第61話 9歳(春)…明日の予定
いかんともしがたい入浴のあと晩餐となった。
なごやかな雰囲気のなか、おれはひとり沈痛な面持ちでいる。
原因は風呂場での一幕だ。
おれは見た目こそただの九歳児だが、中身は合算で二十歳をぶっちぎった大人なのである。
そんないい大人が風呂場ですっぽんぽんの幼女とお湯をかけあってたわむれていたわけだ。
自己嫌悪とまではいかないが、さすがにどうかと思う。
なにか思うところがあってしかるべし、のはずだ。
もし思うところがないと言いはる者がいたら、世の幼女たちのためにそいつは錠がついた部屋に監禁しておくべきだろう。
まあ外見が子供だから問題にはならないだろうが、あまり知られたくない類の出来事である。特に、おれの中身をよく知っているメイドなどには、絶対に知られてはならない。知られた日にはとことんからかわれ、おもちゃにされることだろう。
己を恥じているおれをよそに、晩餐はつつがなく優雅に――なんか口いっぱいに頬張って「もごごご」とかうめいている令嬢は無視するとして――行われていた。
クェルアーク家の面々はバートランとアルザバートとミーネの三人である。
ほかの現当主であるミーネの父とその妻、そして第二夫人とその子供たちは領地にある屋敷で暮らしているそうな。なんでもザナーサリーの貴族は次期当主――ほとんどの場合は長男――をこの王都で生活させるのだとバートランに説明される。
王都で生活させて貴族間の価値観・知識・文化・教養を一元化・共有化させるのが目的らしい。
アル兄さんは八歳から王都生活を始め、現在十年目とのこと。
「だいたい十歳くらいからだけど、物心がついたあたりでもう王都で生活させるところもあるね」
ダリスやバートランが王都へ来ないかと尋ねていたのは、これが理由だったようだ。
しかしこの取り決め、当主は領地と王都の屋敷を行ったり来たりしなければならないわけだし、無駄が多いというかなんというか、あれか、実は参勤交代的なものなのか?
とは言えなかには例外的な貴族もいて、領地に引っ込んでいるらしい。そういうのは貴族社会ではのけ者、お察し、とのこと。
って、もろにうちだ!
いや……、まあ、慣例に従って貴族同士仲良くとか面倒そうだからちょうどいいんだが、でもやっぱり、なんか釈然としない。
「さて、では……」
晩餐が終わると、バートランが思わせぶりに呟く。
なにかと思ったら将棋だった。
望むところと、父さんはバートランと対局を始める。
アル兄さんはそれを見学するようだ。
となると――
「ねえねえねえねえ!」
おれはミーネと二人っきりという、想像するだけでもくたびれる状況になるわけだ。
おれの客室に居座り、ミーネはひたすらこちらの生活ぶりを聞きたがった。おれは母さんと弟は元気にすごしていることや、新しい家族である妹は母親似であるとか、そんななんでもない話をする。
「そもそも辺境の森の中に住んでるからな、特別な変化はないよ」
と、おれはメイドの話は面倒なのでいっさいしないでおいた。
聞きたいことが一段落すると、ようやくというか、おれが王都へやってきた目的について話題が移る。
ただそれについて話すのは後日だ。
「えー、なんでー」
「おまえにはなにも知らない状態でいてもらいたいんだ」
そう、ミーネにはモニター役として、事前情報なしで触れてもらいたいのだ。
「じゃあ明日になったらわかる?」
「明日はまず招待する人たちに挨拶しにいくんだよ」
バートランに案内してもらい、冒険者ギルド支店長と冒険者訓練校の校長のところへご挨拶にうかがい、予定を聞いてお披露目の日取りを考えるのだ。ダリスについては手紙のやりとりのなかで、その日を無理にでもあけるので問題ない、という頼もしい返答をもらっているので、こちらは純粋に挨拶に行くだけになる。
「明日は観光をするのね!」
「おまえはおれの話をちゃんと聞いていたのか……?」
「んー、ちがう?」
「だいぶ違う。おまえのその、聞いたことをいいように解釈するそのポジティブさはいったいどこからくるんだ?」
「ぽじてぃぶってのがなんなのかわからないけど、わたしはお母さま似ってよく言われるからきっとお母さまからきてるんだと思うわ」
そういう話ではないような気がしたが、その母親似という話が容姿ではなく性格だとしたら実に正鵠を射た返答ということになる。
こいつがもうひとり……、だと?
「お兄さまはお爺さま似だとおもうわ。姉さまは姉さまのお母さまに似ていて、下のお兄さまはお父さまに似てるの」
「家族の仲はいいのか?」
「ええ、とっても。ただお兄さまはこっちにいなくちゃいけないから、家族みんなで一緒にいられるのってあんまりないの。わたしもほとんどあっちで暮らしていたんだけど、冒険者の学校に通うんだから、そろそろこっちでの生活になれたほうがいいって話になって、こっちで暮らすようになったのよ。わたしまだあんまり王都のことを知らないの」
なるほど、うちに来たときに、王都のことがさっぱりわからなかったのは幼かったこともあるが、そもそもそれほど王都で生活していなかったからか。
「だからあしたの観光はとっても楽しみ!」
「だから観光じゃねえっての!」
話がそれたと思ったらきれいに一周してきた。
「挨拶してまわるんでしょ? それって王都のあちこちに行くことになるんだから観光みたいなものじゃない。わたしもそんなふうに移動してまわったことないから楽しみね」
「……すっかり一緒にくる気になってる?」
「もちろんよ!」
完全にその気だ。
これは説得は……無理だろうな。
置いていったら憤慨してひとりで勝手に飛びだしてきかねない。
まあバートランも一緒だから暴走は抑えてくれるだろうし、なんとかなるだろう。
「ん、そうか。じゃあ、今日はもう寝なさい」
「ええ、そうするわ」
うんうんと首をふって、ミーネはおれのベッドにもそもそと。
「だからなんでおまえは当たり前のようにおれのベッドで寝ようとすんの?」
「え? いっしょなら、眠っちゃうまでお話できるでしょ?」
「いいかげんそろそろ分別というものをだな……」
「べつにいいじゃない。むこうではいっしょに寝てたでしょ?」
さあこい、とばかりに、ミーネはベッドの開いたスペースをぽすぽす叩いて見せる。
このお嬢さまには恥じらいとかないのだろうか?
やましいことをするつもりなど微塵もないから一緒でも問題ないのだが、はたしてこれでいいのだろうかと不安になるのだ。
かといってミーネを自分の部屋で眠るよう説得するのは、シアに一緒のベッドで眠るよう説得するより難しいような気がした。
そもそも人の話を聞かない奴を説得するという試みは、どこか哲学的であり、そしてトンチ的でもあり、つまりそれは最終的に「めんどくせえ」の一言に集約されるものだ。
結局いっしょに寝た。
※誤字の修正をしました。
2017年1月26日
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/19
※さらにさらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/05/06
※さらにさらにさらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2020/02/21




