フジー・ユーカ(召喚された日本人・親友・クラスメート)・2
私を片手に抱えて、多分そのまま後ろに跳んで逃げようとしてたマックス君の動きが、ピタリと止まった。
恐る恐る顔を見上げたら、信じられないものを目の当たりにしたように、私の背後を凝視している。
「わあっ!」
私も後ろを振り向いて、さすがにビックリした。
目の前30センチくらいのところが燃えてる!!
「火事!?」
反射的にマックス君にぶち当たる勢いで身を引いた。びくともせず支えられる。
その腕に何となく落ち着きを取り戻して、改めてよく周囲の状況を観察してみた。
うわ、大きい! これ、魔物だ!
私の鼻先に、燃え盛る巨大な何かがいる。みんなで取り囲んで超巨大キャンプファイヤーやってるわけじゃないよね。
距離が近過ぎて全体像がよく分からないけど、獣っぽい。長い尻尾が見えるから、ネコかな?
私に振り上げた前足を、ピタリと止めて、私を見つめている。驚いたけど、特に怖さは感じなかった。
その一瞬の間で、柵の外側を取り囲んでいた騎士の人が距離を詰めて来た。炎ギリギリまで寄って、至近距離から、みんなで一斉に何かの魔法をぶつけだす。
さっきまで自然体だったネコから、激しく膨れ上がった苛立ちが伝わってくる。動けなくなったせいだ。結界か何かに捕らえられたのかな?
「ちょっと、助かったけど一体どうなってるの!?」
結界を展開している騎士の一人、すごくきれいな女の人が叫んだ。あ、隣にヴァイオラ! じゃあ、自慢のオバサマだ。よく見たら学園の先輩たちとルーファス先生もいる。あとは囲いの周りに、へばったように座り込んでる騎士と魔導師の人たちが何人か。
「おい、ユーカ? お前、何かやったのか!?」
マックス君の声に振り向き、首を捻る。
「――さあ?」
これ、本当にどういう状況だろう? もっと激しい攻撃の応酬とか、戦争的な感じのスゴイ現場を想像してたのに、逆に動きがないというか……膠着状態になった綱引きみたい。
「こいつ、なんで攻撃をやめたんだ……?」
後ろから片手で私のお腹に手を回していつでも逃げられるように引き寄せながら、マックス君が油断なく前を睨む。
ええっ、あ、そうか。ちょうどマックス君が攻撃される寸前だったんだ。
確かにマックスだけを目指して跳んでとは言われたけど……いくらなんでもこんなギリギリだったなんて聞いてないよ、グラディス!
あ、でも、こんな時だけど、グラディスみたいにかばってもらえて、ちょっと役得かも。やっぱりありがとう、グラディス。
「私、魔物には敵と認識されない体質なんです。むしろ同類、的な?」
「――えっ!? ……ああ、そういえば、バトルロイヤルの時は、お前の魔物の瘴気にしてやられたんだったな」
私の説明に、思い出したように呟く。感心しちゃうくらい興味持たれてないなと、思わず苦笑した。
「とりあえず、これを何とかすればいいんですね?」
「何とかするって……」
改めて、目前の魔物を見上げる私のすぐ耳元で、マックス君がオウム返しに呟く。
特に戦闘力があるわけでもない私を――それも魔力がほぼ枯渇した状態で、グラディスが送り出した理由が腑に落ちた。
やるべきことを自然と了解している。私の体が覚えてるし、それを今欲してもいる。
巨大すぎる瘴気を目の当たりにして、闘技場でさっきまで自分が無意識にやっていたことを自覚した。
私、あの頭の多すぎるヤマタノオロチもどきから、こぼれた瘴気を回収してたみたいだ。少しでも消耗した力を取り戻すために。
前に、グラディスから、私の力の源についての仮定を聞いたことがある。
生身の人間を召喚するための手段として、異世界を通過する途中、私の体は魔物の本体を押し込まれてしまったのではないかと。
