文化祭②
時が経つのは早いもので、早速文化祭が始まった。
一日目は、ほとんどフルタイムで、クラスの手伝いをしていた。タコ焼きを作ったり接客をしたりと、忙しく、休む暇もほとんどなかった。
その反動もあり、二日目の一般参加が許された今日は、完全フリーだった。
クラスの手伝いはせず、自由に行動することができる。‥‥‥はずだったのだが。
「あ、クレープだって。高校生は文化祭でクレープ作れるんだ。すごいね」
「たまたま技術者がいただけじゃないか。普通はそんな面倒なのやらないって」
現在、俺は従姉妹に文化祭巡りを付き合わされていた。こんなことなら、今日を仕事の日にしてもらうんだった。
「そうなんだ。てかみーくん、なんかずっと元気なくない?」
「そりゃ、図書室あたりで本読んで時間潰そうと思ってたところでこの仕打ちだからな。テンションも下がる」
「仕打ちって‥‥‥せっかくの文化祭デートなんだか──いや、デートじゃないんだからね⁉︎」
「一人でやってんだお前」
楓は、熟れた林檎のように顔を染めながら、自ら発した言葉を自ら否定する。
高校の文化祭に興味があるのはいいが、それに付き合わされるのは困ったものだ。一人が嫌なら、シィちゃん辺りに付き添ってもらえばいいのにな。
「そういや、シィちゃんはどうしたんだよ」
「お母さんが見てくれてるよ」
「なら安心か」
「うん。言っとくけど、友達のいないみーくんの為に来てあげたんだからね。一人で文化祭とか可哀想だし」
「そりゃどーも」
俺は適当に返事を返す。
と、ちょうど前からやってきた女子二人組が俺に声をかけてきた。
「あ、やっほ瀬川くん」
「もしかして隣にいるの瀬川のカノジョ?」
クラスメイトの女子だ。
俺と楓を恋人同士と勘違いしてるらしい。
「いや違う。ただの従姉妹だよ」
「へーそうなんだ。かわいいー」
「だよね。瀬川のカノジョにしては可愛すぎると思った」
「うるせっ。つか、お前ら今日仕事の日だろ。こんなとこでうろついてていいのかよ」
「今あんま人来てなくて暇だから休憩してるの」
「そそ。あ、てか私たちも一緒して良い?」
「いや、男女比キツいだろ」
「あはは、たしかに」
「じゃ、またね瀬川。従姉妹ちゃんも」
ヒラヒラ手を振りながら、女子二人組が去っていく。それを目で見送る。
と、左隣にいる楓がこの世の終わりでも見たかのような顔で、俺を見上げてきた。
「みーくん、友達いないんじゃなかったの?」
「俺をなんだと思ってるかわからないが、まぁ普通にいるぞ」
「だ、だって休日も全然家から出ないじゃん‥‥‥!」
「インドアなのは認めるけど、最低限の交友関係はあるから」
「男子ならまだしも、女子ととか‥‥‥みーくんのバカ。今すぐクレープ奢らないと、ダメなんだからね⁉︎」
ムッと顔を顰めると、ぷくっと頬を膨らませる楓。合理性のない暴言を吐かれ、クレープをせがまれる。意味不明である。
なぜか、涙でうるうるしてるし‥‥‥このまま泣かれても面倒だから、クレープ買ってやるか。
小さく嘆息しつつ、俺たちはクレープの出店へと向かった。
〜〜〜
楓と文化祭を回りながら、時折知り合いに声をかけられる。その都度、楓が俺のカノジョと勘違いされていた。なぜか楓は嬉しそうだったが、俺が否定するたびに、少し不機嫌になるのは何なのか。
もしかして、俺のことが好きなのか? いや、でも従姉妹だしな。
全体的に文化祭を回り終えたところで、ふと、楓の足が止まる。
彼女の視線の先にいたのは、女子生徒に「ウチの商品買って」とせがまれる桜宮先生だった。
文化祭の日の教師って大変そうだよな。
絶対出費えぐいだろ。生徒からしたら、金づるでしかないし。
しかし、どうして楓は桜宮先生を見て警戒心を剥き出しにしてるのだろう。楓は、桜宮先生と面識はないはずだが。
「どうかしたのか?」
「ううん。別に」
「別にって感じじゃないだろ。あの先生が気になるのか?」
「先生‥‥‥そっか先生なんだ、ふーん」
「なんだよ? その反応」
「べっつにー‥‥‥ただ、みーくんの好みっぽい先生だなって思って!」
「はぁ? 何を根拠に言ってるの知らないが、全然違うぞ。俺、歳下の方が好きだし。あの先生、ああ見えてもう三十路だから」
俺が好きなのは、歳下だ。まぁ、年齢にそこまで頓着はないが、少なくとも桜宮先生ほど歳の離れた人を恋愛対象にはしていない。
「ふんっ、どうだか──って、え、三十路⁉︎ 三十路って、あの人そんなに歳取ってるの⁉︎ てっきり二十代前半かと思った‥‥‥」
桜宮先生の年齢を告げると、楓が大きく目を見開き、驚いた反応を見せる。
何も情報がない状態なら、桜宮先生が三十歳だと見抜くのは難しいか。そのくらい若々しいからな。あの人。
と、女性の年齢の話で盛り上がるという、当人が聞いたらブチ切れかねない内容の会話をしていた時だった。
「‥‥‥せ、瀬川くーん? ちょっといいかなぁ?」
いつの間にか、俺の目の前に来ていた桜宮先生が青筋をピクピク立てながら、ぎこちない作り笑いを浮かべていた。おっと、殴られるやつですねこれ。
さすがに場所を考えないデリカシーにかけた発言に、遅ればせながら反省する。
俺は滝のように汗を浮かべながら、ペコペコと全力で謝罪を開始した。
「す、すみません桜宮先生。その、悪気は無かったんです。すみませんすみません許してください!」
「うわ、すごい美人‥‥‥」
俺が平謝りする中、楓が間近で見る桜宮先生に目を奪われていた。
「えっ、そう? あ、ありがとっ。なにこの子、瀬川くんのカノジョ?」
褒められて気を良くしたのか、桜宮先生の口の端が緩む。どうにも、楓は俺のカノジョと間違われるきらいがあるらしい。
それはそうと、桜宮先生まで間違えてくるとは。
俺にカノジョがいたら、婚約者のフリなんてやらないっての。
「違いま──」
「はい。みーくんのカノジョです♡」
ん?
だが俺が否定しようとした刹那の出来事だった。
楓は俺の腕に引っ付いてくと、そのままありもしない事実を告げたのだった。




