58 第４番世界　迷える子羊

「特に何事もなく出発の日になったね？」

「そりゃお前、模擬戦《あれ》みた後に喧嘩売るのは無理だろ？」

「でも直接見たわけじゃないし、来るかと思ったんだけど」

分からなくもないが、王侯貴族ってのは人を扱う側の人間だ。

つまり、動いてくれる人物がいなければ何もできない人種と言える。

「いくら報酬が貰えるとは言え、死んだら意味がないという事ぐらい分かるのでしょう」

最初は１人で来たが投げ飛ばされているのでもう来ないだろうし、かと言って模擬戦を見た者達は我々に好んで関わろうとはしないだろう。

圧倒的強者を目にした時、『憧れ』もしくは『畏怖』だろう。どっちにしても、然う然う関わろうとはしないはずだ。

こちらからしたら戯れの一撃でも、向こうからしたら即死の一撃。

フィーナの前に立っただけでも上位天使のソロネ、ケルブの前に立つのと同義だからな。

まあ、実力を隠しているという意味では遥かに我々の方が厄介なのだが。

生きるためには力を示してなんぼな野生生物。こいつらは基本的に気配全開だ。自分に自信があるからこそ、堂々と自分の居場所を知らせる。特にその場の支配者と言える食物連鎖の頂点に立つ者はそうだ。

常に周囲に威圧や殺気を放ち、自分の存在を主張する。

コソコソするのはその支配者に勝てない者達だ。なぜなら主張した瞬間狩られるから。頂点からしたら餌なのだ。餌が自分の居場所を知らせているのだから、狩られるだろう。

森とかならそれでも良いのだが、人間社会ではそうもいかない。

特にシュテル一行が周囲に威圧や殺気を放った瞬間、全員即座に死ぬだろう。

そもそも物差しが違うから、シュテル達はあまり積極的に関わろうとはしない。大体バカどもが寄ってくるのだ。

まあ、そんなことは置いといて。

長嶺の盾はせっかくなら《魔導工学》が盛んな王都の方で見ることにした。

「さて、行くわよ」

「「「おー」」」

宿をお暇して、食料を補充。

そのまま門へ向かいランテースを後にする。

そしてある程度道を進み、あと半分といった感じの時……。

「ちょっと寄り道するわよー」

「寄り道ー？」

「寄り道ってどこに？」

「森よ、森。待ち人がいるからね」

「え、森に？」

「そ、森に。迷える子羊を迎えにね」

「なに？　美味しいの？」

「……清家の発想がヤバイのか、私に対する認識がヤバイのか……それとも最近の若者は迷える子羊という言い方は知らないとか？」

「なんだ……美味しい獲物が森にいたわけじゃないのか……」

「私最初に待ち人って言ったよなぁ？　この狐野生化してないか？　大丈夫か？」

「いや、楓は割りとそんなん」

ムカつく顔をしてる清家の頬をムニムニしててもしょうがないので、森の奥へと向かう。

魔物はエルザやイザベルがなぎ倒しながら進んでいく。

「なんか、あちこち抉れてたり木が倒れてたりしてるんですが……？」

「あの子が暴れた結果でしょう。今かなり不安定だから我々の前には出ないように。今のあなた達レベルじゃ確実に死ぬからね」

「……結構な危険人物じゃない？」

「本人の意志はともかく、危険人物なのは間違いないわね」

森の奥へ進むにつれ地面は抉れ、木は力により無理やりへし折られた様な痕跡が続く。

でかい蛇が這いずったかのような痕も地面に複数付いているが、明らかに違うことが分かるし、何やら粘液の様な粘っこい物も周囲に飛び散っている。

「言わなくても良いだろうけど、粘液には触れないように」

「うん、見るだけで分かるあんなネバネバ触りたくないかな……」

「かなり強い精神毒だから、直接肌で触れたらそこから麻痺して死ぬわよ」

「予想以上にヤバイやつだった！」

「待って、何がいるの？」

「人体実験の成れの果て。いやはや、奇跡的に成功してしまった対象に殺されるフラグまでしっかり回収してるのだから素晴らしいな」

「「「人体実験……」」」

「成りたくもないのに孤児だからと連れてこられ、使われるんだ。そして成功したにも関わらず、制御できないからと処分しようとする。悪魔達より悪魔してると思わない？　悪魔達は子供だろうが老人だろうが性別にも関係なく平等に死を与える。まあ、そんな居場所のない子羊を拾いに行くだけよ」

