第802話 15歳(秋)…ドリーム★キャッチャーズ(11/17)
「あの! あの! この引きずられた状態でエスカレーター乗るのはさすがにひどいと思うの! でしょう!?」
百貨店の上階へ向かおうとエスカレーター前まで来たところ、ずっと引きずられてきたミーネが危機を察して必死に訴えてきた。
これに対するシアの返答は実に淡泊なものである。
「大丈夫ですよ、痛みはありませんから」
「いやそうだけど気持ち的に! なんかこう、服とか巻き込まれそうで恐いじゃない! もしかしたら皮膚も挟まれたり……、こわっ、恐いわ!」
確かにそれは気持ちの良い想像ではない。
まあミーネもだいぶ反省したようだし、いつまでもキャンキャン鳴かせておくのも煩いため、シアはミーネに恩赦を与えることにした。
ようやく自分の足で立ち上がれたミーネは一言。
「やれやれだわ」
「それはこっちの台詞ですよ!」
「あ、違うの。これはジョウ――」
「わかってますよ! わかってて、それでも間違ってるつってんです!」
懲りない小娘。
だが、無駄に学習能力が高く、いずれはネタを完璧に使いこなしこれまで独占的だった自分の地位を脅かすようになるのではないかとシアは警戒した。
「むむむむ……!」
「え、な……、なに? ごめん、まだ私それ知らない――」
「いやネタでなくて!」
「あの、シアさん、ミーネさん、そろそろ行きませんと……」
ちょっとムキになってきたところでアレサに促され、シアは我に返り反省する。今は初心者潰しをしている場合ではなかった。
「すみません、早く残りの二人を見つけて、ほかの人たちを捜しにいかなければなりませんでしたね」
気持ちを入れ替え、シアはアレサとミーネを伴い捜索を再開。
やがて三人が到着したのは洋服売り場――
「うきゃー! うきゃきゃ――――ッ!」
そこには甲高い奇声を発しながら、両手に持ったブラジャーをぶるんぶるん振り回してご機嫌に駆け回るコルフィーの姿があった。
「ずいぶん楽しそうね。あそこまで楽しそうにしているコルフィーはなかなか見ないわ」
「確かに楽しそうではありますね……」
「楽しんでいる場合ではないのですが……」
洋服がコルフィーを狂わせる。
いつものことだが、彼女からすればここ異世界の洋服売り場は小さな楽園と言っても過言ではなく、これまでにない痴態をご披露するのも無理もない話であった。
「まさかまる二時間あの調子だったのでしょうか……」
あの様子では、いくらリアナが呼びかけてもコルフィーには届かなかったのだろう。
もし近辺に彼が居ればそれを感知できるリアナ、そんな彼女が憑依しているコルフィーは一番動き回って調査をしてほしかった人物だ。それがスタート地点から動いてなかったという事実はもはや喜劇である。
「はあ……、えー、このままでは埒が明かないので、とりあえず大人しくさせますね……」
そう言い残し、シアは爆走を続けるコルフィーに追いつくと脳天にチョップを食らわせた。
「うきゃきゃきゃきゃ――――――ッ!」
「効いてない!?」
洋服でガンギマリになったコルフィーにシアのチョップなどそよ風のようなものであり、その暴走を止めるには不十分であった。
「なら仕方ないですね。――おるぁぁッ!」
「ぐふぅ!?」
渾身の当て身――と言うか、巨大なかぎ爪を引っ掛けるようなボディブローを食らわされたコルフィーは体がくの字に折れ曲がり、強制的に走り回るのを中断させられた。
「う……、うん? はて、私は何を……。え? 服を前にした私はずっと正気を失っていた? もう時間!?」
やっとリアナの声に耳を傾けることができるようになったらしく、コルフィーは戸惑ったり驚いたりと忙しい。
「そんな……、さっき皆さんと別れたばかりなのに……」
「これはやはり攻撃を受けているんじゃないかしら?」
「自分の欲望が時間の感覚をぶっ飛ばしてるだけです! はい、正気に戻ったなら行きますよ! これからまだまだ回収しないといけない人はいるんですから!」
こうしてさらにコルフィーを加えたシアは、この百貨店にいる最後の一名、シャフリーンを見つけに再び移動する。
そして辿り着いた先はオモチャ売り場であった。
大きな百貨店だけあって、そこらのデパートのこぢんまりとした売り場ではなく、広々としていて男の子も女の子も楽しめるオモチャいっぱいの空間だ。
そこでシャフリーンは音が再生されるゴテゴテに飾られた魔法のステッキを華麗に振り回していた。
