第59話 9歳(春)…王都エイリシェへ
来年に王都へ行くと言ってしまった以上、もうとにかく披露するそれの完成を急がなければならなかった。
おれだけでは間に合わないので、やや不安もあるがシアにも全力で手伝わせた。
途中、腱鞘炎になったシアの泣きが入るなどの事件もあったが、なんとかその年の冬に完成にこぎ着け、おれはほっと胸をなでおろし、シアは苦行が終わったことを大いに喜んだ。
そして春が訪れ――
「じゃあ、行ってくる」
おれは父さんに連れられて王都へと出発しようとしていた。
出発前に、おれはシアにくれぐれも弟妹をたのむと念をおす。
「おまかせください。ご主人さまの留守はこのシアがしっかりと守ります。なのでお土産とかあると嬉しいですね。お土産があると思うとより頑張れるわけですよ」
「はいはい」
あからさまなシアに生返事をかえす。
実はシアへのお土産――のようなものはすでに決まっている。
ただそれは王都の職人に依頼して製作してもらわなければならない物だ。はたして作ってくれる職人はいるだろうか。父さんは職人にあてがあると言っていたから、大丈夫だろうとは思うが。
シアをあしらったあと、弟と妹にしばしの別れを告げる。
弟のクロアはちょっと不安そうな顔をしていた。
まだ五歳だしな……、おれと父さんがいなくなると、野郎は自分だけになるし、ちょっと心細いのかな。
妹のセレスは母さんに抱っこされて、嬉しそうにキャッキャして手をばたばたさせている。
まあ一歳だしな……、元気でなによりだ。
「では母さん、いってきます」
「いってらっしゃい。気をつけてね」
最後に母さんに挨拶して、おれは出発した。
滞在期間は一ヶ月ほどを予定している。
ただし、父さんがついでに遠征の訓練をしようと言いだしたので、王都へは徒歩で向かうことになっていた。そのため全体での日数はいったいどれくらいになるか、実際はまったく不明である。
△◆▽
王都への直線距離をゆく強行軍であったが、とくに問題が発生することもなく、わりと順調な旅となった。
父さんが慣れている、というのもあるが、一番の理由は父さんが持っていた革製のカードケースのような小さな鞄である。
今日はこのあたりで野営となったとき、父さんはその鞄から、ひょいっと鍋やら食材やらを取りだした。
物理的にありえない収納力を持ったその鞄は、シャロ様が作ったという亜空間収納鞄。
名称はフェアリーパース。
父さんや母さんは妖精鞄と呼んでいるらしいそれ。
荷物が少なすぎることを疑問に思っていたが、大事な物は全部そこに放りこんであったようだ。
「さすがに王都まで必要な食料とか持って移動はきついからな、それにそろそろおまえにもこの妖精鞄について話しておこうかと思って」
この鞄の収納力はうちの馬がひく荷車くらいあるらしい。さらにレイヴァース家にはもうひとつ大容量の大きな鞄があり、我が家の食料庫として使っているようだ。どこから食材が湧いてくるのか疑問だったが、これでようやく解消された。
「これまで内緒だったのはな、単純にこの鞄が貴重だからだ」
シャロ様が作りだし、そしてシャロ様以外には誰も再現できなかった代物。話には伝わっているが、ごく一部の人間以外、現物を見る機会はないというちょっとした伝説級の代物らしい。
聖都やこの国の王家など、ほかにもいくつか存在するらしいが、逆に言えばそれだけしか存在しないのだ。
当然ながら価値は高い。
金銭的な価値が想像できないほどの代物だ。
明るみになれば騒動のもとになるのは当然で、そのため両親はおれが分別がつくようになるまで秘密にしておこうと考えていたようだ。
本当はもっと成長してから話すつもりだったらしいが、おれが妙に小賢しいため、そしてこの遠征はちょうどいい機会だからと、こうして教えてくれたようだった。
そんな妖精鞄があるおかげでおれと父さんのフットワークは極めて軽く、旅自体もかなり楽なものになっていた。
当初は持っていく荷物があまりに少ないため、食料は現地調達でサバイバルしながら王都に向かうものと覚悟を決めていが……、妖精鞄さまさまである。
そんなわけで旅は順調に進み、二週間ほどかけておれと父さんはこの国――ザナーサリー王国の首都であるエイリシェへたどりついた。
さすがの大都市である。
その規模も人の多さも圧倒的だった。
とはいえおれは元日本人。通勤ラッシュの異様な混雑を知っているから、人口の多さにカルチャーショックを受けるようなことはなかった。
