MMW-184
「その様子だと、何とかなったみたいですね」
「うん。ちょっとだけ特別だった、それだけだよ」
ほっとする様子のソフィアに頷き、横から差し出されたコップを受け取る。
爺が用意してくれたお茶だ。
教育、光の海の知識でいうところの農業はほとんど行われていない。
多くが発掘・整備された施設で生産され、一部が建物の中で育てられているという。
このお茶も、そんな生産品の1つだと思う。
「若の成し遂げられたこと、人工太陽がうまくいけば、天然の茶葉も手に入るかもしれませんな」
「どうだろう。俺が生きている間にそこまで行けるかな?」
「なあに、それはそれで老後の楽しみが増えるというものでございます」
冗談めいていう姿に、こちらも笑顔になるのがわかる。
現実としては、爺のほうが先に寿命となるだろうけど、そんな話をしても面白くないからね。
ソフィアもまた、微笑み……その表情が気になった。
「ソフィアも何かあるの? 言ってみなよ」
「そう大きな話ではないのですけれど、どこまでを目標にしようかなと、少し」
(目標、目標か……)
いつも自分以外のことも考える彼女のことだ。
単純な意味での目標、ではないのだろう。
ちらりと爺を見ても、頷きが返ってくるばかり。
「俺は工場生産じゃない食べ物で贅沢したいな」
「それは私も気になりますね。近いといえば近いのですが、地上に住みたいのか、一目見るだけでよいのか、どこで納得できるかなと」
微笑みながらも、真剣な表情になるソフィア。
彼女が口にした内容は、確かに悩むところという話だ。
俺はベルテクスから聞いたが、きっとソフィアも彼女なりに情報を得て推測したのだろう。
今の地上はわからないが、少なくとも地下に人類が逃げ込んだ時は、よろしくない状況だと。
「見てから、決めればいいと思う」
そこまで考えて、俺はその一言を口にした。
前々から感じていたことでもあるし、知れば知るほどその考えは強くなった。
わからないんだから、そこは考えない、と。
もしかしたら、まだまだ空も見えない状況かもしれない。
もしかしたら、地下に逃げなかった人類が繁栄してるかもしれない。
もしかしたら、もしかしたら……。
結局は見てみないと、何もわからないのだ。
「見てから……そう、そうですね」
ソフィアもまた、俺の考えを理解してくれたらしい。
すっきりした様子で、頷いてくれた。
「ぜひとも、結果は報告してもらいたいものですな」
「行けそうなら爺も一緒だよ、決まってる」
「ええ、爺も一緒ですとも」
さっきの話じゃないけど、自分が生きている間に実現するかどうか、現実的に考えてしまう爺。
現実味のある人工太陽と農業の話より、地上の状況のほうが不明瞭なのは間違いない。
そこに、自身がついていけるかとなれば余計に。
その気持ち自体はわからなくはないけどね。
「問題なかったら、地上で暮らすかもしれないから、お世話のために爺にも来てもらわないと」
「そういうことですね。まだまだ、楽はさせませんよ」
「……なるほど、年寄りにやさしくなりお二人ですな」
最初はぽかーんとした様子だった爺も、笑ってくれた。
それに気を良くした俺は、お茶のお代わりを要求し、爺もかしこまりましたなんて言って部屋を出た。
残された俺とソフィア。
自然と無言になり、視線が交差した。
「少し落ち着いたら、ベルテクスたちに上に行くのを聞いてみようと思う」
「ランクはすぐに上がりそうですしね……ええ、任せます」
こんなことを言うのには、理由がある。
ベルテクスと別れる直前、アデルが言ってきたのだ。
装置の交換の時には、指導者は目覚める、と。
『何か聞くなら、その時だって言っていたな。ベルテクスが断らなかったってことは、それが通るってことだ』
妙に響いたその言葉に、心でうなずいた。




