視線
冬になり、学園生活もすっかり元通りに落ち着いた。
でも、一つだけ気掛かりが残っている。
仲間たちとは登校初日から、お互いの無事を喜び合ったのに、いまだにルーファスだけ、あの事件以来まともな接触を持てていないのだ。
私の元気な姿は学園で見せてるものの、心配させちゃったまま放置に近い現状。
取り乱した私に、真っ先に「あなたのせいじゃない」と言ってくれたのも彼だった。
礼状を送ったきりで、私の救出に参加までしてくれた相手をスルーの状態は、どうにも収まりが悪い。
会う名目も機会もないおっさんたちならしょうがないんだけど、なまじ学園で顔を合わせてるだけに、お礼くらい直接言っておきたいのに、なかなかきっかけが掴めない。
私の誘拐事件はなかったことになってるから、人目のある場所でうっかりしたことも言えないし。
どうしたもんかと思ってたところ、たまたま廊下で出会ったタイミングで、ルーファスの方から私に声をかけてきた。普段の関わりは薄くとも、入学して半年以上も経ってるし、それなりに世間話をするくらいはおかしくない。
軽い挨拶の後に話題を切り出してくる。
「最近マクシミリアンに精彩が欠けているように見えるが、何か心当たりはあるか?」
おお、うまい! 受け持ちの生徒を気にかける良い教官だ! 姿を見かけてわざわざ歩み寄っていくほどの関係性でないなりに、会話のきっかけが実に自然ですよ!!
ルーファスの場合は、将来の公爵という立場の上、実力・容姿・性格と何拍子も揃ってるもんだから、超目立つ。騎士団から学園への出向という状況でなかったら、一般学生なんて本来口もきけない相手だ。
狙ってる肉食女子も当然多く、一挙手一投足まで注目を浴びてて油断ができないのだ。
今もあちこちからの視線を感じる。
さりげなさに感心しながら、私も姉として当たり障りのない受け答えをした。
「難しい年頃なんでしょう。それほど心配はいりませんわ」
普通に教師と生徒らしいやり取りを心掛けつつ、適当にはぐらかす。まさか私にフラれたせいかもねとも言えんしね。
「君も少し前伏せっていたそうだが、体調はもういいのか?」
ついでのように、私のことにも触れてきた。こっちが本題なんだろうけど。やっぱりルーファスも、区切りの悪さは感じてたみたいだね。
前にプロポーズをはっきり断った後からも、変わらずに私を大切に思ってくれている気持ちが伝わってくる。
「はい、もうすっかり。先日はご助言いただいてありがとうございます」
やっとちゃんとお礼が言えた。「自分を責めないで」と、自分も辛い中で言ってくれたその気持ちに感謝し、心配しないでねと気持ちを込めた。
ルーファスはかすかに目を見張った後、穏やかに微笑んだ。
「そうか、よかった」
短い一言が返る。多くの言葉はいらない。それで本心は伝え合えたから。
それで会話を切り上げ、また軽く挨拶してお互いの向かう先へと別れた。
そして別の関心事に意識を向ける。
実は、さっきふと気が付いたことがあった。
集中して浴びせかけられる視線の中で、ルーファスにすら察知させないほど、非常に巧妙に隠されていた気配。
それでいて他の視線より遥かに強く熱く、何より明確な敵意が含まれていた。
あまりに見事な隠蔽っぷりのため、かえって私の興味を引いたのが何とも皮肉なとこだけど。
歩きながら、窓ガラスの外を見上げた。中庭を挟んだ向こう側の校舎の一階上の通路。
窓際でこちらを熱い視線で射る少女に、嫣然と笑いかけた。
目が合った途端、あからさまにぎょっとされる。反射的にしゃがみ込んで、その姿が窓から消えた。
こらこら、それじゃバレるでしょ。ちゃんと隠したいなら、しれっと会釈くらいしてとぼけるもんだよ。
多分特別授業の未成年者だろう。後期になると、入学が義務で決定してる貴族の子弟の特別授業への参加が増えてくる。来年度の学園生活に向けて、体験入学のようなものだ。
初めて見た顔だけど、誰かは瞬時に分かった。才能も能力も一級品なわけだ。
