第808話 15歳(秋)…ドリーム★キャッチャーズ(17/17)
気づくと蠢く極彩色、サイケデリックな世界にいた。
「は?」
こんなもの、困惑するなと言う方が無理である。
ちょっとコレどういうことなの……。
「覚醒してしまったか」
混乱する俺に向けられた声は頭上から。
見上げると、蠢く空から腕組みしたガチムチがするすると下ってくるところだった。
奴は……、善神か?
違和感を覚えたのは、奴の格好が普段の半裸ではなくバニー衣装であったからだ。そのバニー衣装は青い生地に白い星、赤と白のストライプというもので、どっかの国の国旗を連想させた。
「て、てめえ……! ここはどこだ……!」
「ここは汝が見る夢――精神世界である」
「そんなわけあるか、どこか言え!」
「だから汝の精神――」
「んなわけあるか、どこか言え!」
「だ、だから、汝の精――」
「俺が違うつってんだから違うんだよ! つか認められるかそんなもん! 俺の精神がこんな恥ずかしげもない派手派手で、お前みたいなものがいるとかあってたまるか! 正直にここがどこなのか言え! この際もう怒らないから!」
「……」
俺の剣幕に善神は少し考え込んだ。
「どこだ!」
「六十年代のアメリカだ」
「六十年代のアメリカだと!?」
告げられた真実、驚くのは当然だ。
「なるほど……、どうやらとんでもないところに引きずり込まれちまったようだな。六十年代のアメリカといったらケネディが暗殺されたりなんだりあったが、世の人々が最も関心を示すであろう出来事はバニーガールの誕生……、つまりお前はその影響でそんな格好をしているというわけだな?」
「うむ、まったく違うがもうそれでいい」
ちょっと諦めたように言う善神。
ぴんと立っていたウサ耳も連動してしんなりした。
「で、今回はなんだ? またイカれた感じに着飾りやがって」
「誤解をしているようだな。我の姿は確かに善神であるが、それは汝が筋肉に対し覚える恐怖、その象徴としてそう表現されただけのこと」
「恐怖の象徴だと……?」
「そうだ。故に我はダールでもダルダンでもない。あえて名乗るならば、アルティメット・スーパー・アーミー・マッスル。略してUSAマッスルである」
「一人なのに軍隊とは贅沢な話だな」
「然り。我は汝の恐れの集合体。軍団にして悪霊であるが故に」
もう最初からレギオンって名乗ればいいような気もするが……。
変な名前が好みなのだろうか?
「で、そのUSAマッスルさんは俺に何か用があるのか?」
「無論。我が望みは汝を筋肉への恐怖で染め上げること。さすれば汝はその恐れのあまり、自らも筋肉を望むようになるのだ」
「はっ、べつに大して恐くもねえが?」
「そう思っているだけだ」
「なに?」
「汝は欺かれているのよ。恐れを抑え込まれているのだ。見よ、この衣装を! 我が伊達や酔狂でこのような衣装を纏っていると思っているならば、それは大きな間違いだ! これこそが汝に施された欺瞞の具現、恐怖を封じ込める拘束具なのだ!」
「どういうことなの!?」
バニー衣装が拘束具とかファンキーすぎんだろ。
「忌々しき拘束具であるが……、今回ばかりは我に都合がよい状況を招いてくれた、これには感謝せねばならん」
「都合がよい……?」
「そう、恐怖心を失った汝は、ほいほいと筋肉の祭典を開催し、これを観覧した。汝が感じぬとはいえ、無意識下で筋肉への恐れは積み重なり、みるみる増大していったのだ。そして汝はそれを意識できぬまま限界を迎え、今や我に取り込まれる寸前よ!」
「いやおかしいだろ! 恐怖心はあるとしても、それが意識を取り込みにかかるってどういうことだ!?」
「わからぬか? 我もまた汝の一部。筋肉への恐怖に負け、諦めてしまった汝である。怪物を恐れるあまり恐怖を従え怪物になろうとする汝、それが我――USAマッスルなのだ!」
そう叫ぶやいなや、USAマッスルが猛然と襲いかかって来た。
「ちょ――、くんなボケがッ!」
びっくりしつつも、雷撃をぶっ放して迎撃。
が――
「ふはははっ、この我には汝の雷撃など効かぬ!」
USAマッスルは雷撃をものともせず、俺をがっちり抱きしめた。
「ぐあぁぁ――――ッ! 暑苦しいぃ――――ッ!」
「ふっふっふ、感じる……、感じるぞ! 汝の恐れを!」
と、そこで奴の右手首に巻かれていた付け袖がバチーンッと弾け飛んだ。
するとどうだ、ただでさえガチムチしている腕がみるみる肥大し始めたではないか。
パンプアップなんてちゃちなもんじゃねえ!