「「「…………」」」

幽霊より怖いのは人間とはよく言ったものである。

幽霊より即座に実害の出る人間の方が遥かに面倒だ。

まあ、この世界ではアンデッドというすぐに実害の出る霊体がいるのだが、奴らには攻撃が効くから問題あるまい。

森のはずだが周囲の木々はなぎ倒され、地面に草もなく開けた場所。

そこに１人、ボロボロのローブを着た人物が膝を抱え座り込んでいた。

勇者３人とフィーナは下がらせ、シュテルと眷属騎士２人が前に出て、ヒルデはシュテルの横後ろ……いつもの場所で待機する。

シュテル達に気づいて顔を上げた１０歳程の少女は、黒い髪と明るい赤い瞳をしていた。

その少女からか細い力を感じない声が聞こえる。

「ダメ……来ないで……」

「安心なさい。あなた程度に殺される様な我々じゃないわ」

キョトンとする少女の意思とは関係なく、少女の背から何かが……歩いて近づいた３人に飛んでいく。

それをシュテルは素手で掴み、騎士達は刃の無い魔導剣で打ち払う。

シュテルが掴んでいるものは触手であり、黒いモヤに覆われ、粘液を滴らせている。

その触手は逃れようと暴れ粘液を撒き散らし、他の複数ある触手は倒そうと襲いかかるが、全て眷属騎士に打ち払われている。

「っ……！　触れちゃダメ！」

「最高位悪魔……ショゴスの触手ね……。とりあえずまずは……」

少女の次元を隔離する。

すると触手が纏っていた黒いモヤが消え、暴れていた触手全てが大人しくなった。

シュテルも持っていて気持ちいい物ではない触手を少女の方に投げ返し、粘液を払う。

「これで触手が勝手に動く事は無くなったでしょう？」

「ほん……とだ……ちゃんと動かせる……どうして……？」

「簡単な話。魔王の影響を受けて暴れていただけ。その影響から開放すれば良い」

「まあ、人間からすればやっていることは簡単ではありませんが」

「あなた達は……」

「私は超越神の一柱。『時空と自然を司る神』。貴女に選択肢をあげましょう。死を選ぶか……その体で尚、生きることを望むか」

「っ……！　死にたくない……！　でも…………」

「なら生きなさい。居場所はちゃんと与えましょう」

「え……？」

「貴女は中々厄介な体をしてるけど、不死ではない。かなりしぶといけど私なら殺すことは可能。例え不死でも、頼めば消すことは可能。いつでも死ねるのだから、生きたいと思えているうちは生きればいい。貴女の居場所はちゃんと与える」

「で、でも……」

「大丈夫よ。我が国はアラクネとか闊歩してるから、触手と共存してる人間ぐらい大した問題じゃないわ。貴女が無意味に暴れる性分でもないならね。私がいる限り、その触手が暴れる事は無いわ。安心なさい」

「……死ぬのはやだ……でも、怖い……」

突然連行され、人体実験。

その後ショゴスの一部と融合。体は既に人間を止め、例え心臓を貫かれようが死ぬことは無いだろう。首を飛ばそうが同じだ。既にこの子は『人間』ではない。

倒す方法はただ１つ。圧倒的な火力で体の８割以上を同時に吹き飛ばすのみ。

６割以下ではすぐに再生する。６割以上なら再生スピードは落ちるが、いずれ再生する。

８割以上で活動をやめる。

この子の体は１０歳の少女だが、防御力も既に人ではない。保有魔力も最高位悪魔と融合しているだけに相当だ。

正直普通の人間では既に手に負える者ではない。

いきなり連行され、体を作り変えられる。

しかも自分の全身、至る所から出てくる触手は言うことを聞かず、周囲の人間を皆殺しにする。

そしたら今度は国の騎士達がやって来て自分を殺そうとするのだ。

少女からしたら堪ったものではないだろう。

ただ切羽詰ってたとは言えバカだとは思う。

まあ、マッドサイエンティスト……と言う生き物はそういう物だろうか？

「魔王倒すために魔王から生まれた悪魔使ったらそりゃそうなるわよね」

魔王は魔物を支配し、人間を襲わせる。

魔王の魔力から生まれる悪魔と呼ばれる存在も人を襲う。

では悪魔の体の一部を、人間に移植し復活させたらどうなるか。

人間襲うに決まってるじゃん？

その結果が少女の触手である。少女自身が無事なのは自分だからだ。自分で自分を攻撃する奴はそうはいまい。

不幸中の幸いなのは、魔王の影響が出たのが『少女』ではなく『触手』だったことだろう。

『少女』に出てたら、今頃この国の王都は既に無いだろう。

『触手』は周囲の人間を皆殺しにするが、それは『少女』の一定距離に入った者だけだ。

『殺したくない少女』と、『殺したい触手』だったから今の状況。

『復讐したい少女』か『影響を受けた少女』と『殺したい触手』だったらもう目も当てられなかっただろう。そりゃあもう王都で大暴れよ。

影響を受けておらず、復讐する気もないからこそ、こんな森の中でポツンと佇んでいたのだ。

そもそも直接やったマッドなサイエンティストは既に死んでいる。

まあ、国主導で行っていたなら報復対象は国になるのだが……この子は興味無さそう。

「さ、行くわよ。もう森に用なんか無いわ」

「…………」

「貴女も来るのよ。とりあえず服でも用意しましょうか」

恐る恐るながらも付いてくる少女……メグも連れて森の中を歩く。

うむ、不老の人材確保。