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ヒーロー

 観客席にある数万の目が、一点に集まった。その光景に、誰もが2年前の出来事を思い出しただろう。

 闘技場の舞台を埋め尽くす巨大な魔法陣。そのど真ん中からポツンと出てきてきたユーカ。


 これはあの時に匹敵するサイズだ。


「今度は何が召喚されるのかしらね」


 私を背にかばいながら、アレクシスが不敵に笑う。


「えっ!?」


 光が収まった複雑な模様を目にして、思わず叫んだ。


「あれ、召喚陣じゃない。転移陣だ!」

「ええっ!?」


 聞こえた騎士や魔術師が目をむいた。


 模様が複雑すぎて一目で判別できるようなものじゃなくても、私は画として記憶してるから、専門家ではないけどはっきり見分けられる。多分こういうのなら、映像記憶能力のあるジュリアス叔父様にもすぐ分かる。

 二年前ユーカの足元に見たものと、絶対に違う。

 その構成は、私がしばらく前に嬉々として検証し倒してた、転移魔法陣に通じるものだ。


「転移? あんな巨大な陣から、何を送り込むつもりだ?」


 母親と並ぶようにして、私とユーカを背にするキアランが、一同の意見を代表するように、硬い口調で呟いた。


 召喚陣は異世界からの存在を呼び出す性質上、その困難さに比例した大きさになる。難しいほど、複雑で大きくなる。

 転移陣に関しては、地上のどこかに存在する何かしらの移動だから、単純に対象の質量に合わせて決まる。


 つまりあの巨大な魔法陣に見合ったサイズものが、送り込まれてくるはずだ。


 魔術に知識のある誰もが、息を呑んで目を見張る。


 次の瞬間、転移陣から出てきたものに、闘技場中の人間が言葉を失った。


「ええ!? なんですかあれ! どういうことですか!?」


 驚いて叫ぶユーカと支え合いながら、私も渋い顔になった。


「――そう来たか」


 目の前で起こった想定外の出来事に、苦々しく呻く。地面を揺るがすほどの悲鳴の連鎖が、瞬く間にボルテージを上げた。


 そこから噴き出し続けているのは、膨大な水。あっという間に嵩を増して、舞台を水没させた。水は容赦なく水位を上げながら、激しい勢いで渦を巻く。

 このままだと数十秒以内には、すり鉢状の闘技場は、巨大洗濯機になってしまう。


 水面に時折、睡蓮の葉っぱやらボートの破片やらが垣間見える。ネル湖の水を、こっちに送り込んでるんだ。湖底に封じられた魔物を解放するために。


「全く、どうあっても召喚には阿鼻叫喚の花を添えたいわけ?」


 忌々しくぼやかずにはいられない。なんか一粒で二度おいしい感じが、余計イラっとするわ!!

 魔物より、遥かに性質が悪いじゃないか、もうっ!


 どんな魔物だろうが倒してやるって、騎士の皆さん、愛剣を手にせっかく気勢を上げてたのに、いくらなんでもこれじゃ戦いにならないし!

 なにより、要人だけは脱出させられても、大混乱に陥った数万の一般人の避難は絶対に間に合わない。


 素早く命令を受けた宮廷魔術師の一団が、水魔法で抑えにかかる。だけどこの圧倒的な物量だと、焼け石に水。被害が出るのは時間の問題だ。


 っていうか、あれ? エリアスが脱出しないでこの場に留まってる!? 

 しかもなんかちらっとこっち見た!? なんか、あとはよろしくって、目で言ってない!?


 うわあ、あいつ、ホントにどこまで分かってんだろう。随分食えない奴に育ったもんだわ。

 私の頭の中に、すでに対策案が浮かんでることを読んでいる。

 この混乱状態で、妻子とともにこの場に留まり采配を振るい続ける国王とかいう演出、すげえ士気が上がってんだけど。王家のイメージも爆上がり。明らかに計算だよな。


 おっと、時間がない。期待に応えてやろう。やるのは私じゃないけどね。


「ユーカ。出番だよ」


 固まってるユーカの両腕を正面から掴んで、間近から黒い目を見据えた。


「――え?」

「転移魔法陣だよ。あんたなら、対処できる」

「え……あっ、そうか!!」


 パニック状態だったユーカの頭が、私の助言で落ち着きを取り戻した。

 こっちにだって転移魔術の使い手はいるんだ。今使わないでいつ使う。


「水を、別の場所に移しちゃえばいいんですね!?」


 正解を導き出して、私に確認する。

 何百年も前に失われた転移魔術。現在召喚の犯人以外には使い手は確認されていない。自覚はないだろうけど、この国の常識からしたらあまりに突拍子もないアイディアに、いい感じで周囲の注目を集めた。


 私が前に教えておいた転移魔術。まさかこんな場所で披露することになるとは。でも教えといてよかった!!