「ふはははは! いよいよ拘束具の限界も近いようだな!」
「なん――、なんだと……!」
全身の拘束具が弾け飛んだとき、ガチムチを超えたガチムチが俺の前に姿を現すのだろう。
はたして、そのとき俺は正気でいられるのだろうか?
「もう少し、あともう少しだ! さあ、我を受け入れるがいい! そして遍く世界に筋肉を! 新世界の幕開けだ!」
「ぐおおおぉ――――――ッ!」
俺に対抗する術はなく、いよいよ追い詰められた。
その時だ。
「えーいっ!」
パコーンッ!
小気味よい軽快な金属音が鳴る。
「ぐあぁぁぁ――――ッ!?」
と同時、USAマッスルが苦しみ、拘束が弛んだ。
チャンス――。
「くっ――、であっ!」
力を振り絞りUSAマッスルから脱出、からくも精神崩壊の危機を逃れた。
根本的な解決にはなっていないのでまだ安堵するわけにはいかないが……、いったい何が起きたんだ?
「危なかったね!」
そこで声を掛けられる。
声の主はウサギのお面を被ったまだ幼い子供であった。たぶん男の子だと思うが……、不思議な子だ、手にフライパン持ってるし。きっとあのフライパンでUSAマッスルの頭をぶん殴って俺が脱出するチャンスを作ってくれたのだろう。
「き、君は……?」
「ぼくは安らぎの象徴、パンケーキ・ウサ!」
パンケーキ・ウサ?
またしてもウサギか……。
善神もどきにしろ、この少年にしろ、俺の中のどこからこのウサギ要素が来ているのかちょっと謎である。
「ぼくは君を助けにきたんだ!」
「助けに……? 助けてくれるのか……!」
「あ、でも手助けくらいのもので、君を完全に救うことはできないんだ。あいつを倒すのは君の役目なんだから」
「倒すって、あんなのどうやったら……?」
相手はあらゆる攻撃を快楽に変換する変態、もはや倒すとかそういう次元の相手ではない。
だがパンケーキ・ウサは言う。
「大丈夫、今の君なら倒せるよ。倒せるようになったから、君とあいつはこうやって直接対決することになったんだ。そしてそれは君を想うお姉さんたちの努力の結果でもある。君はもう一人じゃないんだ」
「お姉さんたち……」
そうか……、信じたくはないが、やはりそういうこと、ここは六十年代のアメリカではなく、俺の夢の中なのか……!
たぶん、俺は昏睡状態で目覚めないとかそんな感じになってるんだろうな。でもってみんなは何らかの方法でもって回復のために頑張ってくれたんだろう。
「本当に倒せるのか……?」
「もちろん! いい、よく聞いてね。筋肉を恐れすぎてはいけないよ。恐れはあいつに力を与え、何度でも復活させてしまう。よく覚えておいてほしいのは、なにも君は筋肉を恐れているわけじゃないってことなんだ。君が恐れる相手がたまたま筋肉だったという、それだけのことなんだ」
斧を振りかざす大男の誰もがバーバリアンというわけじゃない。なかには日向ぼっこしながら詩をしたためるのが好きな斧を振りかざす大男もいる。でもバーバリアンは斧を振りかざす大男、というわけか。
なるほど、よくわかんなくなってきた。
「さあ、これを持って!」
「え、あ、はい」
すげえ真剣な様子のパンケーキ・ウサからフライパンを渡される。
どういうことなの……。
「そのフライパンに想いを込めて! あんな筋肉には負けないって! お姉さんたちのもとに帰るって! 強く、強く!」
「わ、わかった」
言われた通りフライパンに想いを込める。
帰るんだ、みんなのところに、家族の元に――。
胸に灯る暖かな想い。
すると呼応するようにフライパンはバチバチと帯電し、みるみる赤熱していった。
「それをあいつにぶつけてやるんだ!」
「効くのか……? 雷撃は効かなかったぞ? それに下手したら喜んで元気になっちゃうんじゃ……」
「そりゃ電撃は効かないよ。だって自分なんだもの」
「自分て……」
「ああ、君の一部ってことだよ。否定したいだろうけどね。でもだからこそ君はあいつを倒すことができるんだ。あいつは善神を具現した存在じゃない。ただ善神を模した君の恐れ、ただそれだけの存在なんだ。それはつまり……」
「つまり?」
「攻撃されたら痛がるってことだよ!」
「な――」
攻撃されたら痛がるだと……!?
