バトンタッチ
「悪いんだけど、このペースだと、僕の体力ちょっと持ちそうにない」
目的地に向かう行程は、安全面では順調。木の隙間の向こう側に、もう第二運動場が見え始めたところで、とうとうノアが音を上げた。
いやいや、ここまでよく頑張ってくれたよ。もう一息だよ。
「大丈夫。次の当てはあるから、残りの体力は考えずにあとは全力で行こう! あ、こっちの道から行ってね」
「人遣い荒すぎ!!」
ゼイゼイと文句を言いながらも、私の言葉通りにノアは、ちょっと遠回りになっちゃう細い道へ向けて、最後の力を振り絞ってラストスパートをかけてくれた。
木々の合間から抜け出して、平地の端っこに踏み入った直後、離れた場所で起こった衝撃波に煽られた。
「うわあ!」
ここでは今まさにガイの班が戦闘中。何やらすごい爪を持った魔物がぶっ飛ばされてきて、雪の地面に突き刺さるように叩き込まれたところだ。
その影響で、私たちまで軽く吹っ飛ばされた。
でもノープロブレム、計算ど~~~り!!
即座に私たちに気付いたキアランが、宙に浮いた私を流れるようにキャッチしてくれたのだ。
迷わず、親友より私を選んでくれました。結果は分かってたけどやっぱり超嬉しい! そしてごめんねありがとう君の働きは無駄にしないよ、ノア!!
もちろんこれは、キアランに引き継がれる位置取りとタイミング選びをきっちりした結果。そして今度こそお姫様抱っこだ!
このくらいの役得はいいでしょ!? 一応キアランでないといけないちゃんとした理由もあるし。
「グラディス、大丈夫か!?」
驚きながら私の顔をのぞき込んできたキアランに、即座に進行方向を指し示す。
「このまま第二用具室まで行って!」
返事もせずに、用件だけ言った。
「分かった」
キアランはそれで即座にその意図を理解し、ちらっとノアに視線を送って無事を確認してから、私を抱えたまま駆け出した。
しっかり受け身を取ってから、息切れでダウンしたノアが、大の字になったまま大きく手だけを振って送り出してくれていた。任務完了の清々しさとともに。
ここまでありがと~。あとは任せて!!
「ガイっ、少し抜けるぞ!」
私を保護したから、安全な場所に一時避難させる体で、キアランが戦う仲間たちの横を駆け抜けていった。
「早く戻って来いよっ!」
応じたガイの周りの生徒たちが、え、ちょっと待ってと、軽く絶望の顔をしてた。もうちょっとだから頑張れ!!
「それより、怪我は大丈夫か? 歩けないほどなのか?」
背負われていた状況から察して、キアランが心配してくれる。
「もしかしたら、足首にひびくらい入ってるかもね。だから、早く片付けちゃおう」
「そうだな。今のままでは治療もできない」
あっという間に遠ざかっていく背後の戦闘を視ると、やっぱりキアランの抜けた穴は小さくないみたいだった。
ワンマンチームの連携が途端に崩れだしちゃってて、思わず苦笑する。
いつも阿吽の呼吸で合わせてくれる一族の仲間たちと離れて、キアランの影のコントロールも消えた結果、ガイが悪戦苦闘し始めた。いい気味だ。少しは苦労しろと言っておこう。奴はこのイベントで楽をしすぎてるからね。
ただ、今日一緒になった班員たちはちょっと気の毒かも。まあそっちも、苦労は買ってでもしろってことで。
「ふふふ。キアランのお仲間たちには、ちょっと恨まれちゃったかも」
「今の最優先事項はお前だ。第二用具室というと、魔術妨害の対処だろう? お前のやることが成功すれば、ずっと楽になる」
私を抱えながら、その目的を言い当てて賛同するキアラン。この先は多分、キアランでないと完全な協力は望めない。
「まだ言うのがちょっと早いけど、助けてくれてありがとう」
「ここで、この役割を誰かに譲るわけがない」
「――――」
まったく、もうっ!
