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文化祭⑥

「さーて、創冨高校ミスコンも、いよいよ次で最後! 野郎ども、最後まで盛り上がっていこー!」


 司会の人のやたらと高いテンションに呼応するように、体育館にいる人が一斉に声を上げる。

 このライブのような一体感は、存外悪いものではない。


 閉められたカーテンが、ドラムロールの音に合わせて開いていく。と、そこから現れたのはやはり桜宮先生だった。


「え」


 しかし、予想通りの人物が現れたにもかかわらず、俺は唖然としていた。だって、桜宮先生の姿が‥‥‥。


「お、おおっと! これはこれは桜宮先生、ものすごい気合いの入れようだあああああ!」


「いやこれは、清水先生に無理矢理‥‥‥」


 ゴニョゴニョと桜宮先生が言い訳しているが、観客側まではその声が届かない。それを打ち消すまでの圧倒的な歓声が、体育館で木霊している。


 桜宮先生は、まさかのウエディングドレスでの参加だった。服装は自由だけれど、これは予想を遥かに裏切られる形だ。


 桜宮先生のウエディングドレス姿を見た男子たちの興奮は最高潮に達していた。


「‥‥‥まさか由美、湊人くんの浮気でヤケになって──」


 どんな思考回路なのか知らないが、宗二さんがぶつぶつ言っている。

 と、突然俺の方に振り返り、両肩を掴んできた。


「え、な、なんですか?」


「湊人くん、これはマズイ展開になったぞ」


「は、はい?」


「私の予想が正しければ、湊人くんと楓さんがデートしている場面を、由美は目撃したんじゃないか?」


 一応間違ってはないが、いきなりどうしたんだこの人‥‥‥。

 俺が呆気に取られる中、宗二さんは続ける。


「それで、湊人くんに捨てられたと思った由美が自暴自棄になってあんな姿で」


「さ、流石にそれはないですよ。大体ウエディングドレスなんて準備しようにも、一朝一夕にはいかないでしょう」


 そもそも自暴自棄になったから、ウエディングドレス姿でミスコン参加ってのもよく分からない。

 宗二さんは、変な妄想癖でもあるのか? 過保護とは聞いていたが、これはなんというか。


「先に言っとくがな湊人くん。由美を泣かせるような真似をしたら私は絶対に許さないぞ」


「は、はい。そ、それは心に誓って‥‥‥」


 怖い。どうしよう。めっちゃ怖いよお。

 さっきまで優しい顔だったのに、今や般若だ。


 やがて、徐々に体育館の中を駆け巡る喧騒が静まり始めると、桜宮先生が自己紹介を始める。



「え、えーっと、現国教師の桜宮由美です。ほぼほぼパワハラに近い形で参加させられてますが、参加する以上、優勝目指して頑張りますっ! あと、せっかくなので一つ宣伝を。ただいま絶賛旦那さんを募集してますっ。私と結婚してもいいよーって人いるー?」



 桜宮先生が観客に向けて、レスポンスを求める。

 と、ノリのいい男子が、「はぁーい!」と喉が張り裂けそうなほど大声を上げた。


 す、すげえ盛り上がりようだ‥‥‥。桜宮先生、やっぱ人気あるな。


 てか、俺が適当にアドバイスしたやつ、本当にやるのかよ。


「‥‥‥っ、ほ、ほら見ろ⁉︎ 由美が旦那を求め始めたぞ⁉︎ 湊人くんが、浮気なんかするからだ。どうやって由美が傷ついた代償を担うんだ⁉︎ あぁん⁉︎」


 チンピラみたいに俺にガンを垂れてくる。宗二さんのキャラがちょっと掴めない。


 しかし、それはそうと厄介な事になったのは間違いない。桜宮先生の旦那さん募集発言は、今この状況においてただの地雷だ。

 俺の浮気が発覚して、憂さ晴らししていると思われても仕方はない。


 このままじゃ、宗二さんの俺への不信感は募るばかり。仮に、誤解が解けたところで、こんな男を婚約者にはできないと首を横に振られる可能性もある。


 どうにかして、宗二さんの好感度を稼がないといけない。


 しかしどうする。方法が‥‥‥。


「あはは、みんなノリいいね。そんなこと言うと先生勘違いしちゃうよ?」


 桜宮先生が頬を掻きながら、照れ臭そうに言う。

 思った以上の反響に、ちょっと驚いているようだった。


 と、騒がしいながらも和やかな空気が流れる中、一人の体格の良い男性が壇上に上がる。


「お、おっと、飛び入り参加は認めてないですよ! ‥‥‥っと、これは花村先生ですか⁉︎」


 司会の人が慌てて止めに入るが、男性の正体を理解して声のトーンを高くする。

 花村先生は、桜宮先生の目の前まで行くと、深々と頭を下げて右手を差し出した。


「どうされましたか? 花村先生?」


 司会の人の質問に、花村先生が答える。


「どうしても、今すぐ伝えたいことがあります」


「は、はあ‥‥‥えっと、じゃあお願いします!」


 司会の人が当惑しつつも、壇上に上がった目的を果たすよう告げる。と、花村先生は大きく息を吸い込み、深々と桜宮先生に頭を下げた。


「本気で貴方のことが‥‥‥桜宮先生のことが好きです! 頼り甲斐がないかもしれません。至らぬ点もまだまだあると思います。ですが、必ず幸せにします! 私を桜宮先生の旦那さんにしてくれませんか‼︎」


 体育館全体がどよめく。な、何してんだよあの先生! 


 桜宮先生の発言に触発されたのか、花村先生が本気の告白をしている。

 ザワザワと今までとは違った形で騒がしくなる。このままでは、ミスコンどころではない。


「お、おおっ‥‥‥こ、これは凄い展開だあ! 花村先生による公開プロポーズだああああああああああ⁉︎」


 司会の人が場を繕おうと、咄嗟にフォローを入れる。と、空気を読んだのか、観客も「おお!」と盛り上がった。


 なんとか元の空気感に戻りつつあるが、俺はひたすら唖然としていた。マジで何考えてんだあの先生。頭おかしいのか?


 桜宮先生の脈がないのは分かってたことだろ。なのに何でこんなタイミングで‥‥‥


「え、えっと」


 桜宮先生もこの展開は、予想外すぎたのか、困惑をあらわにしている。


 すぐに「ごめんなさい!」と言えれば、お笑いに昇華できたが、下手に間を置いてしまった分、変な空気感が漂いつつある。


 例えるなら、フラッシュモブの空気感に近い。告白を断ったらいけない、そんな圧力を感じる。


「湊人くん。いいのか? 由美が取られるかもしれないぞ⁉︎」


 宗二さんが、ジッと俺の目を見つめて忠告してくる。


 現状、体育館はミスコン中とは思えないほど静まり返っている。桜宮先生が、なんて答えるのか、皆の関心がそこが向き、聞き逃すまいと誰も彼もが固唾を呑んでいる。


 考えろ‥‥‥この場における最適解を。

 俺は大きく息を吸うと、瞑目し心を決めた。やるしか、なさそうだな。もう。



「私と、結婚を前提にお付き──」

「ちょ、ちょっと待ったあああああああああ⁉︎」



 真っ直ぐ天井目掛けて手を伸ばすと、俺は壇上へと走り出した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 自分から埋まっていくスタイル嫌いではないよw
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