気持ちよくなるんじゃなくて!?
いや、確かにそうだ、パンケーキ・ウサが一撃喰らわせた時、あいつはダメージを受けていた!
なんてこった、攻撃は通じる!
奴は本物の善神とは違い、無敵ではないのだ!
「そうか! わかった!」
マゾでない善神など恐るるに足らず。
俺は赤熱したフライパン――ヒート・フライパンを構えUSAマッスルに突撃する。
「喰らえぇ――ッ! このボケがぁ――――ッ!」
「ぬうっ、そんなもの……!」
迎え撃とうとするUSAマッスル。
だが今の俺にもう恐怖はなく、奴の胸元に思いっきりヒート・フライパンを押しつけてやった。
ジュジュジュ~ッと。
「あ、熱っ! 熱うっ! あ、熱つつっ、あああぁぁ――――――――ッ!」
悶えるUSAマッスル。
次の瞬間、チュドーンッとUSAマッスルは爆散。
跡形も無く消し飛んだ。
「やった……、やったぞ!」
「うん、やったね!」
打ち勝った、忌まわしき恐怖の象徴に!
俺は打ち勝ったのだ!
「ありがとう、パンケーキ・ウサ。君が来てくれなければ、俺は恐怖に呑み込まれていたことだろう」
「そのお礼はお姉ちゃんたちに言ってあげて。ぼくも助けられた内にはいっているんだから。ともかくこれでひとまずは安心だね。もうこの悪夢の世界から目覚めることができるよ。すぐにでもね」
USAマッスルの消滅により、蠢いていた極彩色が徐々にその色を失い、すべてがぼやけていく。
目覚めは近いようだ。
現実の方はどうなっているのだろう。
「なんだか目を覚ますのがちょっと恐いな……」
そう俺が呟くと、パンケーキ・ウサはやさしい声で言った。
「大丈夫、なにも心配いらないよ。君が目を覚ますのを、みんなちゃんと待っているからね」
△◆▽
目を覚ますと、俺は庭園に運ばれていて、コミュニケーション全開を可能とした夢操作一号なるふざけた名前の魔導装置の中心に寝かされていた。
目覚めてすぐは……、まあ、大変だった。
周りで俺の目覚めを待っていたみんなが一斉に――、ぬいぐるみや精霊獣や妖精もまとめて押し寄せてきたため、凄まじく揉みくちゃにされて気分がボロ雑巾になった。
その後、マッスル☆フェスティバル後に俺がどうなっていたかの説明をされ、ロアとリアナの協力を得て皆が俺を助けるため夢操作一号で夢の世界に潜ったことを知る。
夢に潜った……?
