第799話 15歳(秋)…ドリーム★キャッチャーズ(8/17)
先陣を切って門の向こう側へと飛び出したシア。
その第一歩が――
「ほへ?」
スカッと軽快に空を切る。
「ぬあぁぁ――――ッ!?」
飛び出した先が空中。
これは予想できず、シアは色気のない悲鳴をあげながら落下する。
突然のことであったため、飛べることも忘れてそのまま数秒の滞空時間をへて地面へ――
「どっせい!」
両足を開いて踏ん張り、これから四股踏みを始めようとするお相撲さんのように雄々しく着地した。
さらにその直後――
「んにゃぁー!?」
「どわぁー!?」
「ひゃぁぁー!」
シアのあとに続いて精霊門へ飛び込んだ面々が宙へ放りだされ、悲鳴を上げながら次々と落下してきた。
「はいはーい、大丈夫ですよー」
咄嗟に対処できる者はさすがにおらず、為す術もないように落ちてくる面々をシアは下で「ほい、ほい」と次々と受け止めると、左右へぽいぽい振り分ける。
しめて十一名を地面との激突から救ったシアは、そこであらためて周りの様子を確認するとため息を一つ。
「やっぱりですか……」
様変わり、そんな言葉ではとても足りない。
「んな――、な、何ここ!? どこよここ!?」
まず大声を上げて騒ぎ出したのはミーネだった。
これに続くように、地面へぽいぽいされた面々が周囲の状況を確認しては驚きと戸惑いの声を上げる。
だがその反応も無理もない。
ここはあちらの世界のどこにも存在しない技術によって建築された建物が所狭しと建ち並ぶ繁華街。コンクリートの建築物には当たり前のようにガラスが使われ、道路は平らに敷かれたアスファルト。この近代的な街並みを初めて目にした面々からすれば、気味が悪いほど整然としており、そして密集しすぎて圧迫感を感じることだろう。
見る物すべてが珍しい。
取り乱しているのか、はしゃいでいるのか、ともかくきゃあきゃあ大騒ぎを始めてしまった皆を後目に、シアはそっと頭上を見上げる。
「モニター……、なるほど、あれがこちら側への門になったわけですか……」
今シアたちがいるのは大きな百貨店の入口で、その頭上には壁に埋め込まれた大きなモニターが順々に広告を流していた。
いきなりモニターからメイド姿の少女たちが飛び出してきて、さらに何やら騒ぎだしたとなれば普通は注目を集めるもの。しかし町行く人々は誰一人シアたちに関心を示さず、これだけ向こうの世界の繁華街を再現した場所であってもやはり夢なのだな、とシアは一人納得する。
ちょっとした現実逃避だ。
なにしろ――
「ねえシア、シーアッ! 説明! 説明してもらわなきゃなんにもわかんないわ!」
ミーネが腕にしがみついて、必死にも思える勢いでこの領域についての説明を求めてきている。門をくぐる前に、まずは落ち着いてと言っておいたが、もうそんなこと欠片も覚えていないようだ。
「シアはきっと知ってるんでしょ!? ここはどこなの!? 見るもの全部珍しいわ! 歩いてる人たちは見慣れない格好だし! あと黒髪が多いわね! あの子の夢の中だから!? ちょっとー! ちょっとぉー!」
「んあああ、はいいい、まま、待ってください、説明しますかららら……!」
ガクガク揺さぶってくるミーネをなだめつつ、シアはどこから説明したものかと考える。
もはやここまで盛大にぶちまけられては、いくら相手が愉快な面々であろうと誤魔化せるものではない。
「はあ、最初はご主人さまが説明すべきなんですけどねぇ……、こうなったら仕方ありませんか」
さすがにこの状況では諦めるよりほかなく、シアはじーっと見つめてくる皆にまずはため息をついてみせ、それから言う。
「ここはご主人さまが転生してくる前に住んでいた世界です」
『……は?』
シア以外の全員がきょとんとして間の抜けた声を出す。
だがそれも仕方のない話。
そう、こうなっては何もかもが仕方ない。
それからシアは頭の中で話すことを整理しながら、唖然としてしまった皆に説明を始めた。
△◆▽
説明すべきことは大まかに二つに分けられた。
一つはこの世界について、もう一つは彼について。
まずシアはこの世界のことを簡潔に、そして大雑把に説明した。魔術や魔法がごくごく一部で運用されているが、表面的には『無い』とされており、皆が暮らす世界に比べ技術が非常に発達しているといったことである。
それからいよいよ説明は彼についての話に移る。
この世界で学生として暮らしていた彼の身に起きた不幸、それは――
「ええ、まあ、わたしのせいなわけです。はい」
当時、死神やっていたシアの手からすっぽ抜けた鎌がぶっ刺さって死亡という、隕石が頭にぶつかって死ぬよりも確率の低い珍事。鎌に吸収されてしまった魂の代わりに、回収していた別の魂を空になった肉体にぶち込んでひとまず取り繕いはしたが、その一方で変異してしまった鎌はどうにもならない。
