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クローディア・アヴァロン(後輩予定)

 こんなはずじゃなかった!!!


 一体何が起こっているのだろう? 何を間違った!? 私の常識から大きくはみ出した展開に、何が何だかもうわけが分からない。


 確かに頭に血が上っていたのは認める。でも、どうしてこんなことに!?


 険しい顔をした教師や警備員に連行されながら、自分の何が失策だったのか、必死で考えた。



 父と兄が、要救助者以上の何らかの関わりを、グラディス・ラングレーに持っていることは間違いない。

 それも、公爵である父と、その跡継ぎたる二人を、あれほど動揺させるような、普通ではない何か。


 気が付いた時から、胸の奥に言いようのない憤りが拭い去れなくなった。


 グラディスは、最近通い始めたバルフォア学園の特別授業で、時々見かけることがあった。いつでも有力な取り巻きを引き連れて奔放に振る舞う、派手で軽薄で傍若無人な女。


 貴族の義務である戦闘には目もくれず、商売などに現を抜かす唾棄すべき存在と、元は眼中にもなかった。

 まともに戦えもしないくせに、私のライバルのヴァイオラすら陥落されていて、非常に不愉快ではあったけれど。


 建国祭の騒動の折、闘技場で無力に拉致される姿を目の当たりにした時も、強烈に軽蔑しただけだった。非力な魔導師に、たかがナイフ一本突き付けられただけで、恐怖に身動き一つもできずにいるとは。

 同じ公爵家の者でありながら、なんという惨めさだ。何の努力もせず、放蕩に振る舞ってきたつけを払わされた自業自得だ。トリスタン・ラングレーという偉大過ぎる父を持ったが故の諦めだとしても、言い訳になどならない。


 そんな女が、尊敬する父と兄を毛先ほどでも悩ませている。役立たずどころか有害ですらあるのかと、嫌悪感は増すばかり。


 決め手は、先週の特別授業の日の出来事。

 廊下を進むグラディスを見つけ、離れた場所から観察していたら、進行方向から兄がやって来た。偶然の接触。会話は聞こえずとも、二人の表情ははっきりと見えた。


 廊下で向かい合う兄と、性悪女。一瞬で悟った。

 兄上のお気持ち――そして、それを一顧だにもしない冷血女。


 一瞬で腸が煮えくり返った。逆ならばともかく、全てにおいて優れている次期公爵の兄に対して、一体何様のつもりなのだ。


 二、三の言葉を交わして、別れていく二人。それを見据えながら、胸に怒りが渦巻く私を、不意に青い目が捉えた。

 反射的にしゃがみこんでから、バカな真似をしたと自省する。

 気のせいだ。あんな距離から、一般人が私の気配を察知できるわけがない。兄上ですら、気付かなかったのだから。


 だが、あの女は許さない。身の程を教え込んでやらなければ、この怒りは到底収まらない。


 

 そして行動を起こした結果、何故か今こうして、指導室で厳しい追及と叱責に曝されている。この私が!


 事情聴取の公平性と客観性を保つため、ハリー教官主導の下、5人の学園教師が同席していた。

 少し遅れて校長までやって来た。

 普段から変わらぬ冷徹な眼差しを更に鋭くして、私を見据えてくる。震え上がりそうな視線だが、負けるわけにはいかない。


「待ってください! 確かに攻撃の素振(そぶり)はしました! しかし、合法の範囲です! 私は断じて当てていないし、魔術を使ってもいません!」


 私は正しい! こんな理不尽な冤罪には真っ向から立ち向かう。

 手段は不明だが、あの性悪が何らかの小細工をしたのだ。


「グラディス・ラングレーに嵌められたのです。あの女を調べてください。私は無実です!」


 毅然とした私の訴えに、ハリー教官は冷然と答えた。


「それがどうした」と。


 まるで目の前を、堅牢な城門で閉ざされたかのように、全く聞く耳を持たない。その態度に動揺しながらなおも言い募ろうとするが、けんもほろろに封じられる。


「勘違いしてんじゃねえ。お前だけしか知らない真実なんか、どうでもいいんだよ」


 耳を疑う一言に愕然とする。それが教育者の言葉か? 他の教師に視線で助けを求めても、全員の私を見る目は一様に厳しい。

 嫌な沈黙の中で、教官の冷たい言葉だけが響く。


「重要なのは、あの場での目撃証言と証拠から導き出される客観的な事実のみだ。無論双方偏りなく調べるが、結果としては、お前が非戦闘職の学生に暴力を振るった証拠がはっきりと固まるだけだろう。それが揺るがない事実となる」

「そんな!? 私は殴っていません! あの女の自演です!!」

「それを、お前は証明できるのか?」


 問われて、はっと息を呑んだ。


「あれだけの目があった中で、それを証言するのは、加害者のお前だけなんだぞ? そんなものに何の価値がある」

「そ、それはつまり、先生方も私の証言は正しいと思っているということではないのですか!?」

「個人的な心証なんて、それこそ無意味だ。重要なのは証拠だけだ。そうでなけりゃ、信賞必罰の原則が恣意的な判断に左右されちまう。結果が全てだ。衆人環視の中で、お前が真っ黒だって状況を完璧に作り上げられた時点で、お前は詰んでるんだよ」


 どこまでも無慈悲な現実を突きつけられる。到底受け入れられるものではない。声の震えを抑えられないまま、情けなくも訴える。


「無実と承知で、公爵家の私に、このような道理に合わない仕打ちを……っ」

「校内では身分は関係ねえ。大体相手だって公爵家だろうが。もっともグラディスは自身の才覚だけで、実力が全てのこの学園で一目置かれてるぞ」


 情け容赦もなく否定された。私があんな軽薄な女と、同じどころか、下の扱いだと言うのか……?


