第171話 11歳(夏)…法衣のデザイン
アリテックは古代ヴィルクを預かると、「こうしてはいられない」と真剣な声をだしつつも、ほくほく顔でいそいそと屋敷へ引き返していってしまった。
「……暇ね」
「……暇ですね」
執務室に二人だけ残されることになったおれとティゼリアは手持ち無沙汰になった。
本来なら何かしらおもてなしでも受けるところなのだろうが、男爵は帰ってしまったし、責任者のダイロンは採毛に必死、要はおれたちの相手が出来るような暇な人はいないということだ。
そもそも騒動はおれたちの急な訪問に端を発することなので文句なんぞ言えるわけもなく、おれとティゼリアは大人しく時間をつぶしていた。
「あの二人のお仕事が終わったら冒険者ギルドへ行くのよね?」
「ええ、もう行かないといけないような状況ですので」
「ちょっと町へ行って生地を見てきたいところだけど……、あの子たちを置き去りにするのは可哀想だし」
「後でぼくに文句を言ってくるのは間違いないでしょう。場合によってはキレられる可能性もあります」
せっかく初仕事を請け負い――見た目にはもふもふと戯れているようにしか見えないが――真面目に仕事をしているのだ。
仕事終わりに不機嫌にさせては可哀想である。
「今日中というのは無理でしょうが、あと二、三日かかりきりで採毛すれば片付くでしょうし、生地探しはそれからですね」
「間に合うかしら……」
「あんたが言うな」
「うぐっ」
ティゼリアがうめいて渋い顔をした。
いかんいかん、ふとした拍子についぞんざいな口調になってしまう。
「生地探しも大事ですが、のんびり良い生地を探しながらどんな法衣にしようか考える余裕はありません。なので先にどんな法衣を作るか決めることにしましょう。ちょうど暇ですし」
「なるほど、それもそうね」
空いた時間の有効活用のため、おれはティゼリアにそう断って妖精鞄から紙と鉛筆を取り出す。
そこでティゼリアはひょいっとおれに紙切れを差しだした。
「これは?」
「アレサの寸法よ。ばれないように寝ているときに計ったの」
「ちょっと信頼性が低いですよ、その寸法……」
曖昧な寸法で会ったことのない人の服を仕立てるとか……。
いやまあ使うのは生き布だろうし、古代ヴィルクもちょっと使うつもりだから、寸法は自然と体に合うようになるからいいんだけども。
「それで、どんな服にするのかしら? 私はミーネちゃんみたいな服がいいと思うわ。絶対似合うと思うの」
にっこりと笑顔になってティゼリアが言う。
「アレサさんの容姿はどういう感じでしょう?」
「髪は赤よ。ずっと伸ばしてるから肩下くらいはあるわ。目も赤で、肌は色白だけど……、シアちゃんほどではないわね」
「ふむふむ……」
ひとまずおれは聞いたことをメモする。
「性格はどんな感じです?」
「いつも微笑みをたやさない優しい子?」
「なんで疑問系なんですか。もう少し詳しくお願いします」
「そうねぇ……、性格は明るいわね。でもちょっと引っ込み思案なところがあって、自分から主張するのは苦手みたい。誰かを引っぱっていくよりも、後ろで支える方が気質的に向いてる……かな? うーん、基本的には大人しいんだけど、いざとなるとけっこう無茶だし、そのあたりはやっぱり聖女向きってことなのかしら」
「引っ込み思案、主張は苦手、んー、そうなるとミーネが着ているような服はやめたほうがいいでしょうね」
「あら、どうして?」
「まずそもそも法衣でしょう? ずっと着るんでしょう? あの服は法衣と言うにはちょっと相応しくないですし、あれはあれくらいの年代なんで似合うわけで、年老いてもあれを着ているのは……」
「あー、うん、ごめん、そうね」
「それとあの色合いはミーネの髪の色と性格があって映えるので、大人しい性格ですと圧迫感だけが強調されてしまうかも」
「圧迫感?」
「アレサさんの髪の色――、赤は印象の強い色なんですよ」
赤は良いイメージも多いが、逆に悪いイメージも多い。
これはそこに合わせる色によってより顕著になる。
例えば白であれば神聖に傾き、黒であれば退廃へと傾く。
「身につけているものが暗い色のものだと、威圧的な印象が強くなってしまうんです。そうなると性格と食い違いますし……、もちろん聖女は畏怖されることも必要なのでしょうが、なにも恐れられるために務めに励んでいるわけではないでしょう? ならその身なりだけでも、その心持ちの高潔さやその人となりを表すようなものにしたいと思うんです」
そう言うと、ティゼリアは少し驚いたような顔でいたが、すぐに微笑んでおれの頭を撫でた。
「貴方は良い子ね」
「あのー、それで良いとか悪いとか言ってもらわないと……」