異世界にいる魔物は、肉体を持たない精神体の状態。私はそれを肉体に取り込んでいる。だから普通に魔物と同じ手順での安定した召喚が可能になったらしい。そうでなかったら、ゴールに到着することなく、どこかの空間に放り出されてたのかな。こわっ。
つまり私は、人間だけど、一体分丸々抱え込んだ魔物のような存在でもある。
あまりいい気分はしないけど、そのおかげでみんなを助けられるなら、かまわない。むしろどんとこいだ。誘拐事件の時みたいに無力なのは、もうイヤだから。
あえて、私でなければならない理由。
巨大な炎のネコを、間近にじっくり観察してみた。騎士の人たちが苦戦してた様子なのは、きっと攻撃すべき肉体がないからだよね。でも、私なら対処できるとグラディスは判断した。
それは多分、決定的な相性というもの。魔物は攻撃されない限りは、私を敵と認識しない。そして目の前にある存在感の塊、私にとってはまるで、肉体という邪魔な容れ物がないむき出しのエネルギー源。
グラディスは言ってた。肉体の持ち主の精神と、侵入者の精神なら、多分本来の持ち主の方が強いと。だから私は私のままで、魔物の力だけをモノにできたんだろうと。
こうなったら、一体も二体も大差ないでしょ。こいつはただの燃料だ!
「うん、なんとかなりそう」
グラディスが保証してくれたなら、不安なんてない。きっとなんとかなる。
自信をもって、ネコちゃんの前足にひょいと手を伸ばした。
「おいっ、ユーカ!?」
真後ろで焦ったマックス君の声を聞きながら、無造作に触れてみた。
黒い瘴気で障壁を張ってるからか、肉体的な熱さはない。強烈な密度の瘴気の塊が、掌から一気に私の体に流れ込んできた。
ネコちゃんは抵抗してるみたいだけど、騎士のみんなに抑え込まれてて、逃げられない。
炎の熱じゃなくて、エネルギーの熱で、体が中から灼き付きそう! 全身が熱い。
でも、イケる!!
強気なまま、体が覚えてる通り、本能のままにごちそうを貪る。多少の違和感や不都合なんてあとで考えればいい。とにかく貪欲に取り込んでやる。
困ったら、その時はその時。グラディス頼みで何とかしてもらおう。
巨大な炎が、風船がしぼむみたいに、どんどん小さくなっていく。言葉がなくても、苦しんでるのが感覚で伝わってくる。ちょっと可哀想だけど、遠慮はしない。グラディスの一生のお願いだもん。
見上げる大きさだった炎の塊は、とうとう掌サイズの人魂みたいになって、最後のひとかけまで私の中に吸い込まれて、ふっと消えた。
何とか、全部吸収できたみたい。
グラディス、私、マックス君を助けたよ! 心の中で語りかける。帰ったら、いっぱい褒めてもらおう。
魔物の魔力も補充できたからか、さっきまでの虚脱感がなくなって、逆に体にパワーが溢れてる気がする。特に体の異常も感じない。
「終わりました!」
肩の荷を下ろして周囲を見回すと、騎士の人たちの唖然とした視線が、私に集中していた。
「え……あれ……?」
注目に戸惑ったまま、思わず助けを求めて振り返る。
「ユ、ユーカ……お前、魔物を取り込んだのか……?」
マックス君も、みんなと同じ表情で私を見返していた。
この国の、多分すごく偉い人たちの私を見る目が、これまでとはっきり変わっている。私への警戒感? ヴァイオラと学園の顔見知りも、事態が呑み込めずにぽかんとしてるし。
よく考えたらいきなり現れて、手こずってた魔物をおいしくいただいちゃった異世界人てどう評価されるんだろう?
梨沙が言ってた異世界チートヒロイン扱いは望まないから、せめて第二の魔物が現れたとは思わないでほしい。グラディスの采配で、相性がばっちりな魔物の前に送り込まれただけなんです。本能のままにちょっとがっついちゃっただけで、悪いスライムじゃないんです……。
――私には魔物より、人の方が難しい。