「あら、なんだか素敵な物で遊んでるわね」
「シャフリーンさん……」
「シャフさん……」
「楽しそう……、ですね、すごく……」
普段が真面目なだけに、あの様子は反応に困る。
どうしたものかとシアたちは見守るばかりになってしまったが、シャフリーンはどうやら正気までは失っていなかったようで、体をこちらに向けたタイミングで見られていることに気づいた。
「――ッ!?」
珍しく驚愕の表情を見せたシャフリーンは、それからひどく気まずそうな顔になってしゅーんと大人しくなった。
「シャフリーンさん、集合時間は過ぎています。何か言いたいことはありますか?」
「い、妹や弟のお土産によいかと思って眺めていたら……、その……、夢中になってしまいまして……」
「シャフさん、ここにある物を持っては帰れませんよ?」
「くっ……」
アレサ、無慈悲な突っ込み。
まあミーネやコルフィーのように正気を失ってはおらず、また反省もしているようなので、そこはまだまともである。
「これはほかの皆さんも駄目なんでしょうねぇ……」
これからあと七名のポンコツを回収して回らなければならない。
それを思うと、シアの胸は切なさでいっぱいになるのだった。
△◆▽
シアたちは百貨店をあとにすると、次にティアウルとリオを回収すべく二人が留まっている場所へと急行した。
そこは映像・音楽ソフトのレンタル屋であり、新品ゲームの販売に合わせ、中古品の買取・販売を行う店舗であった。
まず発見したのは、入店してすぐの場所でぽけーっと口を開けてアクションゲームの試遊を続けていたティアウルだった。
「……………………」
瞬きすらせず、ひたすらゲームにのめり込んでいるティアウル。
もう完全に魂を吸い取られていた。
「ちょっと触ってみるつもりが、完全に呑まれちゃったやつですねこれ……。すみませんがティアウルさんはお願いします。私はリオさんの回収に向かいますので」
ティアウルを皆に任せ、シアはさらに店内の奥へ。
やがて見つけたのは、かき集めて敷きつめた映画のDVDの上で活きのいい魚みたいにぴちぴち跳ねているリオであった。
「ほほーい! ほほほーい!」
「ど、どうしてこんなことに……!」
ちょっと訳がわからない。
いったい何がどうしてこんなことになったのか、シアにはまったく見当がつかず戸惑うばかりだ。
「もしかしてこの領域はヤバかったりするんですかね……。でもわたしは別になんともないですし……。と、ともかく、リオさん! リオさーん! 正気に戻ってくださーい! リオさーん!」
水揚げされたばかりのカジキみたいにビチビチ跳ねてるリオを捕まえて引きずり起こし、ガクガク揺さぶりながら呼びかける。
「い、いとしいしと……」
「リオさーん! そんなこと言ってると最後は溶岩にダイブですよー! リオさーん!」
さらにガクガク揺さぶったところ、やっとのことで虚ろだったリオの瞳がシアを捉えた。
「あれ、シアさん……?」
「そうです、何でこんなレンタルショップで必死になってるのか、ちょっと悲しくなってきてるシアですよ! リオさんは映画のDVD敷きつめて、その上で魚みたいに跳ねてたんです。どうしてそんなことになったか覚えていますか?」
「え……、ええ!? いや、あの、私はその……、シアさんの知識で町には映画のキャラクターがいっぱい居るのがわかったので、ご主人様って映画好きだったんだなーって思ったんです。それで、ならここに居るかもしれないなと思って……」
「あー、なるほど、そういう……」
ちゃんと彼の捜索をしただけ、百貨店に篭もっていた三人よりはマシなのだろう。
「結局ご主人様は見つからなかったんですけど、私はこんなに映画があることにびっくりしてしまって、ちょっと手に取ってみたんです。そしたら頭にどどーっと映画が流れ込んできまして……、気づいたらシアさんにガクガクされていました」
「う、うーん……」
シアは考える。
もしかすると、この領域において何かしらに興味を持ち、それに『触れて』しまうと、一気に情報が流れ込んできて取り込まれてしまうのではないだろうか?
とは言え、正気を失うかどうかは本人の資質。慣れているシアであれば無視できるし、真面目だったシャフリーンはただ夢中になるだけですんだ。
まあ要するに、残る面子はやっぱり全滅ということである。
「はあ……」
もう放置してしまいたいが、さすがにそういうわけにもいかず、シアはため息をついて挫けそうになる意志をかろうじて保たせた。




