出迎え
私の帰宅で、屋敷内が一気に騒がしくなった。
門をくぐって数歩も歩かないうちに、マックスが真っ先に駆け付けて来た。
「グラディス!」
無事な姿を噛みしめるように、強く抱きしめられる。
さすがに出迎えが早過ぎる。もしかしなくても、ずっと全方位の気配を探りながら待ってたのか。
マックスだって今日は朝から大変だったはずなのに。やっぱりできるだけ早く戻ってきてよかった。
「心配かけてごめんね。この通り、怪我もないし大丈夫だから」
ハグを返して安心させようとする私を、マックスは離さないままで呟く。
「怪我がないからって、傷ついてないわけじゃないだろ」
「マックス……」
――ああ、そうか。
発見直後の私の様子は、きっと結構なショックを与えてたんだなと、マックスの態度で初めて気が付く。
我ながら随分ひどい状態だった。見た目以上に、精神的に。
トロイの遺体に取りすがって嘆いて、感情の整理も付かないまま支離滅裂にアンセルたちに謝って……今思い返せば、大分取り乱してた。
あの状況に救助で駆け付けたら、さぞ困惑したことだろう。
血の海で死亡した犯人と、泣き崩れる被害者――よく考えたら、正当防衛で私が殺したとか、普通に思われてそうだ。
あんな姿を人に見せたことなんて、今までなかった。子供の頃から強気な私が当たり前だっただけに、マックスが余計に動揺するのは無理もない。
なにしろキアランにすら、とっさに入水を疑わせたくらいだし。
「うん、ちょっと辛いけど、大丈夫だよ。ちゃんと耐えられるし、乗り越えられる」
ぎゅっと強く抱きしめ返す。無理はしてない。
ほんの一時間前だったら、とても言えなかったセリフだけど、もう前を向けている。たとえ胸は痛んでも。
「助けに来てくれて、ありがとうね、マックス」
お礼を言ってから、気分を切り替え、その背中をわざとばしっと叩いた。
「ほら、苦しいでしょ! ホントに大丈夫だから、あんたに絞め殺される前に放して!」
マックスが不満そうに見下ろしてくる。
「――もうちょっとサービスはないのか? 俺、結構頑張ったんだけど」
「じゃあ、他の頑張ってくれた人たちにも同じだけのサービスをしないとね」
「――オッサンたちもだけど、あいつらはもっとムカつく」
いつもの調子のやり取りで、マックスが渋々離れた。
あいつらって、多分キアランと、あとはルーファスのことかな?
カッサンドラに呼ばれる直前、自責の念に駆られた私をなだめるルーファスの印象は、単に教師と生徒って感じには見えなかっただろう。ただでさえ騎士としては格上のライバルだし、対抗心は仕方ない。
まあ、それはともかく、キアランのことはちゃんと言わなきゃだね。
「――なあ、お前……」
私が口を開きかけたところで、先にマックスが、どこか複雑な顔つきで何かを言いかける。
「お嬢様!!」
ちょうどそこに、使用人たちがバタバタ集まり出してきた。
「お嬢様! お帰りなさいませ!」
「まあ、なんてお姿! よくぞご無事で!」
「お怪我はございませんか!?」
私を取り囲んで、目を潤ませながら口々に喜んでくれる。
「お嬢様、さぞお疲れでしょう。湯殿でもお食事でも、すぐにご用意できます」
ザラが抜かりなく用意していた大き目のショールで、ひどい恰好の私を包んで結んでくれた。
「うん、みんなも、心配させてごめんね。もう大丈夫だから」
この人たちに、自らの手で危害を加えるようなことにならなくてよかったと、改めて痛切に思う。あの時のトロイは、脅しではなくて本気だったから。
更には、トロイを心の底から憎むようなことにもならなくて――。
私への完全な洗脳を阻止してくれたキアランには、感謝してもしきれない。
「さあ、行きましょう。お父様と叔父様にも無事な姿を見せたいわ」
笑顔でみんなに応じてから、玄関へと歩き出した。
「ほら、マックスも」
「――ああ」
マックスとの話は、もう少し落ち着いて、二人きりになってからにしよう。
