クエンティン・イングラム(教え子・伯父)・1
俺は昔から、巻き込まれ体質だ。
いつも誰か、目茶苦茶な奴に巻き込まれて、振り回される。
幼少期は親父のギディオンに、少年時代は妹のグレイスに。
窘めてくれるはずの母は、グレイスが物心つく前に病気で亡くなっていた。歯止めもなく、野放図な家族が我が道を突き進む様に、ただ翻弄される子供時代。お前ら、少しは他人への配慮というものがこの世に存在することを知ってくれ。
学園に入れば、先輩のヒュー・ハンターと後輩のトリスタン・ラングレーという自分勝手な奴ら。
なんなんだ、俺は中間管理職か? しかも教師が一番やりたい放題とはどういうことだ。おい、他の先生たち、なんで見て見ぬふりをしてるんだよ。あの暴走大預言者を止めてくれ。
卒業すれば気の強すぎる嫁に、そして今は我の強い下の娘に。まあ、こっちは自分の責任だから仕方ないんだが。それにしてもどうして俺の周りは、非常識な奴らばかりなんだ。ここまでくると、逆に俺の方がおかしいんじゃないかとすら思えてくる。
特に現在の悩みの種は、下の娘のティルダ。イングラム家には時々この手の人間が出てくるらしい。特別強い魔力を持つ代わり、人格に著しい難を抱えるタイプ。そのせいで、上の二人、特にアーネストには俺と同じ苦労が降りかかってる。まあ、俺ほどじゃねえけどな。俺の妹のグレイスは特に酷かったから。
感情が抑えられず、自分のことしか考えられない。生まれ持った桁違いの魔力を磨く気など、はなからない。ただ欲望のままに、好きなことだけをして生きていく。その尻拭いは大体俺に回った。
頭は悪くないのに、その知恵は、いかに自分の欲望が満たされるかのみの悪知恵に回る。どんなに注意しても、改めようとすら思わない。
だから俺は、バルフォア学園への入学を機に、関わることをやめた。面倒な奴には、近付かないのが一番いい。
なのに学園は学園で、問題児だらけ。俺の考えなどお構いなしに、面倒な奴らばかりが寄ってくる。トリスタンもヒューも、頼むから俺を巻き込むな。なんでいつのまにか、『ザカライア対策会議』の参謀的立ち位置に据えられてんだよ? 俺、関係ないだろう!? お前らが馬鹿なのは俺のせいじゃねえ。なんなんだ? 俺にはトラブルメーカーを引き寄せるフェロモンでも出てんのか?
大体あの人に勝てるわけねえじゃねえか。うちの親父を振り回してたバケモンだぞ? お前らみたいな問題児も、普通に掌の上で転がしてんじゃねーか。
でもまあ、将来どうなるんだと不安しかなかったあの連中が、卒業する頃には、困った個性はそのままでそれなりにモノになってたんだから、その手腕はただスゲエと認めるしかねえんだろうけどな。
ちなみに俺が相談に行ったら、君はそれでもう完成されてるから、まあ頑張れ、と励まされた。なんだ? 俺は一生厄介な連中に振り回される運命だって言ってんのか? 勘弁してくれ。
まあ、この縁も学園を卒業するまでだと我慢してたのに、トリスタンのやつ、グレイスと結婚しやがった。
わけがわからねえ。あいつ絶対グレイス嫌いだろ? なんであんな強硬に結婚進めてんだよ。俺としては、グレイスにはバルフォア学園に入ってもらって、ザカライア先生に矯正されることを期待してたのに。
とりあえず婚約だけしといて、卒業後に結婚でも問題ないはずだろ? なのにトリスタンは、あのタイミングでの結婚を、絶対に譲らなかった。まるで焦ってでもいるみたいに。
直感だけで生きてるような奴だけに、一度決めたらどんなに理屈で反対しても、止めることはできなかった。
お前らどっちも、自分しか見ねえ奴じゃねえか。絶対うまくいくわけねえのに。
案の定、新婚すぐからの別居。グレイスは学園から逃げたいがための早婚という理由があるが、トリスタンの目的が全く分からねえ。そのまま、結婚生活は一年と経たずに終わった。
グレイスが出産で死んだから。
俺が意外だったのは、他人に関心を持たないトリスタンが、生まれた赤ん坊を溺愛していたこと。死んだグレイスには目もくれずに。
まさか、跡継ぎを産ませる道具だったってことか? いや、トリスタンはそういうタイプじゃねえ。その辺は弟たちに押し付けてたはずだ。
でも、そうとしか思えなかった。とはいえ、なんでグレイスなんだ? もっと扱いやすい女はいくらでもいたはずなのに。あいつなら顔と立場だけでも、女なんて選り取り見取りだったろうに。
大嫌いな妹だったが、その辺が釈然としなくて、以後なんとなく、産まれた姪に会う気が起きなかった。
それから数年、噂で聞く姪のグラディスは、絵に描いたようなグレイスコースをたどっていた。好きなことしかしねえ。他人の迷惑を歯牙にもかけねえ。協調性皆無で周りと衝突ばかりする。
しかも王都での教育役のジュリアスは、それを放置してるっていうじゃねえか。トリスタンはともかく、あの常識のある天才すら、グラディスに関してはどうにもおかしい。おまけに親父まで、下手したらトリスタンより足繁く孫に会いに行く始末。内孫の俺の子たちより溺愛してんじゃねーか。おかげで、あいつら僻んじまってるよ。
グラディスってのは、一体何なんだ。
気にはなってたけど、なんかのパーティーで遠くから見かけることがあって、やっぱり会うのはやめといた。見た目があまりにグレイスそのままで、正直関わりたくなかった。
でもそれから更に数年後、王子主催のお茶会で、ティルダがグラディスに関わることになる。
ティルダは、親父に可愛がられていたグラディスが前から気に入らなかった。取り巻きを引き連れていじめにかかったら、逆に泣かされたらしい。
ちなみにこれはアーネストの報告だ。あいつもさすがに俺の息子というべきか、関わるのは嫌で、遠くから観察だけしてたらしい。
悪評通り、気もアクも相当強い娘らしい。中身までグレイスか。やっぱり疎遠にしたほうが利口だな。
ところがこの出会いは、ティルダに劇的な変化をもたらした。
グラディスに言われたことが、余程悔しかったらしい。突然怠惰な生活を改め、徹底したダイエットを始めた。あのどこまでも自分に甘い我儘娘が。
ドレスも自分に似合うデザインにしてほしいと訴えてきたが、女房は一刀両断で切り捨てた。「これからも贅肉が目立つドレスを選び続ける。それが嫌ならとっとと痩せろ」と。似合わない服ばかり選んでたのは、確信犯だったのか。まあ、これも愛する娘のための愛の鞭だ。ティルダは覚悟を決めてますます節制に励んだ。
目標はグラディス。親の欲目で見ても、高望みすぎるだろ。グレイスもそうだったけど、見かけだけは天使級だぞ、あれ。中身は正反対でも。
悪名高い従姉妹との出会いは意外なことに、何を言っても聞かなかった娘にいい影響を及ぼした。