そんなきっぱりと言い切られたら、こんな状況なのにまたときめいちゃうじゃないか。イチャイチャはできない代わりに、どさくさ紛れに目いっぱいしがみつく。
でもキアランからしたら、医務室に運び込まれた時の私を思い出しての言葉なんだろうね。あの時は、アーネストに役割がいったから。
「ところで、ちょっとでもやきもち焼いたりした?」
ノアとの会話を思い出して、主語を出さずに唐突に尋ねてみた。ノアにおんぶされてた私について。
もしこちらの見当違いな思い込みだったら、問われた方はきっと意味不明でしかない曖昧な言い方で。
キアランは瞬時に何のことか理解してくれた。
「――ノーコメントだ」
「ふふふ」
「なんで笑うんだ」
予想通りの反応に笑う私に、少し仏頂面で問う。
「答えないことがキアランの答えだなって」
ちゃんと分かってるからねという意味を込めて見つめた私に、キアランはただ苦笑を返した。
やっぱり、親友の意見の方が正しかったわけだね。
さて、やる気も上がったことだし、これからが私の仕事だ。
目的地を前に、気持ちを切り替えた。
キアランが私を抱えたまま、第二用具室に飛び込んだ。
「締め切ると、さすがに暗いな」
「魔道具の照明がないからね」
多めにある明り取りの窓からの薄暗い光だけで、広くはない室内の中央に向けて進んだ。
照明がないのには理由がある。
さすがにキアランやノアクラスになると、学園七不思議第二運動場の怪の、本当の姿を知っている。
それはザカライア時代からすでにあった謎で、第二運動場では、何故か魔術の出力が異常に落ちる、というものだ。
学園敷地内では魔術使用は従来禁止だけど、運動場という性質上、必要に応じて許可されることは多い。今回みたいな学園イベントの際には、全面解禁になることだってある。
そして実体験として、この第二運動場だけは、本当に魔術がうまく扱えなくなると、誰もが言うのだ。
それを利用して、あえてここで魔術訓練をしたり、なんてカリキュラムもあるくらいだ。
キアランの提案で、ガイの班がここら一帯を戦場に選んだのも、実はそのため。どうせ自分たちが魔術が使えないならと、魔物の魔術攻撃の弱体化を期待したわけだ。実際その効果は大きかったようで、一番効率のいい戦闘をしていた。
でもその七不思議は、魔術の使用機会が第二運動場で多いせいで生まれた誤解。
正確には、「第二用具室内部では、一切の魔術が使用できない」――これが事実。
魔力を使ったものは、照明程度の魔道具すら一切作動しない。ここで魔術を使うことがないから、普段は誰も気が付かないだけ。
第二用具室を中心に、その近辺での魔力出力の低下範囲が同心円状に広がっていて、第二運動場はその影響下にある一部に過ぎないというのが真相だ。
第二用具室で起こる謎現象は、セキュリティ上、学園内部でもごく限られた人間しか知らない。しかもその理由が一切解き明かされていないのだ。
ただ、そういう事実があるという認識を持つだけ。
ザカライアの時の私ですら、原因については分からないままだった。
今なら、更に国のトップの数人だけは、理由まで把握している。
私が王城の図書館で発見した二代目大預言者デメトリアの手記に、その点についての記述があったから。
進んだ先のある場所に、何か不思議な違和感を覚えた。
ちょうど、デメトリアの手記が隠されていた場所と同じような。
「何か、奇妙な感覚だ。ガラテア様の隠し部屋と、同じような存在感?」
キアランも同様の感想を口にした。キアランは子供の頃、王城で初代大預言者の作った聖域のような秘密の部屋を発見し、自分にしか入り込めないそこへしばしば出入りしている。私も一回だけお邪魔したことがある。
その場所に足を踏み入れた瞬間、辺りが光に包まれた。
突然足元に空いた亀裂から、どこかに吸い込まれたようなような錯覚。
光が収まれば、王城にあるガラテアの隠し部屋と同種のものだと分かる空間にいた。
「――そうか。こんなすぐ近くにあったんだね」
目の前には、特別な力を放つ青い石が浮かんでいた。
二代目大預言者デメトリアの守護石だ。