「やってみます!」


 ユーカは強い意志を湛えた目で、迫りくる大渦に向き直った。私は手を繋いだまま、「そばで励ましてるよ!」な感じをアピール。


「――あっ!?」


 いざ、魔法陣を繰り出そうとしたユーカが、そこで焦ったように私を見た。繋いだままの手を更に両手でぎゅっと強く握り、頷く。


「大丈夫。ユーカなら絶対できるから。やって!」

「――はい!!」


 ユーカも意を決して、再び大渦に挑むべく、今度こそ術を発動した。

 周りから見れば、私のはただの激励だろうけど、ユーカには伝わった。多分この場で、私がユーカと手を離さないままでいる理由に気付いてるのは、キアランだけかな。


 目下に見える巨大な魔法陣の上に、ほぼ同じ陣が、重なるように光って広がっていく。


 突然繰り広げられた目の前の新しい展開に、VIP席の一団はもちろん、詳細を知らない数万の観客までもが、固唾を飲んで推移を見守りだした。


 みんな、ユーカに注目している。その陰に隠れて、私は繋いだ手からユーカの魔力を少々拝借していた。


 さっきユーカが戸惑った理由は分かっている。大量の水の転送先に困ったのだ。

 これだけの質量となると、遠方まで運ぶのはユーカにはまだ無理だ。かといって、ここは人の多い王都。どこだろうと、ダムの放流並みのことをいきなり近場の街中でやらかしたら、惨事は免れない。


 その上ユーカは感覚的に魔術を使うタイプだから、座標とかデータ的な部分の理解が弱い。多分行った場所、知っている人のイメージがないと、任意の転送先の設定は難しいだろう。


 だから私がこっそり手伝って、転送先の座標だけ定めてやった。あとはユーカにお任せだ。


 ちなみに私が設定した水の出口は、目と鼻の先の森林公園の広場。そう、この大量の水が元々あった公園の真ん中辺り。ネル湖にそのまま送り返したら、送り合いのループになりそうだから、少しずらした。

 今日の森林公園は、厳重に封鎖されていて一般人がいない。ほぼ騎士と兵士だけだし、一番穏当な場所だろう。予知した限りでは多少の怪我人は出るけど、それも仕事の範疇だと受け入れてくれ。とりあえず死者は出ない予定だ。

 この緊急事態だし、公園からはみ出した水の影響が街に出ても、多少の冠水ですむなら、御の字だよね。


 魔法陣が完成し、観客席に迫る直前だった水が、水位を上げるのをやめた。そして、徐々に下がっていく。


 よし!!


 繋いでいた手をそっと離しながら、一番近くでユーカを見つめる。それは、数万の視線も同じ。

 数秒後、耳をつんざくほどの歓声が、空気を揺るがした。


 うまくハマったなと、内心でニンマリする。


 私は憤りの一方で、この事態は利用できるとも、咄嗟に思っていた。ユーカの価値を世間に知らしめるチャンスだと。


 右も左も言葉さえも分からない異世界に、たった16歳の女の子が身一つで誘拐されて、ちょうど二年。それまでとガラリと変わった新生活に少しずつ馴染んでいきながらも、立場も足元もあやふやな異国で、自分の存在意義にいつも不安を感じていたことを、理解している。

 だからこそ、人の役に立ちたいと、心から願っていたことも。


 転移魔法を教えた翌日から、ユーカは三日間、学校を休んだ。予想通り、直接脳に情報を送り込んだ副作用で、高熱を出して寝込んでいたせいだ。それでもベッドの上でできる自主トレに励んで、見つかる度に、看護人やメイドに止められたらしい。


 いつでも笑顔で、弱音も吐かずただ前を向いて突き進むユーカ。心の中で歯を食いしばって積み重ねてきたその頑張りは、絶対に報われる。ここにいる誰にも対処できないこの事態に、立ち向かえるだけの力を、決して歩みを止めないひたむきさで手に入れた。


 この歓声が、何よりの証明。

 もう可哀想な被害者とも、肩身の狭い居候だとも思わせない。ここがあんたの居場所だと、自信を持っていい。人々に必要とされる存在になったことを、実感してほしい。


それがどれほど自分の心を救ってくれるか、私は誰よりも知っている。たとえ周りの友達が求めているのは、ただ自分自身なのだと分かってはいても、理屈じゃないから。

 

 だから、さあ! 華々しくド派手に活躍して、めいっぱい見せつけてやれ。強い奴が大好きなこの国中の人間に、あんたという存在の真価を示す最高の舞台だ!


 誰の目にも分かるヒーローになっちゃえ!!

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