休息
私は今、ラングレー領へ向けて馬車に揺られている。
学園準備もあるし、まとまった時間なんてこの先なかなか取れなくなる。
今のうちにベイビーズを可愛がり倒しておかないと! ってことで、休暇をねじ込んだ。
実業家兼デザイナーとして世に出る決断をしたため、これから忙しくなる。っていうか、すでに忙しい。
今まで人任せにしてた実務面の部分とか、スルーしてた現在の経済界の状況とか、総ざらいで頭に詰め込んでる真っ最中。
で、どうせ今、部屋に閉じ籠ってるくらいなら、馬車に閉じ籠っても同じだろと、2週間の日程で領地に遊びに行くことにした。馬車に資料を詰め込んで、揺られながら猛勉強。
やるからには常に完璧を目指すのだ! 選考委員の中には私の教え子もいたし、小娘だからとナメられてたまるかってんだ。
レオノール賞の選考委員たちも、自分たちが選んだ受賞者が15歳の小娘と知って、大慌てだったらしい。問答無用の歴代ぶっちぎり最年少受賞者だ! わはははは!
きっと、ラングレー家の庇護下にある誰かとしか判明しなかった正体不明の代表を、探る意図もあったんだろう。まさか悪名高いトラブルメーカーの放蕩娘が釣り上がるとは、ビックリだね!
もう方々で噂は流れてるし、マダム・サロメ、ティエン・シーのことも併せて、来月には正式に公表する手はずになってる。
そうなったらラングレー領に来る暇は当分なくなるのがツライ。
実はまだ、妹弟には、生まれてから一回しか会いに行ってないんだよなあ。前回はハイハイだったけど、もうすぐ2歳。歩くどころか、言葉も出始めてるらしい。
早く『ねーたま』と呼ばれたい。
夕方ごろにラングレー城に到着した。
もちろんロレインとクリスの子供部屋に直行。大量に持ってきたお土産も、使用人複数で運び込んでもらった。
二人はご機嫌で遊んでいる最中だった。
クリスはよちよちしながら、布と綿で出来た剣のおもちゃを振り回してご満悦だ。英才教育、すごいぞ。しかもすでにマックスそっくりだ。
ロレインはナニーに絵本を読んでもらっている。私がプレゼントした服が、愛らしさを超絶的に増大させている。クリスには悪いけど、やっぱり女の子はいいなあ。創作意欲が、どんどん溢れて来るぞ。
「長旅疲れたでしょう。少しは休んだら?」
早速クリスとチャンバラで遊んでいたところで、イーニッドが顔を出した。
「これが一番の癒しだから、大丈夫。――うわあ、やられた~~~~!」
ばたっと倒れながら、キャッキャと喜ぶクリスを横目で見て、幸せに浸る。本を読んでいたロレインが、号泣しながら死んだふりの私に駆け寄ってきたから、ガバッと仰向けになって抱きしめた。
そのまま持ち上げて飛行機をしてあげたらこっちも大喜びで、今度はクリスが、やきもちを焼いてしがみついてきた。
ああ、ホントにお姉ちゃん幸せ過ぎる!
