雪中行軍直前
「それにしても、大胆にもほどがあるね」
プロ並みの潜入技術を持つノアが、素直に感嘆する。まさかそっくりな私に成りすまして、学園内で工作活動をしているとは。確かにとんだ力業だ。
「あまりに単純で、逆に思いつきもしなかったな」
キアランも同意する。
「あれはさすがに、腕が鳴るとか言ってる場合じゃねえ。俺は昨日、気付かなかったおかげで、命拾いしたのかもしれねえ」
基本的には力で押すタイプのガイが、面白くなさそうに吐き捨てた。騎士一同の心情を代表したような発言に、マックスたちも表情をゆがめた。
そうなのだ。はっきり言って、あれと遭遇した場合、渡り合える人材が学園内にいない。っていうか、国全体でもトリスタンぐらいじゃないかな。ロクサンナですら、サシでやりあった経験を踏まえた上で、自分では勝てないとはっきり認めてる。
多分相性がいいだろうユーカでも、まだまだ到底実力で及ばない。
そのグレイスが、今度は学園敷地内に入り込んでいる? それも、雪中行軍が三日後に迫ったこの時期に。
もう、いやな予想しか出てこない。
思い出すのは、今年の建国祭の日。森林公園で、特殊な炎系の猫の魔物が召喚された事件。
あの数日前にも、グレイスの姿が弟妹クリスとロレインに目撃されていた。
とするなら今回もあの時同様、召喚の下準備をするための侵入かもしれない。
学園敷地内、特に倉庫含む裏山方面なんかは、放課後は自主トレで開放されていて、生徒の出入りは割とひんぱんにある。グレイスが自由に動き回っても、咎められることはなかったはずだ。まあ、ガイやベルタに目撃されたように、目立ってはいたかもしれないけど。
私が下校してから、すぐに入れ違いで学園に引き返した風を装って侵入した、ってことかな? その辺は記録を調べれば確認できるね。
そして何をしていったかだけど――少なくとも魔術的なことはしてないはずだ。敷地内で魔力が少しでも使われれば、直ちに感知されるから。仮に何か仕掛けられたとするなら、イベント当日に作動する時限式の可能性が高い。その日は、魔術制限がかからないもんな。相変わらず人間側の動向をきっちり調べ上げてる。
「だけど、学園内に魔物は入れねえはずだろ?」
マックスが怪訝そうに、当然の疑問を呈する。学園の結界の厳重さは尋常じゃない。ぐるりと取り囲む外壁は、魔物にとっては鉄壁の防御。――のはずだったんだけど……。私もうっかりしてたわ。
ただ一つ、盲点があった。
ノアも首を捻る。
「そこだよねえ。学園の結界は、どんな小さな魔物の侵入だって許さないはずなのに――あっ」
同意しかけた言葉が止まり、何かを思いついたようにユーカを見た。
その視線の意味を、キアランもすぐさま理解する。
「そうか――例外が一つあったな」
キアランも、ユーカを見ながら呟く。
「え? わ、私が、何か……?」
思わず硬直するユーカに、一斉に視線が集中した。
「なるほど。そういうことね」
「ああ、確かに、例外だな」
ヴァイオラとマックスも、納得がいったように呟いた。
「そういや、こいつも魔物だったな!」
「え!?」
ガイが思い出したように、端的な一言でまとめた。デリカシーのあまりのなさに、ユーカが愕然としてるじゃないか。まあ、事実なんだけど。
この学園の結界は異常に強固で、魔物の排除に関しては王城をも上回るかもしれない。未来の王国を背負う若者たちを集めてるわけだから、そのあたりの備えに抜かりはない。魔物の類は大小問わず、完璧に阻んでくれる。
ただ今年度、その結界のシステムが、一部改められたはずだったのだ。
なぜなら、体に魔物の瘴気を内包した存在であるユーカが入学するから。
元のままの結界だと、多分ユーカは魔物とみなされて、学園内に入れない。その問題をクリアさせるための対処が、入学前になされていたのだ。
保安上の問題で、当然機密扱いの情報だろう。一生徒に過ぎない私も、学園の警備状況なんて知らないけど、ユーカが何事もなく門を出入りできてる時点で気が付くべきだったな。ちょっと考えれば推測できたのに。
まあ、キアランとノアは知ってたようだね。なんでノアまでとは、今更言いませんよ。
「今まで、単に特殊な魔物と認識されてたけど、基本的に、あれはユーカとかなり近い存在なんだろうね。ユーカ仕様に変更された警備システムは、あれにとっても効力を発揮しなかったんだ」
「そうだな。まさか、ユーカのような特殊な存在が他にいるとは思われていなかったからな。誰もそこまで気が回っていなかったのか。すぐに警備を見直す必要があるな」