 まさかこの学園中、グラディスの支配下にでもあるかのような錯覚すら覚える。私の味方が誰もいない。

 正義が不正に負けるとでも?


 もう頼りになるのは、身内だけ。

 そう思った矢先に、釘を刺された。


「ルーファスにも期待するなよ? 今は午後の授業中だ。教官である以上、校内で私人として振る舞うことは許されん。お前は親が来るまで学園で待機だ」


 無情の警告。なんたる不覚。私の不始末で、お忙しい父上が呼び出されるなんて!!


 ハリー教官は、私を観察しながら苦々し気に呟いた。


「ここ十五年ばかり、腕自慢の騎士学生は、バカになる一方でいけねえな。危機管理も駆け引きも、まるでなってねえんだよ。戦いは腕っぷしだけで決まるもんじゃねえ。お前はグラディスとの勝負に負けたんだよ。完膚なきまでにな」


 認めがたい言葉が、何度も耳の奥に木霊した。

 耳が痛い。狡猾な女狐相手に、膝を屈する可能性など微塵も疑いもしなかった。正々堂々と戦って勝つ姿しか思い描いていなかった。その結果がこのざまか。


 それからすぐ、連絡を受け取った父が慌てて駆け付けてくれた。


 現在父が、王城に出入りして何かの仕事に忙殺されていたのは、あるいは不幸中の幸いだったのだろうか。もし領地に戻っていたとしても、保護責任者として容赦なく呼び付けられていたところだったのだから。


 誇り高い父が一切の弁明をせず、私の非を認めて頭を下げる。父もまた、学園側の見解を当然のように是としていたことに、これまでの価値観が一気に揺らぐ。

 やはり心得違いをしていたのは、私の方だったということなのか?

 

 何よりも、私の不用意な行動の責任を負う父の姿に、叫び出したいほどに心が乱れた。私は何ということをしてしまったのだ。


 グラディスとの衝撃的な接触の直後から、まるで世界が一変してしまったようだ。


 今まで何故、何も考えずに前に足を踏み出す真似ができたのだろう。

 私はどうしようもなく無力だ。何でもできると思っていたのに、現実には自分の尻拭いすらもできないこの体たらく。


 優しく守られた小さな世界で、一人前のつもりで暴れる子供に過ぎなかった。そこから一歩でも出れば、外の世界はこんなにも厳しいことすら知らなかった。


 信じるままに真っすぐ進んできた道が、今は霞んで見える。


 教師たちに囲まれ、打ちひしがれて途方に暮れた私をよそに、話し合いは速やかに進んでいく。入学へ向けての今後の指導方針について――つまりは私への具体的な処分だ。それも決まり、もはや反論もなく無条件に受け入れて、試練の時間は終わった。


「グラディス嬢への謝罪をしたいのですが」


 ところが、まだ解放とはいかなかった。父の言葉に、絶望が心にのしかかる。私の失態のせいで、その元凶に対して、この上にも父に屈辱を与えてしまうことになるのか。


「必要ありません。本来はその予定でしたが、グラディスはそれには及ばないと断りましたので」

「――そうですか……」


 父は、それ以上は口を開かなかった。どこか不自然だ。――こんなけじめのない曖昧な決着を良しとする人だっただろうか?

 あの女にしても、何故謝罪を断ったのだ。私の自尊心を根こそぎ踏みにじって決定的な敗北を与えるチャンスなのに。


「まだ成人前だから、これ以上の理不尽を呑ませるのは勘弁してやる、と言ったところでしょう」


 私の内心を的確に読んだ校長が、疑問の答えをくれた。

 納得できず、思わず食って掛かりそうになる。


「そんなに、甘い人物ですか?」

「その答えは、君次第です。いずれ分かるでしょう。これまでの行いをよく内省し、今回の一連の出来事を今後に生かしなさい。一度立ち止まることは、悪いことではない。じっくりと考え、大いに悩みなさい」


 無表情の警告を受けながら、この校長は見た目ほどには怖い人でないのかもしれないと不意に思った。

 退出の間際、しみじみと言われた。

 

「グラディスが完璧に無傷だったことを、君は感謝するべきですね。不条理な敗北を、安全に教えてくれる存在など、なかなかいませんよ。実に幸運だ」


 ハリー教官を含む何人かの教師が、わずかに視線を逸らした。まるで噴き出すのを堪えているよう? ――いや、過敏になり過ぎか。可笑しいことなど何も言っていない。

 隣の父は片手で額を覆い、深々と嘆息していた。


 一体何なのだ、この異様な空気は。これは絶対に勘違いではない。


 諭されて、とっさに反発心が湧くが、同時に別の感情を覚えてもいた。

 何かがおかしい。何なのだ、あの女は。まるで何もかもが、あの白く美しい掌の上で操られているかのようだ。

 無傷だったことに、感謝? アーネストに完璧に受け止められることまで計算尽くだったかのような言い草だ。いくら何でも、偶然に決まっている――はずだ……。いや、まさか……。


 ともかく、父上と兄上だけではなかった。

 校長も教官も、先生方にすら及んでいるかのごとき謎の影響力。あの女の異常な行動については、誰もがあえて触れずにいるとしか思えない。触らぬ神に祟りなしとでも言うように。


 私は、何か触れてはいけないものに、手を伸ばしてしまったのではないだろうか――? 身の程知らずは、私だったのか?


 得体のしれない不気味さをじわじわと覚え、思わず身を震わせた。私の知らなかった戦い方がある。

 数ヵ月後の入学を楽しみにしていたのに、今は底知れない恐怖すら感じる。


 心を入れ替え、覚悟を決めて、備えねばならない。

 あの非常識な嵐に、次こそは吹き飛ばされないように。

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