第100話 11歳(春)…入学試験・午前の部
校長の挨拶が終了していよいよ入学試験が開始される。
夕方までかけて行われる試験は、よっぽどでなければ入学を認められる緩いものだ。
つまり今日この場に集まった少年少女たちは、入学希望者であると同時に新入生なのである。
魔導学園のように特別な才能を持つ者を育て上げるための機関であれば入学試験は優秀な人材の発掘、もしくは能力不十分な者をふるい落とすために行われるが、冒険者訓練校の場合はクラス分けのための能力審査という性格が強い。
そのクラス分けもある程度の知識・教養・戦闘能力があれば一年修学のAクラス、その他は二年修学のB以降のクラス、というなかなか大雑把なもの。
そしてほとんどの者がBからのクラスになる。
一年修学がAクラスだけですんでしまうのは、冒険者に必要な能力をある程度とはいえ、すでに身につけた子供などそういるわけではないからである。おれやミーネのような環境にいられる子供はごく限られたもので、ほとんどの子供は親の手伝いをして育ち、そして家から追いだされるように社会へ放りだされるのだ。
「あれ? 試験を受けなくていいの?」
校長室――、来客用の椅子に座るミーネが言った。
マグリフ爺さんに校長室へ連れてこられたおれたちは、そこであっさりと試験を免除すると告げられた。
「試験なんぞせんでも結果はわかっとるからの。おまえさんたちにとっては簡単すぎる読み書き計算じゃ。冒険の書を作りあげるような者にとってはただ時間を無駄にさせるだけじゃし、ミーネちゃんについては冒険の書仲間じゃからな、読み書きも、簡単な計算なら暗算くらい出来ることがわかっとる。入学資格どころか、Aクラスの生徒になる資格を充分にみたしておる」
「あのー、わたしも試験受けなくていいんでしょうか?」
マグリフ爺さんと初対面なシアがおずおずと尋ねる。
「ああ、シアちゃんはリセリー殿の手紙でどれくらいの学力があるかわかっとるよ。冒険の書の製作の手伝いができるなら問題なかろう」
爺さんはシアを安心させるようににっこり笑う。
「さて、それでは手紙を読ませてもらうとするかの」
そしてマグリフ爺さんは手紙を読み始めたのだが……、試験免除となった今ではもう手紙の価値があまりなくなっていた。
いや、そもそも今日ここにくる必要があったのかすらも怪しい。
おれの苦労はなんだったのか……。
「じゃあ私はなにがあったのか聞かせてもらうわ」
ミーネは面白いお話を期待しているような目でいる。
べつにそんな面白い話ではないんだが……。
「まあきっかけは――、そこのメイドだ」
と、おれは事のあらましを話し始める。
タトナトの町から出発してしばらくは順調に旅を続けた。
ところがティギー子爵家領――レイヴァース家にしてみればお隣さん――の都市に到着し、ようやく乗合馬車での移動が始まるとなったとき事件は起きた。
「まあシアの見てくれに騙されたアホが、かっ攫おうと絡んできただけの話なんだがな」
「で? で? どうしたの? 雷でバチーンってやっつけたの?」
「いや、そのときおれは乗合馬車の登録に行っててな、宿の手配の方をまかせていたこいつが勝手に叩きのめして衛兵に引き渡してた」
「へぇ……、何人?」
「何人だっけ?」
「確か……、四人でしたね」
斜め上を見あげて思い出しながらシアが答えた。
アホの数などどうでもよすぎて記憶から消えかけていたようだ。
「四人……」
ミーネは呟きながら考えこみ、そして尋ねてくる。
「シアって強いの?」
「強いぞ。少なくともおれよりは」
「へ?」
ミーネがぽかんと間抜け面をさらす。
「雷使ったらどうなの?」
「普通に負けるだろうな」
「ふぅん……」
と唸りながらミーネはシアを見やる。
「お、おおぅ?」
おそらく獲物でも見る目でいるのだろう、ミーネに見つめられてシアが軽く仰け反った。
うむ、良い兆候だ。
うまくいけばミーネのぶちかましをシアに押しつけることができるかもしれない。
「まあいいわ。それでそれからどうなったの?」
シアを見つめるのをやめてミーネが続きを促してくる。
ちょっと戦ってみましょうとか言いだすかと思ったが、まずは話の方が優先らしい。
「その後、宿に子爵の使いがやってきて館に招待された。話をすっとばして子爵の目的だけ言うと、子供を誘拐するアホどもをとっ捕まえるためにおれとシアに囮になってくれって話だった」
子爵の領地内で子供が行方不明になる事件が報告されるようになり、誘拐犯のグループが暗躍していることまでは突き止めた。身代金の要求などは一切無く、おそらくは子供自体が目的――不法奴隷として売りはらうためと推測し、子爵は聖都に聖女の派遣を求めた。
「どうして聖女さまに?」
「聖女ってのは善神の代行者でな、悪党をぶちのめすための人たちなんだ」