それでもひさしぶりに人が多いところにきたわけで、ちょっと気分が浮き立ってくる。
元の世界と比べるなら人通りは平日の繁華街といった程度のもの。
しかし元の世界では聞こえてくるのが垂れ流される音楽か車の音くらいのものだが、ここは違う。
人々は通りで当たり前に会話しているし、周囲の建物からはなにかの作業をしている音がしている。おれはその騒がしさにどこか懐かしいものを感じ、しばらくしてそれが学校の放課後に似た喧噪なのだと気づいた。
「はは、タトナトのときと違って嬉しそうだな。だがまずはクェルアーク家だ」
見てまわりたい気持ちはあったが、遊びにきたわけではないとぐっと我慢。
さすがに迷子になられたらしゃれにならんと、父さんはおれの手を引いて貴族街にあるクェルアーク伯爵家を目指した。手を引いてもらっているおかげで、おれは安心してきょろきょろと町並みを観察することができた。完全なお上りさんだ。
やがておれと父さんは立派なお屋敷が建ちならぶ貴族街に到着した。
そして到着したところで衛兵に捕縛された。
まあそりゃそうだわな。
薄汚い親子がのこのこ貴族さまの街へやってきてうろうろしてたら不審者あつかいされるだろうさ。旅の途中、風呂なんて優雅な楽しみを享受できるわけもないし、基本的には絞ったタオルで体をふくだけ。気温もまだそこまで高くないから川や湖で水浴びなんてできやしないのだ。
ひとまずおれと父さんは大人しく連行される。
押し問答になってもいいことないし、そもそもレイヴァース男爵家の者だと言ったところで信じてもらえるか疑問である。この身なりで実は貴族なんですと言っても、じゃあおれは大貴族だ、と返されて終わりだ。
おれと父さんは衛兵の詰め所につれていかれ、そのまま地下の留置所にほうりこまれる。荷物は没収。が、大事な物がはいっている妖精鞄のほうは見過ごされた。
「こういう場合もこの妖精鞄は便利なんだ」
牢屋の中だというのに父さんは暢気だった。
まあおれも久しぶりに雨風のしのげる部屋にいられて気分がいいことは否定しないが、まさかそれを理解させるためにわざわざ薄汚いまま貴族街をうろついたとか言わないよね?
「それでこれからどうするの?」
「父さんの冒険者証を渡したし、確認がとれしだい解放してくれるんじゃないか? 王都にきた理由や目的地も言ったし、もしかしたら馬車で送ってくれるかもしれないな」
父さんはなんでもないことのように言っているが、これちょっとまずいんじゃないか? べつに薄汚いのはこっちだってわかってるから連行されたのも当然だと思ってるし、留置所にほうりこまれたことも気にしてない。母さんが知ったらきっと大笑いして倒れるだろう。
が、うちはレイヴァース家だ。
この国が生んだ魔王殺しの勇者〈万魔〉シャーロットゆかりの男爵家なのである。
いくらこっちが悪いとはいえ、いきなり捕縛して留置所にほうりこんだとなれば色々と責任をとらなきゃならない人たちがでるのでは?
「大丈夫だろ。気にすんなって言っておけば」
そんな話を父さんにしてみたが、かなり事態を軽く見ていることがわかった。
と、そのとき――
「大丈夫なわけあるか。大騒動だぞまったく」
たしなめるように言いながらお髭の逞しいバートランが現れた。
「あ、おひさしぶりです」
「うむ、ひさしぶり。よく来たな」
バートランはおれを見てうんうんとうなずくと、ちらりと父さんを見やる。
「いきなり衛兵が駆け込んできて、何事かと思えばおまえの身元確認。留置されていると聞いてさすがに愕然としたぞ。衛兵たちには、おまえが道に迷って尋ねてきたということにしろと言っておいた。おまえがうかつだったのが悪いとはいえ、レイヴァース家だからな。事実が明るみになれば大問題だ。ただ職務をまっとうしただけなのに処罰されては、さすがに衛兵たちが気の毒だ」
やっぱり騒ぎになってたらしい。
衛兵たち全員に跪かれて見送られ、おれと父さんは留置所からクェルアーク家の馬車に乗って移動した。
うちに来たときに使っていた小振りの幌付き馬車だ。
「王都まで突っ切って来ただと……」
屋敷までの移動中、バートランはどうしてそんな薄汚れているのか尋ね、父さんはついでに遠征訓練をしていたからと答えた。
バートランはただただあきれていた。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/22
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/04/11