私の発言に、キアランが補足した。ユーカはそれに、心外とばかりに訴える。
「私、あんな化け物ですか!?」
「化け物じゃないよ。ただの性質」
苦笑混じりに訂正する。実物を目の当たりにしてるから、焦る気持ちもわかるけど。
「どちらも半々持っていて、自分の意志でどちらの立場を選ぶかってだけ。ユーカがユーカであれば、何も問題ないよ」
その説明に少しほっとした様子で、それからまた不思議そうな顔をする。
「じゃあ、トロイさんはどうなんですか? 普通に出入りしてましたよね」
「トロイはあれの瘴気を共有してたとしても、基本的にはこの世界で生まれた普通の人間だったからね。何より、結界技術に関しては相当の腕を持ってたみたいだし、どうとでも小細工できたんじゃない?」
魔物本体ならともかく、瘴気だけを狙い撃ちするような結界なんて、今までニーズがなかったもんなあ。必要性がないから発想自体がない。
もしそんな機能があったら、瘴気で汚染された状態の私や、ガイたち暗示の被害者なんかも弾かれたのかな。でも、魔物討伐に使われた武具とか、身に着けてた物全般も持ち込めないかも。一長一短だな。
「まあ、ものは考えようだよ。ユーカ次第で、今の自分のまま、あのクラスの高みに上れる可能性があるってことだから」
「それは、アガりますね!」
俄然意気込んだユーカの周囲で、マックスを始めとする騎士たちが、それぞれに表情を引き締める。うかうかしてると、あっという間に追い抜かれかねないって危機感で。そこは友達でもライバルだから。こういうのはいいね。実に羨ましい。
それにしても、雪中行軍を前に、グレイスの介入。私の予感が何か起こると警告してたのは、そのせいか。
トロイがやっていた生贄召喚とは逆に、人が大勢いるにぎやかな場所での召喚を実行する傾向があるグレイス。
まさに三日後、この学園敷地内で、雪中行軍が予定されている。
この時期仕掛けに来たというなら、どう考えてもそれが狙いだろうなあ。
当日、また召喚騒動が起きるって未来は確定でいいのかな。
だけど、目撃された場所が第二倉庫方面だったというのが気にかかる。
ついこの前、ベルタがやらかしたあの場所だ。
実はあそこには、学園でも上層部しか知らないちょっとした謎と秘密がある。いわゆる学園七不思議的なやつ? あそこだから、私もあの騒動が起こるのを大目に見たって部分がある。ちょっと特殊な場所。
グレイスの狙いがそこだったとしたら、そうそう思い通りにはいかなかったと思うんだけど、どうだろう?
すでに仕掛けが施されてるとしたら、それを見つけ出すのは骨が折れるかもしれない。
いや、多分私ならできるんだけど、ここは干渉しないほうがいい気がしている。ベルタのやらかしの時と同様に。
だって、これほど学生を鍛えるのに貴重なチャンスなんてそうそうない。ただ潰してしまうのは、あまりにもったいないというもの。
国の後押しの下、最大限の対策が用意されている現状で、最強のグレイスさえ現場から排除できた環境下なら、決して無茶でもない。
私の予感は、いまだに人死にが出るほどの警戒は告げてないし。――まあ、前にファーガスにも言った通り、大変になる未来も揺らがないんだけど、それは、教育する側としてはむしろ望むところだよね。
私のスタンドプレイで、トラブルの種を見付ける傍から残らず摘み取っていくのは、ただの甘やかしだ。生徒の成長する機会を安易に奪ってしまう、悪手であるとすらいえる。
乗り越えられる試練なら、自らの力で立ち向かわせるべきなのだ。本番の時へ向けて。
ということで、私は当日まで静観に徹したい。
その結果起こるだろう騒動は、イベントで用意されたトラップくらいのつもりで、生徒には真剣に挑んでもらおう。さぞ生きた経験が積めることだろう。
もちろん私も、一生徒として、そしてこっそり大預言者としても、春に来るべき本番に臨むつもりで全力を尽くす。
翌日、騎士団と魔導師団から、選りすぐりの精鋭が学園に送り込まれてきた。もちろん学生には、目的は知らされずに。
一応イベント警備の下準備の名目はあったけど、例年にはない人数と大掛かりさに、物々しい雰囲気は隠しきれてなかった。
けれど結局、その後グレイスが現れることはなかった。
こちらの警戒が厳重になったからというより、自分の仕事がすでに終わっているからなんだろうね。召喚まではするけど、後は知らないといういつものスタンス。
時間の猶予の許す限り、徹底して調査がなされたものの、不審な点が発見されることもなく――。
そして、雪中行軍当日を迎えることになる。




