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誕生

 私は今、猛スピードでラングレー領に向かっていた。5日の行程を、3日で到着する予定で急いでいる。爆走だ。


 去年は忙しくて帰郷をパスした。今年はそうはいかない。

 本当は1か月後に訪れるはずだった計画を前倒しして、緊急に2週間の休暇を取った。3日前、朝目覚めるなり思い立ち、その日のうちに出発という強行軍。スケジュールきつすぎて付いてこれないだろうから、侍女とかお世話係もなし。護衛と御者数名だけ連れて、とにかく身軽に、少数精鋭で飛び出した。


 今は『インパクト』の冬物の新作販売で忙しい時期だけど、ここだけは外すわけにはいかない。


 何故なら、赤ちゃんが生まれるのだ!! トリスタンと、イーニッドの子。私と血を分けた、弟妹!!


 半年くらい前に懐妊を聞いて以来、心待ちにしていた。王都で服やおもちゃを買い漁り、馬車に乗るだけ詰め込んだ。それでもまだ足りないから、あとで送らせないといけない。


 出産予定日は1か月先なんだけど、多分もうすぐになるはず。出産が早まるなんて、予言になるから誰にも言えないけど、きっと私の周りにいる何人かは、私がこの時期に急に動いたことで理由を察してるんだろう。叔父様も大急ぎで準備を整えて送り出してくれたし。


 今日も、朝日が昇って視界が確保できるなり出発した。要所ごとに馬を替え、今日の夕方には到着する予定。

 起きてる間中はとにかく馬車に揺られて、体はきついけど、心は逸る。


 窓から外を見やれば、はるか遠くに、夕暮れに照らされたラングレー城の姿が黙視できた。もう一息だ。

 走っていると、少し先に、城へ向けてゆったりと帰還する騎馬と歩兵の一団が見えた。仕事帰りのトリスタン一行らしい。


「構わず追い越して」


 御者に指示を出し、集団の横をすり抜けていく。馬上のトリスタンとマックスの姿が、真横に流れる景色の中に見えた。追い抜きざま、窓から身を乗り出して声を張り上げる。


「二人とも急いで!!」


 その瞬間、二人の顔つきが変わった。即座に仲間たちから抜け出し、一度追い抜いた私の馬車に馬を並べた。


「先に行ってるぞ!」


 トリスタンは無言で駆け抜けていき、後を追うマックスが一声かけて、私たちを置いて行った。

 トリスタンは、私が生まれた時には間に合わなかったから、何かしら思うところもあったのかもしれない。

 今度は、大丈夫だよ。


 内心で、祈りとも確信ともつかない声をかけた。

 自分のことでドキドキしているのが、不思議な感覚に思える。感情を切り替える癖が、少しずつ変わってきている。

 こういう瞬間にふと自覚する。前のままだったら、きっと何の動揺もしてなかった。どうせ結果は分かっているのだし。

 ああ、でも、悪い気分じゃない。


 もどかしい気持ちのまま、やっと到着した城門をくぐった。可能な限りギリギリの距離まで馬車で乗り付け、止まった瞬間に飛び降りる。


「グラディス様、こちらです」


 待ち受けていた家令に迎えられて、すぐに後に付いていった。


「先程、奥方様の出産が始まったところでございます」


 間に合った! いや、でも、まだ油断はできない。

 足早に歩き続け、待合室代わりの部屋に案内された。トリスタンが、ソファーに座っている。マックスはその横に立っていた。


「お義母さまは?」

「隣の部屋」


 マックスが心配そうに答えた。開け放たれた続き部屋の衝立の向こうを、人が忙しなく行きかっている。


 私は、まずトリスタンの元へ。いつも通り飄々としてるけど、どことなく居心地悪そうにも感じるのは、きっと気のせいじゃない。


「お父様、大丈夫だから」

「グラディス、ありがとう。おかげで今回は、間に合ったよ」


 私を膝に乗せて抱きしめる。


「別にいたって、何かできるわけじゃないんだけどね」

「生まれたら一番に抱き上げて、お義母様に感謝することができるでしょ」

「ああ、君の一番はジュリアスだからなあ」

「やり直せる絶好のチャンスだね」


 今か今かと待ちながら、久し振りの親子の対話をする。トリスタンとこうしてじっくり話し合う機会って、なかなかない。

 マックスはさっきから無言で、室内を落ち着きなく歩き回っていたらしい。大丈夫だよ、赤ちゃんは無事産まれるから。

 ちょっと注意点はあるけどね。


 不意に、赤ちゃんの泣き声が聞こえた。おお、妹の誕生だ!! 心の中で叫ぶ私を抱えたまま、立ち上がったトリスタンが、室内に突入した。マックスも慌てて続く。


「早産ですけど、元気な女の子ですよ」


 助産婦が、布に包まれた小さめの新生児をトリスタンに託した。珍しく、すごく嬉しそう。イーニッドも、一仕事終えてほっとした幸せそうな顔だ。

 でも、もうちょっと頑張って。


 待機してた治癒術師が、母体の傷ついた部分を癒すためイーニッドに近寄る。

 実はこの世界は治癒魔法があるから、妊婦の死亡率は意外と高くない。必要に応じて治癒ができるから、産後の肥立ちが悪いという事態もない。


「待って。まだ早い」


 治癒魔法をかけようとした術師を、すぐに止めた。通常だったら、ここのタイミングでいい。本格的な治癒は胎盤が出てからになるけど、最低限の痛みを魔法で取り除くのは段取り通り。


 逆に何故ここに至るまで手を出せないかと言えば、外部から直接触れる魔力の波動が、胎児に悪影響を及ぼすから。とくに精神に異常をきたす可能性が高まる。だから、出産が終わるまでは魔法での助力が一切できない。グレイスの場合は、出産とほぼ同時に力尽きたせいで、治癒が間に合わなかった。


「え? まさか!?」


 私の行動の意味に気付いたマックスが、素っ頓狂な声を上げた。


 それからすぐに、イーニッドが再び苦しみ出す。

 この世界はエコーとかないから、お腹の中の状態が正確には分からない。胎児の安全のために、魔法も使えない。いざ出産の段で、あらビックリなんてことが、たまにあるんだよね。頑張れ。あと一息だ。


 そして間もなく、もう一人の赤ちゃんが産まれた。私の弟!!


「男女の双子ですね。どちらも元気ですよ」


 助産師がもう一人を、私の手に託した。ザカライア時代に赤ちゃんを抱っこすることもよくあったから、慣れた手つきで受け取る。


「……」


 何だろう、この感じ。私の腕の中の弟と、トリスタンの腕の中の妹を見比べる。さっきから怒涛の勢いで湧き上がる、慣れない感覚。


 隣で妹と弟を覗き込んでいたマックスが、私を見て少し驚いていた。


「お前のそんな嬉しそうな顔、初めて見た」

「……うん。()()()()に生まれて、今が一番嬉しい」


 トリスタンのように、前世のしがらみも何もない。当たり前に生まれた、ただ単純に血の繋がった存在。ずっと一人、根無し草のようでいた私の精神を、この世界に磔のようにして繋ぎ止める、まるで血の楔みたいな……。

 妹弟と一緒に、私も今、生まれたみたい。


 バカみたいだ。今更、遅すぎる実感だな。


 やっと戸惑いなく、この世界の一員になれそうな気がした。

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