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逃走中

 頭の中で何パターンものシミュレーションを繰り返し、ごく短時間で数分先の未来の結果を見つけ出す。


 ああ~~~、イヤだけどやらないと先が続かない。こんなんばっかだな、もう!


 決断してから覚悟を決める。選び取ったビジョンに従って、コースとタイミングを計る。

 それから拾った拳大の石を、森の奥の茂みに投擲した。


 あとは後ろも見ずに、目的の場所に向けて一目散に走り出す。石を投げた方向から、ガサガサと私に迫る音が聞こえる。


 脳内では、私の存在に気付いて疾走する巨大ネズミのビジョンが絶賛上映中だ。これだけデカイと全然可愛くない。


「何やってんの?」


 トロイは面白そうに、文字通り木の上から高みの見物を決め込んでいた。


 好きでやってんじゃね~!!


 先が読めてたって、怖いものは怖い。

 巨大ネズミの姿が目視の距離に近付いた瞬間は、ぎゃ~~~っと内心で悲鳴を上げた。実際に上げたら無駄に刺激するから、声も出せないけど。


 私の姿を見つけると、ネズミまっしぐらだ。明らかに食べる気満々。


 超こえ~~~~っ!!!


 あとはとにかく脱兎のごとく逃げる。


 タイミングを調整するため、必死で走力を抑えないといけないのが逆につらい。心情的には可能な限りの最高速度で逃げたいのに、早すぎてもダメなんだよ、もう。


 騎士なんかは、ザコ魔物とか実に簡単そうに倒してるように見える。けど、少々鍛えたところで、一般人にはマグレなんてない。

 たった一頭でも、私なんかが追い付かれたら即終了。


 クマとかゾウとかカバとか普通の動物だって無理なのに、魔物ともなると、魔法だの触手だの謎の飛び道具だのと、固有の特殊能力まで持ってるんだから、反則だろと言いたいわ。

 魔導師の魔術ですら、倒しきれない奴がザラにいるくらいなんだし。だからこそこの国では、圧倒的な攻撃力でとどめを確実に刺せる騎士がエース扱いになる。


 とにかく今は脇目も振らず走りながら、脳内ビジョンで、コース、速度、タイミングを計った。

 ネズミの猛追にあっという間に距離を詰められるのも、ひたすら恐怖だけど計算のうち。


 追いつかれる寸前、ネズミが獲物の私を捕獲するため、体当たりで飛び掛かってくる。


 きゃ~~~~~~今だ! でもマジでこわっ!!!


 間一髪、つまずくように倒れ伏した私の頭上を、捕食者が勢い余って飛び越えていく。

 そしてそのまま、数百匹の毒蛾の密集地帯に、豪快に飛び込んだ。


 羽一枚が団扇くらいある、毒々しい柄のやつが、一斉に飛び上がる。耳に突き刺さる甲高い警告音を上げながら、突然の乱入者を怒涛の勢いで取り囲み始めた。


 毛虫は無理でも成虫なら問題ないぞ。幼虫(コドモ)が煩わせてくれる分の責任は親が取ってくれ!


 何とかやり切ったとほっとする余裕すらない。息を吐く間もなく起き上がり、ネズミの断末魔を背後に、その場を離脱した。

 

 にわかに始まった騒動で、近辺の魔物の移動がいくらか生じている。

 その辺りの未来分付図もしっかり把握しながら、更に手薄になったコースを選んでいく。


 そんな感じのことを、状況に応じてその都度、何度か繰り返していった。地形や自然、魔物自体を利用しながら、私でもできる範囲の抵抗で、逃走を続ける。


「あはははは、さすが先生! まったく初めての場所で何の準備もなくよくそこまでできるよね! ああ、ビールとかほしいなあ」


 ずっと間近で観戦しているトロイが、いっそ陽気な調子で笑った。ちくしょう、野球場じゃねえぞ! ザカライア時代は浴びるように呑んだけど、この世界にもビールに近いものはある。今世は楽しめなくて断腸の思いだ。