遠くて瞳の色は見えなかったけど、輝く金髪が印象的な美少女。うん、お兄さんによく似た正統派の美形だね。
面識はなくとも、名前くらいは知ってる。
クローディア・アヴァロン。ルーファスの妹だ。
聞いた話では、アヴァロン直系に相応しい強力な騎士らしい。今まで領地でバリバリ鍛えていたけど、そろそろ王都に上がって入学準備を始めてるってとこかな。
それにしても、私に対する意識が、到底初対面の相手へのものじゃなかったなあ。
まして、先輩でも、お兄ちゃんのただの教え子に対するものでも。
普通に通路で立ち話してただけなのに、なんか尋常じゃない怒りを感じた。
何の情報に基づいてか知らないけど、私に対しての悪い感情を拗らせちゃってるご様子。
近いうち確実にケンカを売られるね。
ふふふ、私に因縁とか吹っ掛けてくる奴ってなかなかいないから、楽しみに待っとこう。
学園外はガチで護衛が付いてて、下手に絡んだら普通に通報案件になっちゃうから、こういうお楽しみはここでしかないんだよね。
何しろトリスタンと叔父様の溺愛ぶりはすでに知らない国民はいないレベルで、グラディス・ラングレーにうっかり突っかかろうものなら恐ろしい結末を招くことになると、半ば本気で囁かれる始末。どんな都市伝説だ。
いくら何でもそこまでオトナ気なくないよ――ね、多分?
……いや、でも、公爵家のメンツとか、再犯防止の見せしめ効果とか考えれば、何もしないでいてくれるかなあ? ちょっと、自信をもってないとは言い切れない。
たかだか学生同士の小競り合いとして大目に見たとしても、将来就職活動には苦労したり、実家の経済活動が不利益を被ったりくらいする可能性はある? ――やっぱタチ悪いな。
とにかくバックが恐ろしいから、私とやり合うなら、狙い目はやっぱり学園内。ここでのいざこざだったら、本人の采配が問われるところで、大人の横槍は許されない。それは貴族ほど名誉にかけて守るべき暗黙の了解。
それがなければそもそも、学園内では身分差を考慮しないなんて、ただのお題目になっちゃうし。法に触れない限りは、ノーサイドが学園の理念。
だから戦闘職同士の拳の語り合い程度なら、割と大目に見られてたりする。脳筋学園サイコー!
勝手な魔力使用の禁止とか、いくつかのルールはあるけど、完全実力主義という、ある意味一般社会のルールから外れた特殊な環境の下で、どれだけの名勝負が生まれたことか。
トリスタンとヒューのメロンパン争奪戦は職員室の語り草だった。公爵様たちの若気の至りのレベルがすごいぞ! ちなみに戦ってる隙に、クエンティンが食べてた。絶対普段の意趣返し。あいつ、意外とそういうとこあるんだ。だからあのバカどもに付き合えてたんだろうけど。
ともかく騎士学生同士の決闘の観戦は、教師時代、私の二大娯楽の一つだったのだ。
もちろんもう一つは、学生たちの恋愛模様の鑑賞。
でも、せっかく学内だったら私にケンカを売れるのに、今までこれといった被害を受けたことはなかった。
何しろ身近には、公爵家跡継ぎの弟、従兄、友達がいて、更には王子やら宰相の孫までいる。最近はダークホースの異世界人も。その他強力な戦闘職のパーティーの仲間。
いくら身分は関係ないと言っても、実力だって上位陣だし、これはちょっかい出したらめんどくさいと敬遠されるのも仕方ない。人脈も立派な武器の一つなのだ。
それを押してまで挑んでくる気概があるなら、なかなかの有望株。賢いかどうかは別にして、怖いもの知らずは嫌いじゃない。むしろ馬鹿が好きだ。来たら、めいっぱい遊んであげるぞ。
ただしやる以上はきっちり迎え撃つけどね。持ってる武器は全部使って。
わくわくしながら、すでに衝突は決定事項として、反撃のプランを思いめぐらしつつ教室に戻った。
「――悪いことを企んでいる顔をしている」
私を見るなり、何故か微妙な表情になったキアランに、いきなり指摘された。
チッ、チガウヨ、ワタシワルクナイヨッ!
子ウサギちゃんが相手でも全力を尽くすだけ!!




