法抵抗が自動発生する。
あくまで効果的なだけなので、どちらも効果はある。基本的にはポーションが使われ、《神聖魔法》所持者がいるならそちらで治療されるだろう。
「問題は皇帝種であり、400年超えているベアテの死毒を完全レジストできる保有魔力所持者は……人間にはいないな……」
「毒の強さはどんなもんなの?」
「水滴一滴入ろうものなら人間程度3秒もあれば死ぬ。ベアテレベルになると餌として見たら人間は効率悪すぎるな」
勿論食う面積的な意味である。ベアテの毒は人間には過剰だ。同じ一滴で象でもコロコロした方が得である。
ちなみに毒で死ななくても、体が麻痺してまともに動けないだろう。
「めっちゃ強いじゃん……」
「そらお前、アサシンスパイダー系は毒で狩りして生きる種族だからな。毒が弱かったら生きれんだろう? そうなったら種として滅ぶだけだぞ」
「そっか。そういう種か。むしろ弱い方がおかしい……」
「特にベアテは名前通りその方向の最上位種だからな。ゲームとは違うのだよ、ゲームとは」
「継続ダメージとはいかないよなー……」
「一発貰ってサヨナラさ! よく言うだろ『現実はクソゲー』だって。ゲームだと思ってるとその辺りで足元掬われそうだな」
そもそも魔物は食事対象として殺しに来ているのだから、当然といえば当然である。踊り食いが目的ではないのだ。
「さて、メグも触手の確認ができたようだから、少し案内してやろう。興味津々な学園行くか」
「「「おー!」」」
メグは自分で動かせるようになった触手をうねうね動かし、ひたすら確認作業をしていた。今まで勝手に動いて寄ってきた生物皆殺しにしてたから、自分で動かせるのがどれだけ嬉しい事か。
「ありがとう……」
「うむ、行くぞ」
向かう先はアトランティス帝国の北西を占領している学園地区。
学生だから学校には興味津々か。家以外なら一番身近と言える場所だろうから。




