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アンセル・ランドール(教え子・死神の父・1)

「大預言者は前世から逃げる 2」が出ます!!

これも読者様がいればこそ! ありがとうございます。


「君は絵に描いたような優等生だねえ」


 魔導師の名門に生まれ、一族の期待通りに実力を伸ばし、これと言った失敗もなく順調にキャリアを磨き、最短コースで魔導師団長になった私だが、学生時代、ザカライア先生にそんな風に評されたことがある。


 確かに当時の私は、バルフォア学園の中で、学問においても魔導師としても、自他ともに認める文武両道であると自認していたが、先生のその言葉は決して褒めているのではないことだけは伝わった。

 だが意味を尋ねても、答えは与えてもらえなかった。今言っても、理解できないからと。だからその真意は、ずっと不明のままだった。


 それまで特に何かに手こずると言った経験がなかった私にとって、人生で初めて遭遇した困難は子育てと言える。


 待望の跡継ぎは、何を考えているのか理解できない、しばしば奇妙な言語を口走る子供。

 書物などに稀に記される存在――転生者だった。それもどうやらこの世界の者ではなさそうだった。

 本人は隠しているつもりのようだから、できるだけそこには触れずに普通の子供として育てるよう努めたが、やはり扱いは難しく、戸惑うことは多かった。知能は高いものの、転生前の世界への執着があまりに強過ぎるように見えたのだ。

 特に幼いながら執念すら漂わせる魔導の学問への傾倒には空恐ろしいものがあった。彼は、前の世界に何とかして帰ることばかりを考えている。

 私とギネヴィアを両親として慕ってくれてはいるが、どこか越えられない一線のようなものを常に感じていた。


 迷える我が子を導き、家族としての絆を強めるにはどうすればいいのか、悩んでいた時のことだった。

 甥のルーファスが、トロイを学園の特別授業に誘ってきたのは。


 騎士と魔導師の違いはあれど、トロイ同様目指す道へと自分を追い込みすぎるきらいがあったルーファスの見違えた姿を見て、私は期待した。

 ザカライア先生なら、この特殊な事情を抱えた不安定な息子にも道を示してくれるのではないかと。


 やはりその出会いは、期待以上に目覚ましい結果をもたらした。特別授業から帰ってきたトロイは今まで見たこともないほどに歓喜を爆発させていた。

 この笑顔を自分で引き出せなかったことは親として情けないが、息子のそんな姿をようやく見られて心から嬉しかった。


 ――だから、タイミングが悪かった――そう考えるしかない。


 あのまま何事もなくザカライア先生の指導を受けることができていれば、きっとこんな結末を迎えることはなかったのだろうから。


 今日は、ラングレー家に単独で訪問している。

 世間がようやく落ち着き、ほとぼりが冷めた頃を見計らって、クレイトン宰相に問われた。

 グラディス・ラングレー嬢に、謝罪に上がる意思はあるかと。


 迷わず是と答えた。だが私の真意が、ただ謝罪のためでないことは、宰相も承知していただろう。

 息子を失ったあの惨状の場で出会った彼の人物が誰であるのか、理解したためなのだから。


 心に浮かんだのは、かつて先生に評された、()()()の一言。


 私は子供の教育に失敗した。

 掴みどころはないものの宮廷魔導師の職を得た優秀な息子に、安心してしまった。何とか一人前に育て上げられたと、肩の荷を下ろした気分だった。

 実際には、その奥底に隠された闇を、払うことができていなかったのに。――むしろ取り返しがつかないほど深く強大になっていたことすら気が付きもせず。

 本当に大切なことは、優秀さよりも、真っ当であることだった。


 もはや私は道を踏み外した()優等生だ。先生が危惧していたのは、順調な人生を失敗した時、どう乗り越えられるのかということだったのだろうか?

 今や、息子も仕事もキャリアも失い、嘆く妻と二人、ただ途方に暮れるしかない。

 だが、ただ嘆いてばかりではいられない事情ができてしまった。だからこそ、恥を忍んでここにやってきたのだ。


 初めて訪れたラングレー家。

 今私は、案内された応接室で、あの方を待っている。

 激しい緊張と、それ以上の畏れを覚えながら。


 一も二もなくお会いすることを望んだが、一体どんな顔であの方の前に出ればいいのか。

 宰相の仲介ということは、この対面は先生本人の意向と考えていい。


 かつて学園の猛者どもを恐怖のどん底に陥れた恩師の記憶が脳裏に蘇る。

 トロイのしでかしたことには、親として謝罪の言葉もない。いっそどこまでも責めてほしい。

 周囲では、私たちに同情するむきも少なくなく、頭ごなしにはっきり非難してくれる相手がいなかったことも、逆に忸怩たる思いを掻き立てる。

 あの方ならきっと、どこまでも容赦なく痛い現実を突き付けてくれるだろう。それが今の腑抜けた私には、必要なことなのだ。


 簡素なもてなしの準備が終わったところで、絵のように美しい少女が一人でやってきた。前回目の当たりにした取り乱した名残は微塵もなく、悠然と私の前に立つ。


 ああ、この目だ。瞳の色はあの頃と違っても、受ける印象は変わらない。儀式の席でだけ見せた、静かな中にも抑え切れず溢れ出る威厳。普段とのギャップに、うっすらと恐怖すら感じた空気感だ。