「叔父様、ただいま戻りました!」
玄関先で待っていてくれた叔父様に、勢いよく飛びつく。よく馴染んだ感触に、ようやく家に戻れた実感がこみ上げてきた。
「お帰り、グラディス。一人でよく頑張ったね。君が無事なら、それ以上のことはないよ」
私がお礼と謝罪を口にする前に、優しく受け止めて笑顔で労ってくれる。
大変なことなんて何もありませんでしたよと言わんばかりの、この大人の余裕。
でも後でまた、叔父様のやり過ぎ情報を、新聞とかから知らされそうな気がしないでもない。普段は常識人なのに、トリスタンと組み合わさると何故か悪い方向に化学変化を起こすことがある人だからなあ。
「今回の件の後始末はこちらで全部しておくから、今日明日くらいはゆっくりと休むといい」
私の背中を支えるように扉を通り抜けながら、叔父様は私の気掛かりを早速解消してくれた。
本当は何日でも休め、と言いたいところだろうに、長くはじっとしてられない私の性分をよく分かった上で、妥協したとこを突いてくる。さすがジュリアス叔父様。
「ただ君が、どうしても調査に協力したいと言うなら、宰相一人だけ、我が家への訪問を許可するよ」
――おおう、三下の調査官はシャットアウトで、いきなり宰相を自宅に呼び付ける感じですか、叔父様。ラングレー家の強権ここに極まれりですね。
確かに誘拐されて以降の顛末は、もう私にしか報告できない。公表するしないに関わらず、事件の詳細は調査されるべきだし、被害者としての立場からできるだけの協力はするつもりだった。
他の関係者はみんな、改めて明日にも王城に呼び出されて、色々な事後処理に追われるらしいのに、ほぼ渦中にあった私が行かなくて済むように、手を打ってくれるのはありがたい。これ以上この件で目立ちたくなかったから。
今後のことで、相談や伝えたいこともいろいろあるし、アイザックとだけ話し合える機会なんてそうそうない。
ただ、アイザック一人が私の調査に来るように取り計らうってことは……。
普通なら怖い宰相に押しかけられる方が、気を使って有難迷惑な状況なのに、それが私にとって負担がない方法だと分かってる。それはつまり……。
まあ、叔父様が私のことを理解して、一番いいようにしてくれてるのは、昔からか。あまり深く掘り下げなくていいや。
「ありがとうございます、叔父様。それでお願いします」
「――分かった。そう連絡しよう」
休息そっちのけの私を案じながらも、叔父様は穏やかに頷いてくれた。
うじうじ引きこもってるほうがキツイ。少しでも早い方が、調べる側も助かるだろうし、私も動いてる方が気がまぎれる。そういう性分を理解してくれてることに感謝だ。
それから、トリスタンの元へと向かう。
着替えもせず、玄関ホールのソファーでずっと私の帰宅を待っててくれたみたいだ。一杯やりながら。――実際には何杯……というか、何本目か分からないけど。
「ただいま、お父様」
「ああ、お帰り、グラディス」
そう言われた直後には、またいつの間にかトリスタンのお膝の上に抱えられていた。
「一緒にどうだ?」
こちらも、何事もなかったように、グラスを揺らして訊いてくる。
らしくないけど、トリスタンなりの気遣いだなと、なんだか笑えた。私は一口でも飲めば、思考を手放せるからね。
教え子たちにも大分情けないとこ見せちゃったな。ちょっと気恥しい。
きっとジェロームとアンセルにも、正体はバレた。
まああのザカライア先生も、人間だったってことですよ。っていうか、誰が何と言おうと、今は思春期真っ盛りの繊細な十六歳の女の子だからね!
「うん、また後にしとく。お父様も、色々とありがとう」
ぎゅっと抱き着いてから、断って立ち上がった。アルコールに逃げる気はない。
「今日はもう、お風呂だけ入ってゆっくり休むね」
「――ああ、それがいい」
笑顔で同意して、トリスタンはグラスの残りを一気に呷った。