「んー、でもちょっと小憎らしいのよね。まあそれはそれで可愛らしいんだけど」
「いやですから、なごんでないで」
結局、それからティゼリアはにこにこするだけになってしまったので法衣のデザインはおれが勝手に進めた。
△◆▽
布の都カナルに到着したその日は目的の生地探しをすることができず、最後は冒険者ギルドで冒険の書の遊戯会という想定外の展開になった。
深夜になって、おれはティゼリアに連れられ這々の体で王都エイリシェへと帰還したが、ミーネとシアはカナルに残った。
冒険者ギルドに来ていたアリテックとその父のコンテットが屋敷に泊まってはどうかと提案し、二人はそれに乗っかったのだ。
これはただ外泊したいというだけではなく、わりと正当な理由からである。
おれは午前中訓練校で授業をしなければならないため王都に戻らなければならないが、金銀二人は特別戻る理由もない。
ならばこちらに残って朝から採毛仕事を進めた方が良い、という判断があっての居残りである。
まあ観光気分もあるのだろうが。
逆に、おれはカナルへと戻る必要はなかったが、地理的に遠く離れた場所にあの二人を放置したままというのは思いのほか気にかかるもので、ティゼリアと一緒にエイリシェとカナルを行き来する日々を三日ほど続けた。
そして四日目――
「レベルが六つあがったわ!」
ミーネとシアがすべてのヴィルキリーから毛を毟り終えたその日、おれたちはカナルの冒険者ギルドで依頼達成の報告をおこなった。
結果、レベルが六つあがった。
「……上がりすぎだ……」
冒険者ギルドからちょっとお高そうな料理店に場所を移し、おれたちは遅めの昼食をかねた打ち上げを行っていた。
初依頼を達成し、レベルが上がったことにミーネは大喜びだったが、おれは己の迂闊さにちょっと落ち込んでいた。
指名依頼の確認の際、報酬が多すぎることに気を取られ、獲得する経験値について確認がおざなりだった。
【経験】
最終的な採毛量から換算された通常の採毛をおこなった場合の日数に採毛仕事の取得経験値を乗算した値。
要は採毛仕事の経験値が約十年分。
そりゃあレベルも六つくらいはあがるわな。
ってかパーティでの請負だったから、何もしてないおれまでレベルあがってんだけど。
いいのかこれ?
「レベルもそうですが、ご主人さま、報酬金額がえらいことになってるんですけど、どんな交渉したんですこれ?」
「交渉もなにもこれだけくれるって言われたんだよ……、交渉したらもっと増えていたと思うぞ。おれとしてはギルドに預けっぱなしにしておいた方がいいと思うが……、どうする? 半分はおまえのだし」
「半分? あと半分は?」
「ミーネのだな」
「あれ? ご主人さまは?」
「おれ何もしてないし、もらう理由ないだろ」
「いやそこは三等分でいいじゃないですか。ねえミーネさん」
「え? 報酬? コボルトのときと同じでいいんじゃない?」
「あ、ならパーティ資金にする分もあるので四等分ですね」
「いや、三等分しておまえとミーネとパーティ資金だな」
「えー、そんな固辞しなくてもいいじゃないですかー」
「じゃあもうまとめてパーティ資金にしておけば?」
報酬の分配についてちょっと揉める。
ティゼリアはそれを微笑みながら眺めていた。
「仲がいいわねえ、もう。普通は自分の取り分を多くしようって揉めるところなのに、貴方たちのところはなんて平和なのかしら」
「平和な状態なままにするためにも、こういうことはきっちりしておかないといけないんですよ」
なにしろ元の世界で金にまつわる阿鼻叫喚を見てきたもんで。
「なるほど。じゃあこうしたらどう? 今回の仕事の報酬は三等分してシアちゃんとミーネちゃん、そしてパーティ資金にする。そして私の指名依頼は二等分してレイヴァース卿とパーティ資金にする」
「あー、そうですね、仕立て仕事をするのはご主人さまですから」
「うん、それでいいんじゃない?」
確かにおれの言い分だとティゼリアからの依頼はそうするしかなくなるな……。
「はい。話はまとまったわね。じゃあ相談事はこれまで。ほら、料理が来たわよ。楽しくいただきましょう」
※文章を少し修正しました。
ありがとうございます。
2019/01/22
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/01
※さらに脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/27
※さらに文章を少し修正しました。
ありがとうございます。
2021/02/02
※さらにさらに脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/06/09