「それでまあ、すったもんだありまして、鎌を回収するために別の世界で生まれなおして、それなりに長生きしてくださいってことになったんですよ。わたしはそんなご主人さまの補佐として、シアとして生まれることになったわけです」
「なるほど……、それでシアはなんだか特別だったのね……」
「そういうわけなんです。何もご主人さまに特別扱いされて――、いえ、ある意味ではそうなのですが、贔屓して皆さんには話せないことを話してくれていたわけではないんですよ」
特別というより特殊――、それがシアの置かれた立場であり、それ故に彼はシアだけに相談できることがあった。
ちょっとその事を気にかけていたミーネはひとまずその説明で納得してくれたようだったが――
「でもシアにゃんとしては、自分はニャーさまのことを何でも知ってるニャ、自分はお前らごときとは違うニャって思ってたニャ?」
「いやそんなこと思ってませんよ!?」
なんだか面倒なことを言いだす猫がいた。
まあ少しばかりの優越感すらなかったかと尋ねられたら完全には否定できないものの、であったとしてもそんな見下すようなことはしていなかった。
さすがに心外である。
「それにですね、ご主人さまはいずれ皆さんにちゃんと説明するつもりでしたから! いや、状況が状況なら、もうとっくに説明していたんです!」
「あれ、そうなの?」
「そうなんです! 悪神やっつけて世界を救って、もうそろそろ説明しようってなってたんです! でも……、ほら、みんなで婚約者になって、そのあとかなりアレな状態だったじゃないですか。それで、この状況じゃあ説明できないって先延ばしになったんです。そしたら今度は話す機会がなくなってしまって……、何かきっかけがあればなーって困ってましたから!」
「シアはそういうのも相談されてたのね……」
「あれ、まさかのやぶ蛇!?」
「きっと自分は当たり前のようにニャーさまに特別扱いされることを、シアにゃんは密かに自慢しているのニャ」
「リビラさんもしかしてわたしのこと嫌いです!?」
「そんなことはないニャ。ただ今はちょっとイラッとしてるだけニャ」
「うぅ……」
とんだ貧乏くじだ、とシアは嘆く。
リビラほどではないにしても、皆の視線も……、例えるならこそっとおやつを食べちゃったくらいに棘がある。
少なくとも温かいものではないのだ。
それからもシアはちょっとめそめそしながら説明を続ける。
さすがに知られてはマズい話などは触れなかったし、これは彼が自分の口から説明すべきだと思ったことはあとで直接聞いてもらうことにした。何から何まで説明するわけにはいかないのだ。何から何まで知っていたと思われると、買わなくてもいい顰蹙を買ってしまう。
なのでシャロも転生者であるという話も後回し。と言うか彼の事が明らかになったこの機会に自分で説明してくれと思う。
「そんなわけでですね、ご主人さまの発想が奇抜だったりしたのは転生者であることに由来するんです」
「ふーん……、ねえシア、じゃあこっちの人たちは、みんなあの子みたいに色々できるの?」
「人によりますね。あ、ですが悪神をやっつけるようなことはご主人さまくらいしかできないと思いますよ。まあ絶対とは言えませんが、今の状態に辿り着けたのはご主人さまならではなところが大きいと思っています。なので、わたしとしてはそこは自信を持ってもらいたいところなのですが……、ご主人さまって自分が前世の知識でズルしてるって認識があるので、自己評価が低くなる傾向があるんですよね……」
「なあシア、あんちゃんが名前を変えようとしてたのも何かあるのか?」
「いえ、あれは純粋に自分の名前が不愉快だったので変えようとしていただけです。なので関係は……、あー、まったく無いとも言えませんか」
大神が彼という存在を読み切って野に放ったのだ、まったくの無関係ということはない。ポンコツ死神の器となり、今ではシアとなったこの体にもまた意味はあったのだから。
「ほえ? どういうこと……?」
「あー、では話が逸れるので簡単に説明しますね」
この世界の腫瘍となっていた悪神をどのように葬ったのか?
人々の集合的無意識を後ろ盾にした神は本来殺せるようなものではない。
――が、シアはそれすら葬った。
彼が遺した『鎌』を手に、肉体と自由意志を持つ死神となり絶対である『死』を叩き込むことによって。
「あのときの死を意識するほどの殺気、あれはシアのものだったのか……」
「ええ、まあ、そうなんです。なんせ死神ですので」
「ニャーはこれまでシアにゃんは頑張ってきたと思うニャ。あれこれ騒動に関わるニャーさまをよく支えてきたニャ」
「びっくりするくらいあからさまなすり寄り! いやもうあんなことにはなりませんから! 鎌は回収されたので!」
やっかまれるのは悲しいが、かといって恐れられるのもまた悲しいものである。