「奴隷法を破る悪い奴だから聖女さまを呼ぶの?」
「んー、正確に言うと、奴隷法を破るような悪い奴だからこそ聖女が派遣されるんだ」
「……うん?」
「現在の奴隷法ってのはシャーロットが定めて、聖都の神官たちにその管理をまかせたものだ。シャーロットは聖女に認定されていて、なおかつ善神から祝福を授かった使徒だった。善神と神官の間に位置するすごい人だったわけだ」
まあ善神の祝福ならおれもついてるんだけど。
「そんなシャーロットに任された管理だから、聖都の神官たちはそりゃあ気を使ってるわけだ。にもかかわらずそれを破る輩がいる。それはつまり聖都に、シャーロットに、ひいては善神に喧嘩を売るのと同義だ。そんな奴らを壊滅させるために聖女は派遣される」
それまでおれは聖女を聖母のような女性だと思っていた。
会って行動を共にした結果それは間違いだと気づいた。
聖女は聖都の特殊女コマンドーだった。
見た目は二十歳ほどのきれいなお姉さんだったのに……。
「そんな聖女が到着したところに、これまで尻尾を掴ませなかった誘拐犯の一味をぶちのめした子供が現れた。こりゃいいってことで聖女はその誘拐犯たちを説得して裏切らせ、おれとシアを誘拐した子供ということで、仲間のところへ連れていかせた」
おれとシアは誘拐された子供のふりして誘拐犯のアジトへもぐり込み、ちゃっちゃと叩き潰した。
アホがどれだけ集まろうと〈雷花〉が効くならどうとでもなる。
そこでわかったのはタトナトの町で奴隷商人のボワロからシアを奪い去ろうとしていたゴロツキどもは、実はこの一味の仲間だったということ。つまり誘拐犯たちは四年くらい前からすでに暗躍していたわけで、なかなか根の深い事件だったのだ。
ひとまずアジトを叩き潰して一段落かに思われたが、聖女が情報を引き出した結果、攫った子供を隠しておくアジトが各地に分けられていたことが判明した。
おれとシアは聖女に気にいられてしまい、そのまま連れ回されるハメになった。
これが遅刻の一番の原因である。
「それで最後までつきあったの?」
「おれとしてもシャーロットに喧嘩を売るような奴らをほっとくわけにもいかなかったからなー……」
他にも、その聖女――ティゼリアがおれが持つシャロ様の小像を彫った聖女アレグレッサの御姉様――要するに上司や先輩みたいなものだったので、その縁からのつきあいで、というのもある。
アレグレッサの彫った小像におれが毎日祈りを捧げていることを言うと、ティゼリアは腹を抱えて笑った。
聖女アレグレッサはアレサと呼ばれているようだが、そのアレサが自分の彫った肖像が、シャロ様ゆかりのレイヴァース家の長男に毎日祈りを捧げられると知ったとき、どれほど取り乱すか想像して笑えてしまったようだ。ぜひ君にも見せたかったと、ティゼリアはアレサを連れてこられなかったことを惜しがった。
「いつか聖都に来なさいってめっちゃ誘われたな」
幼い頃、父さんがいつか聖都にお参りに行こうと言いだしたことがあったし、セレスが大きくなったら家族旅行でお出かけしてもいいかもしれない。
おれがミーネにあらましを話し終えると、手紙に目を通していたマグリフが深いため息をついた。
「冒険者になる前からこれとはのぉ……、頼もしいというか、末恐ろしいというか。まああれじゃ、遅刻なんぞ気にせんでいいぞ。もともと試験無しでそのままAクラス入りが決定しておったからの」
「本当に今日に間に合わせる必要なかったとか……、でもまあ入学試験の様子を知ることは二作目に必要だし、意味はあったか」
釈然としないものは残るが無駄ではない。
などと思っていたら――
「あっ、次の話ってどこまでできてるの!?」
さっそくミーネが食いついてきた。
「遊ぶための資料とか、冒険者ギルドの依頼とか、そういうのはなんとか出来た。あとはおれが前の話の続きを作ればひとまず完成ってところだな」
「ほうほう、ではこれからギルドの依頼を試しにちょっとやってみるというのは可能なわけじゃな?」
「え……」
マグリフ爺さんがなんか言いだした。
「あ、わたしもやってみたい!」
「ええ……」
ミーネがそれに賛同する。
その後――、二作目が完成するまで生きていられるかどうかわからないという、冗談なのだろうが笑えないことを言いだすマグリフに押し切られ、おれは冒険の書二作目のGMをやることになった。
「そういえばの、儂のシャーリーはレベル99になったぞ」
「どんだけ遊んだんだよ!?」
※誤字の修正をしました。
2017年4月28日
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/19
※さらにさらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2020/02/02




