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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
3章 『百獣国の祝祭』編
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第157話 11歳(夏)…獣人の深き闇

「さあニャーさま、とっととこっち来るニャ! そんでもってニャーの尻の穴をとくと拝むといいニャ! 確かめるがいいニャ!」

「ま、待て待て待て! ちょっと待て!」

「待たねえニャァァ! ニャーはもう覚悟を決めたニャ! 妙な誤解をされたままになるくらいなら見せてやるニャァァ!」


 おれの腕を掴むリビラの手の力が強くなる。

 痛い。痛いですよリビラさん。

 振りほどこうにもびくともしない。

 この可愛らしいお嬢さんときたら、とんだ握力の持ち主だった。


「わ、わかった! わかったから!」

「わかってねえニャァァッ!」


 ダメだ、完全に頭に血が上っている。

 フゥーッ、フゥーッ、と呼吸荒く、目は据わりっぱなし。

 いつもアンニュイな感じだが、一度カッとなると後先考えず行動に出てしまうタイプだったのか?

 あ、リビラって家出してきたお嬢さんだったな……!


「なにも一時間も二時間も眺め続けろとは言わないニャ! 一分もかからないんだからさっさとこっち来るニャ!」


 リビラは何が何でもおれを寝室に引きずり込み、己がケツの穴を披露するつもりだ。

 元の世界、家に居座る猫のケツの穴なら毎日拝まされたが、この猫娘のそれを拝むのは非常にまずい!

 もし拝んでしまおうものなら、冷静になったあとリビラはメイド学校からも家出するかもしれん!


「早く来るニャァァ――――ッ!」

「サリスさーん! サリスさん助けて――――ッ!」


 おれだけでは止められないと悟り、口をぽかんと開けたまま固まっているサリスに助けを求めた。

 サリスはハッと我に返り――


「ちょちょちょ、リビラさん待って待って待って!」


 大慌てでリビラを止めに入った。


「なんニャァァ! サリスも見るかニャ! いいニャ! 二人まとめて見せてやるニャァァァ――ッ!」

「そうじゃなくてぇぇ!」

「リビラさん落ち着いてぇぇ!」


 それでもリビラは荒ぶったままだ。

 おれは誤った優しさは人を錯乱させるほど傷つけるのだと身にしみて知った。


    △◆▽


 おれとサリス、二人がかりで必死になだめた結果、なんとかリビラのケツの穴は拝まずにすんだ。


「さて、ではリビラがそこまでウォシュレットに興味を持つか理由を聞こうか」

「そうですね、すべての獣人に関わる話ということですが、それはどういうことなのでしょうか?」


 おれとサリスが言うと、リビラはまだちょっと不機嫌そうな顔をしていたが静かにうなずいた。


「まずニャーの手を見て欲しいニャ」


 ちょい、とリビラはおれたちに手を差しだした。

 少女らしい可愛いお手々――、ではない。

 いくつもの傷痕があり、でこぼこ、ごつごつ、何をどうしたらこうなるのかというくらい酷使された手だった。

 リビラのイメージからはずいぶんかけ離れていてちょっと驚く。


「ちょっ、そこまでじっと見られると照れるニャ」


 意地でもケツの穴を見せようとしていたお嬢さんがなに照れてんのよ?

 どういう基準よ?


「見て欲しいのは指先――、爪ニャ」


 言われてその指先にある爪をよく観察する。

 リビラの爪は盛り上がりが大きく――、真ん中は縦線のように筋になっている。

 指から離れた爪の先はその筋に沿って細り、尖り……、なんとなく万年筆のペン先のようになっていた。


「ここ数日手入れしてなかったからわかりやすいと思うニャ。獣人はだいたいこんな感じニャ。爪の真ん中は伸びるのが早くて硬いニャ。これをほっとくと最後には鋭いかぎ爪みたいになるニャ」


 ほうほう、獣人はケモ耳や尻尾以外にもそういう違いがあるのか。

 リビラはそれだけ解説すると、そっと手を戻した。


「ニャーさま、ニャーの言いたいこと、わかりますかニャ?」

「言いたいこと……?」


 はて、獣人にウォシュレットが必要な理由を聞いたら、いきなり爪の話になったんだが……、うん?

 うん!?

 ちょっと待て!?


「そうニャ。そういうことですニャ」


 おれがハッとすると同時、リビラは深々とため息をつき、嫌そうな顔で言った。


「拭こうとすると、サクッといくニャ」

「いたたっ!」


 想像して思わず声がでた。


「うっかりするとサクッどころか、ズバッといくニャ」

「いたたたたたっ!」


 洒落にならん!

 それは洒落にならんぞ!