 もちろんそんなおしゃべりに応じてる場合じゃなかった。


 走り去る私の背後で、ちょうど牛みたいなイノシシが、岩に鼻から激突したところだ。異常に鋭い牙を突き刺したままでもがいている。

 続くもう一匹は、蔦を結ぶだけの簡単な罠を、ものともせず引き千切った。けれど微妙につんのめって、更に一歩先で待ち受ける二つ目の同じ罠で、盛大にバランスを崩した。その巨体を、先のとがった倒木が迎え撃つ。


 囮になって、わざと二匹の猪突猛進を促した時は、結果が分かってても肝が冷えた。時間も余裕もないから、ありものを利用しつつ、私自身で誘い込むしかない。せめてナイフの一本もあればもっとやれるのに!


 昔取った杵柄と言うべきか、学園のイベント関係で、ブービートラップ製作にハマってた経験がこんなところで活きるとは。

 散々引っかかってくれた生徒諸君の犠牲は無駄じゃなかったぞ! それにしても逃げながら罠作りとか、私は一体どこの帰還兵なのか。


 とはいえ、森を彷徨うように逃げ続けて、すでに時間の感覚がなくなっている。一時間以上二時間未満ってとこか?


 もう全身切り傷だらけで、息が上がってきている。普通のランニングと違って、常に死と隣り合わせの状態で繰り返されるダッシュアンドストップ。体力もだけど、それ以上に精神の消耗が激しい。

 

「は~い、カウント入りま~す30、29、28、27……」


 息を整えるために、物陰で足を止めると、すかさずトロイがカウントダウンを始める。


 落ち着け、腹も立てるな。29秒は休めるってことだ。

 制限時間いっぱいまで使い切り、1が聞こえる直前にまた足を動かす。とんだ棋士気分だな。


 逃げながら、じりじりと追い詰められていっているのを感じる。


 ヤバイ。もう、長くは走れない。逃走経路の選択肢が、どんどん減っていってる。

 諦めるつもりは微塵もないけど、確実に削られている。


 でも焦りを感じる一方で、逃げながら確信したことがあった。


 この樹林――さっきから異常にクリアな状態で見通すことができる。

 トロイの――つまりは異世界側の影響が色濃く出ていて、本来私の予言能力とは相性が悪い環境のはずなのに。


 最近、自分の能力が上がったのかと思ったことがあったけど、少し違ったみたいだ。


 この数か月、不本意ながらトロイからすこしずつ黒い瘴気を送りこまれてきた。そのせいで、本来対極にあるはずだった彼らに関わるものの察知がしやすくなっている気がする。


 要は、ユーカが協力すると、予言の儀式の成功率が上がるのと同じ現象。さすがに魔物から仲間認定されるまではいかないけど。

 とにかく今日一気に仕上げをかけられたせいで、更に強まったっぽい。


 今逃げる分には都合がいいとしても、長期的にはあまりいい状態とは言えなさそうだ。

 魔物サイドに近付いたってことは、逆に本来の予言能力が下がったってことになるんじゃないの?

 今のコンディションで、もし身内の救助が近付いてきたとしても、気付けるのか確信が持てない。


 それとも、少しでも敵側の情報が得やすくなるなら、利点と捉えるべき?


 とにかく考えるのは、これが終わってからか。


 ホントに心身ともに厳しくなってきた。

 これだけキツイと、一周目で経験した、地獄の十人組手とか思い出すな。たったの十人が果てしなく遠かった。

 転生以降、こんなに追い込まれることがあるとは。一応お嬢様なのに。


 でもどんなに遠くても、終わりは確実にやってくる。諦めさえしなければ。あの時のように、ほんの30分後の解放された自分を想像して、今を頑張るんだ。


 ――ところでコレ、あと30分ですむかなあとか、考えちゃいけないんだよなあ。

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