 今日は被害者の一少女としてではなく、大預言者として、私の恩師として向き合ってくださるつもりなのだ。


「もういいわ。下がりなさい」


 グラディス嬢は――いや、先生は、言葉少なに人払いをした。テーブルを挟んだ正面に腰を下ろした先生を前に、逆に私は立ち上がる。挨拶と、この機会を設けてくださったことへの謝意を表してから、深く頭を下げた。

 

「この度は、愚息が筆舌に尽くしがたい苦痛を貴女の心身に与えてしまったことを、心よりお詫び致します」

「うん。その謝罪を受け入れよう」


 あっさりと軽い言葉が返り、思わず顔を上げると、そこにはやはり、前世の皮肉気におちゃらける時の表情があった。


「細かい挨拶はいいから、とりあえず座って。君とは、じっくり話したいと思ってた。君もだよね? ジュリアス叔父様の同席を断るのに苦労したんだよ」

「――そ、それは、お手数をおかけしまして……」


 促されるままに、腰を下ろす。もう、先生のペースにはまっている。相変わらず考えが読めない方だ。


「ギネヴィアは連れてこなかったんだね」


 妻のことを気にかけてくださった先生に、気が引けながらも頷く。本来なら夫婦揃ってお詫びに上がるところだ。


「はい。ルーファスから先生のご意向を聞いておりますので、先生のことは話してはおりません。今日も妻には内密に、伺いに上がりました」


 一人の少女として生きていくという先生に、私の一存でこれ以上のしがらみを増やせるものではない。ただでさえ多大なご迷惑をおかけしているのに。


 そこで、ふと自己嫌悪が湧いた。――そうでは、ないだろう?


「いえ、おためごかしな言い訳ですね。それ以上に、正直この再会が妻の救いになるのか、逆に苦しめるのではないかと決断が付かず、結局一人で来てしまっただけです。息子が恩師を殺そうとしたなどと、今の妻に告げていいものかどうかと……」

「うん、それでいいよ。家族のことを一番に考えな」


 あっけらかんと笑う。少しの嫌味も読み取れない大らかさで。

 やはりいくつになっても、先生には敵わない。外見は息子より年下の少女なのに。

 その笑みが、懐かしさを覚える不敵なものに変化する。


「今だけの特別だよ。ザカライアとして向き合うのは」

「はい」


 見た目はこんなにも違う。以前の粗雑さなど微塵も見られない優美な身のこなしの美しい少女。

 今日の再会までは、以前とは中身までも変わってしまったのではないかと感じていたが、こうして向かい合って話してみれば、もう先生にしか見えない。

 何もかもを見透かされているような……。


 思わず深い息を吐いた。


「やはり誤魔化せるものではありませんね。謝罪に伺いながら、私の浅ましい願いを見通していらっしゃる」

「救われたいと思う気持ちは、当たり前のものだよ。そんな風に罪悪感を持つことはない」


 今のままでは、立ち止まったままどこへも動けそうにない。私は、先生に救いを求めに来たのだ。 

 償いきれぬほどのご迷惑をおかけした恩師に縋ろうとするなど、とんだ恥知らずだ。分かっていながら、いかなる非難を浴びようとも、求めずにはいられない。

 答えと、救いを……。そんな資格などないのに。


 そんな魂胆を見透かされ、慰められるほどに情けなくなる。


「いえ、なんと自分勝手な親なんでしょうね。道を踏み外すほどに苦しんだ息子を救ってもやれなかったのに、自分が救われたいなどと」


 そしてその息子と同じ苦しみは、先生も何故か共有しているものだと感じていた。


 あの時の深い嘆き。あれほど動揺した先生の姿を初めて見た。

 最も身近な存在の一人だったコーネリアス王の急死にすら、どこか飄々と対処していたのに。

 いや、思い返せばギディオン公の葬儀の時に見せた悲嘆の姿には通じるものがある。だが、トロイは先生にとって、親友でも身内でもない。前世も今も、ほとんど縁のないただの知人に過ぎないはずだ。


「お聞きしてもよろしいですか? 不思議に思っていたのです」

「お好きにどうぞ」


 返る言葉と態度は相変わらず軽い。だが先生は真剣に、私と向き合ってくれていた。その意を受けて、思い切って疑問を投げかけた。


「何故それほど、先生は息子のことを気にかけてくださるのです? 何故、あの時謝ったのですか? 今も昔も、それほどの関わりはなかったはずです。息子もまた、誰にもこだわらなかったのに、たった一度会ったきりのザカライア先生への執着が異常に強かった」


 大預言者だからという理由では説明がつかないほどに。

 先生は私の質問に、事も無げに答えた。


()()の私もね、トロイやユーカと同じ世界で生きてたからだよ」


 その言葉の意味を理解するのに、数秒を要した。

「大預言者は前世から逃げる」の二巻、カドカワBOOKSより2019年10月10日発売です。

活動報告にも書きましたが、「特別授業に行ってみた」等々数点の追加エピソード、多めに入れられました。

よろしくお願いします!!

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― 新着の感想 ―
[気になる点] すみません、ささいなことかもしれないのですが、気になってしまったので、一言残します。 サブタイトルのことです。今回、括弧書きの中に『死神の父』と入れていらっしゃいますが、トロイ・ランド…
[気になる点] 目次を見ていて、ここで盛大にネタバレしました。 手前のトロイ視点のように**にする気配りがここにもほしかったです・・・泣 [一言] 話は面白くて一気読み中です。完結が待ち遠しい。
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