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霊水採取

 今日は別荘に来ていた。湧水のあるメサイア林が広がる、うちの別荘。


 普段からどんなに忙しくても月に1~2回は来るようにしてたけど、夏至が過ぎるまで安全のための謹慎してたから、ほぼ2ヶ月振り。


 今回は、緊急の用がある。


 敵が転移魔法陣を使うというのは、相当の脅威。またいつ誘拐されるか分からない。

 それを妨害するために、対魔法陣に効果のある霊水を利用した、移動可能の小型防御結界が試作された。

 その結果、霊水の採取地によって、効力に差があることが分かった。


 今までは、他の地の湧水でも大丈夫だった。それは、魔法陣で開いた瘴気の穴を塞ぐため、土地そのものに仕掛ける大掛かりな術式ものだったから、パワー不足とかはあまり問題にならなかった。


 でもユーカやトロイを、ずっと結界内に閉じ込めとくわけにもいかない。小型移動用結界のために、もっとパワーのある霊水が必要になった。


 それで、メサイア林の湧水を思い出したキアランに、提供を求められたわけだ。


 霊水のパワーには、穢れのない環境というのも大事だと思ってる。人間社会から完全に隔絶した霊験あらたかな私の湧水は、きっと特別だという確信がある。


 だから前にも約束した通り、連れて行くのはキアラン一人。


 キアランにメサイア林の湧水への案内を頼まれたのは、もう3年前になる。結局は、他の地の霊水でも代用できたから、そのままになってたけど、とうとう今日、案内することになった。


 いつもなら馬車で2時間かけるとこだけど、今回は乗馬で1時間もかからないで到着した。

 キアランももう成人してるし、騎士レベルに強いから、日常から普通にお供なしで出歩いている。王侯貴族でも、異常にフットワーク軽いこの国ならでは、というべきか。預言者よりよっぽど雑な扱いだ。


 初めて乗馬で別荘まで行ったけど、けっこう近く感じた。私もこれからはそうしよう。学園に入学したら、時間が限られちゃうから、移動時間半減はでかい。


 すでに通い慣れた道なき林の緩い上り坂を、ちょろちょろとしたせせらぎを辿りながら歩いていく。

 今なら腕力体力も上がってる。ハイペースで進んだら、30分くらいで目的地までたどり着いた。散策というよりほぼ行軍な感じだったけど、今日はキアランがいるからおしゃべりしてたらあっという間だった。


 湧水の畔で、隣に立ったキアランを見上げる。


「どう、私の自慢のお庭」


 キアランの驚きの表情を確認しながら、えへんと胸を張る。


 透明度の高すぎる水面に、絶えず落ちる小さな滝。所々に降り注ぐ木漏れ日。空気からして違う。

 何年通っても、人を寄せ付けないほどの神秘性に感動すらする。


「これは、確かに凄いな。お前が、人を入れたがらない理由がよく分かる」


 しょっちゅうソニアの本拠地のエインズワース領に行ってるから、田舎には慣れてる王子様も、これには素直に息を呑んで感嘆してくれた。


「ここに連れてきたのは、キアランが初めてだよ」

「よく、こんな場所を見つけたものだな。サバイバル訓練でもないだろうに、無茶し過ぎだ。ラングレー家はお前を大切にし過ぎる割に、放任が過ぎるな」


 感心と同時に、キアランらしいお説教と感想。

 発見当時11歳。普通の子供が、一人で原生林散策なんて、確かに常識的に無茶だった。普通身内も使用人も止めるよな。うちはそういう点では誰も危険性を感じてないから、あんま意識してなかった。


「まあ、私のワガママは、うちでは大体通るから」


 くすくす笑う私に、キアランも苦笑い。


「魔物も全く出ないそうだな。それも霊水の影響なのかな?」

「私はそう思ってる。温度も大体一年通して一定な感じ。ちょっと寒いけど、冬でも泳げるんだよ」

「……泳いでるのか?」

「来たときは大体ね。キアランが作業終わるまで、ちゃちゃっとひと泳ぎしてても」

「ダメだ」


 言い終わる前から、にべもないダメ出し。


「え~、これが楽しみで毎回来てるのに! だって、2か月ぶりだよ~! 全然危なくないからっ。いつも泳いでるし、一番深いとこでも足付くくらい浅いから!」

「そういう問題じゃない」

「ああ、水着はちゃんと持ってきてる! キアランしかいないし、大丈夫でしょ!? 別に見られても気にしないし!」

「余計ダメだ。俺が気にする。一人の時にやってくれ」


 何とか説得を試みたけど、キアランの返事は取り付く島がなかった。


「……キアランの基準は厳しすぎる。水着姿くらい、別に減るもんでもないのに」

「見られる側の言葉じゃない。あと、理性は減るんだ。よそでも絶対にやるなよ」


 呆れと心配が混ざった顔で、忠告される。これは、あれだ。アルコールを止められた時となんか同じ感じだ。


 やっぱり一周目のように、水着ならOKとはならないか。

 色々とゆる~い体育会系のこの国も、変なとこでお固くて困るんだ。やっぱり、洋服の露出度アゲアゲ計画には、更なる力を注いでいかないとだな。

 水着が当たり前になる日は、果たしていつになるのやら。せっかくの良いレジャー兼エクササイズなのになあ。 

 

 結局、許可はどうしても取れなかった。

 諦めて、キアランが水を汲む作業を、座って眺めることにする。キアランは、大量に持ち込んだ水筒を出して、あちこち移動しては、各ポイントごとから水を採取していく。


 予定してた暇つぶしの手段を奪われて、やることがない。採取の仕方にも細かい決まり事がある上、魔法を使う工程もあるらしくて、私には手伝えない。かといってただ付いて回っても邪魔だろう。


 手持無沙汰で、なんとなく眺めていた目の前の水面が、うっすらと光った気がした。

 視覚というよりは、脳内のイメージか。


「――ああ……」


 この感覚には、覚えがある。

 多分、『預言』に繋がるもの。前回から一年以上。そろそろ次の何かが来るらしい。

 明らかに、何かに呼ばれている。


 また寝込んじゃったらどうしよう。けっこうキツかったんだよな、アレ。

 

 大体一回り終えて、こちらに戻ってくるキアランを見た。逆に、助け手があることはラッキーだったのかもしれない。


 覚悟を決めて、行くとしようか。


 靴を脱いで、ウエアの裾を膝上までまくり上げる。


「グラディス? 何やってる?」


 明らかに水に入る気満々の私に、キアランが困惑する。


「ちょっとすぐそこに、何か沈んでるみたい。気になるから、見てくる。大丈夫、膝くらいの深さだから」

「――それは、どうしても必要なことなのか?」

「多分ね」


 キアランは今度は止めなかった。私の中の緊張に、気付いている。


 本当に、何かあった時は頼むよ――心の中で後を任せ、静かに湧水に足を入れた。


 10歩も進まないところで、目的の場所に到達する。のぞき込んだ限り、特に何かあるようには見えない。


 ためらいがちに爪先を少し伸ばした瞬間、水底の、更に底に引っ張られた。 


「グラディスっ!!!?」


 キアランの叫び声が、途中で消える。


 物理的にあり得ない。膝までの水面に、直立したまま頭の先まで沈められた。


 前に、転移魔法陣で誘拐された時の感覚に近い。何か、別の空間へと、一瞬で引きずり込まれた。


 息もできるし、体も濡れていない。


「――!!?」


 恐る恐る目を開いて、息を呑んだ。


 ――どこまでも広がる何もない白い空間に、城のように巨大な漆黒のドラゴンがいた。

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