「え、えっと……、シアさんや、もしかして色々とバレたりとかしちゃったり……」
「ご想像の通りです。こればっかりは、わたしの頑張りでもどうにもなりませんでした。致し方なかったのです」
「いや、うん、それはわかるが……」
「ご主人さま、詳しい話はあとにしましょう。話し始めたらいつ終わるかわかりませんし」
「んだな……」
そうか、バレたか。
いやまあそのうち説明するつもりだったからかまわないのだが、こんなわけのかわらん成り行きでバレてしまうとは……。
早めに話しておけばよかったかと思うものの、そんなタイミングなんてなかったじゃん、と自問自答を繰り返す。
それから俺はサリスとパイシェに謝られた。
サリスは催眠術で筋肉への恐れを抑え込んでいたこと、パイシェはマッスル☆フェスティバルを提案したことについてだ。
「いや、あー……、うん、わかった。お咎めはとくになし、以上」
サリスは恐怖をやわらげようとしてくれたわけだし、パイシェは立場的に機会があったので提案しただけのこと。
今回はたまたま悪い方向へ転んだだけの話だ。
しかしサリスの催眠術か……、夢の世界に出てきた『恐れ』がバニー衣装だったり、助けに現れた子供がウサギのお面を被っていたのはこの影響なのだろうか?
ということは、あのパンケーキ・ウサは幼いサリス?
でも男の子っぽかったな……、謎だ。
「それでは父上、僕たちはそろそろ戻ります」
「少しの間でしたが、また会えて幸せでした」
問題解決のために派遣されてきたロアとリアナは、俺が無事に目を覚ましたことでこちらに留まっていられなくなった。
せっかく再会できたのだ、もう少しくらい居てもらいたいところだが……、ここで駄々をこねて話をややこしくするのはよろしくない。二人の立場がよけいにまずくなっては、それだけ自由になれる日が遠くなる。
おまけに今回は完全に助けられた側なので、強く言うこともできない。
ここは次の再会に期待して、感謝と共に送り出すことにする。
「ロア、リアナ、ありがとう。また会おうな」
「はい。また会いに来ます」
「その時はもっとゆっくりできるようにしますね」
なんなら暮らしてもらってもいいのだが……。
そんなことを思いつつ、名残惜しくて二人の頭をよしよしと撫でる。
よしよしよしよし……、としばらく。
やがて満足したのだろうか、二人は微笑みながら『それでは』と声を揃えて言うと、ふっと消えてしまった。
「奴のところへ戻ったか……」
ぜひとも思いっきり功績を主張して、休暇とかもぎ取ってもらいたいところだ。
それからまずは朝食という流れになり、俺たちはいつもにも増して賑やかな食事をとった。
クロアやセレスが俺の夢の世界がどんなだったかあれこれ聞きたがっていたが、一応俺のプライベートということで話せる範囲に留めての話となる。
うん、自分の夢の世界のことを聞かされるのってけっこうつらいものがあるな!
クロアとセレスは夢の世界の自分たちの活躍振りを聞いて嬉しそうにしていたが、筋肉に汚染された王都ってどういうことだ?
いやまあこれはそんな世界に潜ることになった皆の台詞なのだろうが……、わけがわからんな。
そして賑やかな朝食のあと、俺は皆に第二和室まで連行されて猛烈な質問攻めを受けることになった。
転生者となった経緯などはある程度シアが説明してくれていたようだが、詳しいことはあとで俺に聞けということになっていたらしく、もうあれこれ聞いてくる。助かったのは、前の世界が元になった夢の世界を体験していてくれたことだろう。これでだいぶ説明の手間がはぶけた。それでもまだまだ話さなければならないことは多いのだが。
こうして騒動はひとまず一件落着。
今後もあれこれ皆から質問を受けるのだろうが、それはあらかじめ覚悟していたこと、せっせと答えていけばいい。
ただ……、一つだけ想定外なこともあった。
「ねえねえ、またあなたの夢に遊びに行きたいんだけど……」
ミーネが無茶なお願いをしてくる……!
いや、これはミーネだけじゃないな。
このお願いはミーネが最初に言ったというだけで、そわそわしている様子から、皆も同じことを思っていたことなんとなくわかる。
「か、考えておこう。つっても、ロアとリアナが居ないことには無理なんだろうな」
「そっかー」
ひとまずこの場はしのげた。
が、しかしだ。
これだといずれロアとリアナが遊びに来たときが運命の時になる。
いやまあもう一回潜られたんだし、いいっちゃいいんだが……、なんかなぁ……。
う~ん、困ったなぁ……。
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/01/31