二人が遊び疲れて眠るまで、とにかく全力で遊び倒した。
子供のパワーは凄いというけど、私のパワーはもっとすごいぞ! 正直遊び足りない。でも、二人並んで眠ってる姿も、超絶可愛い。つつくほっぺが4つもあって、更に幸せだ。
それにしても滅多に会えない私にここまで懐いてくれるとは、嬉しい予想外だった。ラングレーの血統は、私を好きすぎるな。
真夜中を過ぎてから、私を好きすぎるもう一人のラングレーが、私の部屋に来た。
「グラディス、起きてるのか?」
机に向かって、デザインしていた手を休め、振り返る。自室に戻る途中らしいマックスが、ノックをしてからドアを開けた。
「隙間から明かりが見えたから……こんな時間まで珍しいな」
「マックス、久し振り!」
椅子から立ち上がって、いつものハグをする。実は帰ってからまだ会っていなかった。マックスは、防具を外しただけの戦闘着を纏っている。線の細さはあるけど、もうすっかり立派な騎士姿だ。
「おい、汚れるぞ」
「構わないよ。こんな時間まで、頑張ってたんでしょ」
たった今、魔物狩りから帰ってきたところだ。汗と埃だらけのマックスを抱きしめると、また一回り大きくなった腕が背中にそっと回った。
「お疲れ様。今日は随分遅かったね」
「ああ、なんか次々湧いてきて、狩りつくすまで終われなかったから」
不吉な返答に、思わず胸が騒いだ。不安な目で見上げる。
「そういうこと、最近多いの?」
「いや、俺は初めてだった。でも古株に言わせると、俺の本当の父さんが死んだ時と似てたって……」
「そう……無事でよかった。あんまり、無理しないでね」
もう一度ぎゅっとすると、安心させるように背中をトントンと叩かれた。ああ、私これ好きなんだ。ほっとする。
「3か月後には、俺も王都に引っ越す。それまでに、できる限り鍛えておきたいんだ。俺は、もっと強くなるからな」
その呟きには、強い決意があった。私が誘拐された件は、マックスにも大きな衝撃を与えちゃったみたい。
「次の春には、私のレオノール賞の授賞式だからね。身辺騒がしくなりそうだし、強い護衛は大歓迎だよ」
なんとなくはぐらかす私に、マックスは複雑な表情を浮かべた。
「これからは、趣味でなく本腰入れて事業に乗り出すってことだよな? 学園卒業後も、王都にずっと留まり続けるつもりなのか?」
「さあ、どうだろうね……先のことは、何も分からないよ」
平和に、学園生活と仕事だけに専念できるわけじゃないだろうから。私の脳裏の片隅には、いつも消えないシミみたいに、あの黒い死神が住み着いてる。
「おまえが?」
当然のはずの一言に、怪訝そうに訊き返す。
「――私にも、分からないことはたくさんあるんだよ?」
マックスは何も言わないけど、私が預言者であることを確信している。いつも予感に従って、自信を持って行動する姿を当たり前だと思ってる。
先のことに不安を感じてる私に、戸惑ってるみたいだ。何か、もの言いたげな視線を感じる。
「――何?」
「なんだか、お前が一人で無茶なことに、飛び込んでいきそうな気がする」
「それは違うよ。私は一人では、何もできない。いつだって、誰かに助けられてるよ。もちろん、マックスにもね」
しばらくして体を離すと、マックスの視線が、私の胸元に向いていた。
「それ……何だ? 何か、不思議な気配を感じる」
服越しに触れて、違和感を覚えたらしい。手を伸ばして鎖を手繰り、胸の谷間からカッサンドラの霊石を引っ張り上げた。こらこら、何をしている。
小さな石が、紫に揺らめいた。
「私の守護石」
「――色が、気に入らない」
マックスも、誰かさんを思い出したらしい。不機嫌そうにぼやきながらも、顔を近付けてじっくり観察していた。
「こんなの、どうしたんだ?」
さすがに鋭い。一見すると、存在感が薄すぎるくらいの平凡な石に、尋常ならざる何かを見抜く。
「ドラゴンにもらった」
「峡谷の?」
冗談めかして言ってみたのに、マックスはそのまま受け取った。
いや、そうなんだけど、なんで信じるの? マックスの私の評価は、ちょっと人外過ぎやしないか。
「さあ?」
明答を避けて、曖昧に笑う私に、マックスが苛立たし気な表情を浮かべる。
「お前は、何を隠してるんだ」
「いつか、話すよ。その時は、助けてもらうから」
「当り前だろ」
「……うん」
そんな時なんて、ずっと来なければいい。のんきに、楽しく暮らしたい。
――でも、いつか必ず来ると分かっている。