「獣人なら一度は必ずやってしまう痛い話ニャ。ちなみにニャーについては察して欲しいニャ」


 うん、まあ、うん、そうね。


「そうならないためには毎日ちゃんと爪を手入れすることが大切ニャ。でも獣人は基本いい加減ですニャ。忘れるニャ。たぶん毎日手入れしている奴なんてほとんどいないニャ。だから日々、少なくない数の獣人たちがサクッ、サクッとやっちまってるんですニャ」

「あの、リビラさん、そのサクッってのやめていただけませんか」


 あまりのえぐさにサリスから泣きが入った。


「事実だから仕方ないですニャ。普段ですらそれニャ。これがお酒なんて入ってたら大惨事ニャ。酔っぱらっているせいで痛みを感じず、気づいたらお尻と椅子が固まった血でくっついてたなんて話もあるニャ。これはかつてこんな話があったなんて笑い話じゃなくて、わりと最近、身近に起こる話なのニャ」

「そんなしょちゅうなのか? 日常生活も苦労しそうだが……」

「そこは慣れ……、そういうものという感覚になってしまっているんですニャ。対症療法でポーション使うニャ。だから獣人は必ずポーション持ってるニャ。そんなわけで世界で一番ポーションを消費するのは百獣国。ずばぬけてるニャ」


 百獣国――、確かこの国の西にある獣人の国の通称だ。

 正式名称はベルガミア王国。

 王国領がレイヴァース男爵領である森に隣接していたりする。

 いや、森の西の一部はあっちの領地だったっけ?

 まあ屋敷さえあれば領地などどうでもいい。


「不名誉な話なのニャ。それにポーション代は市民生活圧迫してる由々しき問題でもあるニャ。貧しい者たちは密造された粗悪品のポーションで我慢するしかない状態ニャ。――おまけに!」


 ズダン、とリビラが仕事机を叩く。


「百獣国では()()に喜びを見いだしたアホが徒党を組んで結社とか作ってるニャ! そんでもってその権利を主張し始めているニャ! わけがわかんねえニャ! そんなもん獣人の名誉のために認めるわけにはいかないニャ! 沽券に関わるニャ!」


 そ、それは問題だな……。


「まかり間違ってこんな話が広まった日には百獣国どころか、獣人全体がどんな目で見られるようになるかわかったもんじゃないニャ! だからニャーさま、お願いニャ! ニャーさまのこれなら獣人の闇を払拭できるかもしれないニャ! だから――、だからどうかこれを作って欲しいニャ! お願いニャ――ッ!」


 リビラは必死だ。

 まあ必死にもなるわな。

 おれが獣人に生まれかわっていたら、まずはウォシュレットを作りだしていたことだろう。

 しかし……、意外だ。

 リビラは獣人全体のことを考え、こんなに必死になっておれに訴えてきている。

 おれがリビラをよく理解していなかっただけだろうか。

 頭に血が上ると暴挙に及ぶことや、実は獣人全体のことを気にかけるような視点を持っていること。

 いや、もしかしてずっとダメ猫っぽいふりをしていたのか?

 ちょっと気になるところだが……、今それを詮索するのは交換条件をだしているようでフェアではない。

 もっと仲良くなればいずれリビラから話してくれるかもしれないし、ここは置いておこう。

 まずウォシュレットだ。

 生きていくうえで必ず行う習慣に食い込めるのは、導名を目指すおれにとって非常に良い話である。

 しかも今回は影響があることは最初から確定しているし、対象も獣人族全体なのだから、これはかなりの名声値稼ぎになるだろう。

 むしろおれの方が「是非やらせてください」という話だ。


「メイドの切なる願いをかなえるのも主の役目。わかった。すぐにウォシュレットの開発にとりかかろう」

「ニャーさま! ありがとニャ! ありがとニャァァ!」


 リビラは感極まってか、ひしっと抱きついてくる。


「ニャーに出来ることがあるなら言ってほしいニャ! なんだって頑張るニャ!」

「それについては……、試作品が出来たら試してもらうことになると思うんだが……」

「ニャ。……や、やるニャ。もちろんやるニャ。でもここでそれを言わないで欲しかったニャ」


 抱きついたままリビラが顔を背けて言う。


「ほかにも、みんなにも試してもらうよう説得してもらえると嬉しいんだが……、おれからじゃあちょっと……、な」

「みんな!? ――わ、わかったニャ……、頑張るニャ……」


 かなり意気消沈してしまっているが、これも獣人みんなのため、是非ともリビラには頑張ってもらいたい。


※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/02/03


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― 新着の感想 ―
[一言] “「メイドの切なる願いをかなえるのも主の役目。わかった。すぐにウォシュレットの開発にとりかかろう」” 獣人を救う代わりにメンタルへのダメージが後々増加する事になるレイヴァース卿であった。…
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