No.83 二枚の鬼札と菓子好き魔王➁
生きてる
「——————てなわけで、メギドを改めてタンクとして改造することもできないし、本召喚の死霊にタンク役を任せるには不安が大きすぎる。今は絶対に必要というわけでもないし、追々対策は考えていこう」
ヌコォの指摘を受けたノートがタンクが用意できない理由について詳しく説明すると、ヌコォは納得したように頷いた。
「タンクを死霊に任せられないことは理解できた。私も他のアプローチで解決できないか考えてみる」
「ああ、よろしく頼む。それで、他に気になることとか、要望はないか?」
タンクに関しては一応決着がついたので、ノートは他の点について改めて問うてみる。ユリン達は「うーん」と考え込み、トン2と鎌鼬もまだ具体的にはわからないなりに今までのゲームの経験を思い出して頭を捻ってみる。
暫くして、意見が一向に出ないのでノートがそろそろ切り上げようか考えていると、遠慮がちながらネオンが非常に小さく手を挙げた。
「ん?ネオンはなにか気になるか?新しい死霊にはヒーラーとしての技能も狙っていくつもりだから負担が増えるようなことは無いと思うが」
そんなネオンの反応を見逃さずノートが話を振ると、ネオンは首を横に小さく振った。
「あの、その………少し、的外れな意見かもしれないんです、けど………」
パチパチと瞬きは多く、体はおびえるようにせわしなく震える。声は喋るほどに小さくなっていく。全員の視線が自分に集まりネオンはいよいよ萎縮する。
そんなネオンを元気づけるようにノートは表情を柔らかくした。
「いや、なんでもいいぞ。過去にネオンの意見が攻略の鍵になったこともある。自分の意見にもっと自信をもってもいいぞ。仮に間違えたって、ここにいる奴らは笑ったりしないさ」
ネオンはまだまだゲーム初心者。だが、腐った森の胞子にノート達が苦戦していた時、その解決案を出したのはネオンだ。
胞子を吸い込むのがダメならば、マスクをつけるなりして直接吸い込まなければいい。
単純な方法だが、ゲーム慣れしすぎているとなかなか見落としがちな考えだ。それを思いついたのは参謀役であるノートでもヌコォでもなくネオンである。
ノートに励まされ少し自信が出たのか、ネオンは少し深呼吸をすると聞き取れるギリギリの声量で意見をだした。
「その……ポーション、とかの、アイテムを………もう少し充実させても、いいのかな、と………」
ポーション、なるほど、ノート達は気にしていなかったポイントだ。だが、ネオンがどんな理由で提言したのか、ネオンがより皆と話すいい機会だと思い、ノートは具体的な理由を聞いてみた。
「えっと、その、前回のイベントで、プレイヤーさんから得たアイテムとか、見て…………あと、アグちゃんのお陰で、私は、皆さんより全体を、その、み、見渡せる機会が、多かったん、です。
…………そ、その時、思ったんですけど、プレイヤーの皆さんの方が、その、色々なアイテムを、使っている、と思ったんです」
あ、あとネモさんが、忙しそう、かな…………と、思ったりして…………。
ネオンはつっかえつっかえだが、最後は消え入る様な声で、話しきった後は顔を赤くして俯いてしまったが、それでも自分の伝えたいことをなんとか言い切った。
「あ~…………言われてみれば、そうかもしれないな」
ALLFOでプレイヤーが回復したりバフを得るには大きく分けて2つの手段がある。
一つは魔法、もう一つはポーションを始めとした消費アイテムを使用することだ。
ネオンの指摘を受けて今回のイベントでPKにより強奪したアイテムを改めて精査すると、質こそ低いが技術力の優れているはずの『祭り拍子』よりアイテムのレパートリーは圧倒的に豊富だった。
『祭り拍子』のメンバーはアグちゃんやネモ、タナトスのお陰で通常では考えられないほどのバフの付いた食事を摂取できるし、ネオンがバッファーとヒーラーとしても優れているので後回しになっていたが、アテナのメインとする小道具系は充実していてもシンプルな消費アイテムの研究は他と比べて劣っていた。
ネオンの指摘は間違いではない。
しかしネオンが言いたかったことはそこではないとノートは気づいていた。
最後に、おまけの様に消え入る様な声で付け足された言葉がネオンの一番言いたくて、しかしなかなか言えなかったことだと分かっていた。
「(…………ネモか。確かに負担が大きすぎたかもしれないな)」
ネモは基本的に非常に広大な農地を一人で管理しているが、一方で『薬剤師』としての顔も持つ。なのでポーション系の作成もネモに丸投げしていたのだが、ネモはその上でアグちゃんやネオンと共に新種の植物の開発も担当している。
実際に話す機会が多いからこそ、ネオンはネモのキャパが限界近くにあることを前々から知っていたのだ。
しかしノートのオリジナルスキルで死霊たちの好感度は基本的に降下することがなくっている。ある種ワーカーホリックで健気なネモはキャパ限界が近くともせっせと一人で頑張っていたのだ。
これはオリジナルスキルのお陰で好感度が下がらなくなったことにより、ノートの死霊への好感度管理が雑になっていたが故のミスだ。
確かに今は表面上破綻が起きていないし、問題もない。だがアイテムの研究がこのペースで後れを取るならばいずれそれを悔やむときがくるかもしれない。
少なくとも、ネモに薬剤師まで任せ続けるのはよくないとノートは判断した。
「ありがとうネオン。非常に価値のある意見だった」
ネオンが指摘しなかったら、問題が起きるまで誰も気付かなかったことは間違いない。ノートがネオンに素直に感謝すると、ネオンは恥ずかしさと嬉しさで更に深く俯いてふるふるとうなじまで赤く染まった首を横に振っていた。
「だとするとぉ、ポーションとかを専門にする死霊も召喚する感じかなぁ?」
ネオンの提言に合理性があると判断したユリンはノートに意見を求めるが、ノートは即答せず少し考え込む。
「どうだろうな。正直、そんな死霊をどうしたら狙えるか、俺には全く分からないぞ」
タナトスは完全に偶然だが、他の本召喚の死霊にはその原型を決定づけるキーアイテムがあった。
例えば、アテナは廃村で発見した『絡繰時計』、ゴヴニュは多くの鉱石と運営からの詫びアイテムである『鎚』、メギドはユニーク武器である呪われた『戦斧』、ネモは植物系悪魔の魂と多くの薬草、謎の存在に呪われた『樹の盾』。
召喚された死霊の性質は、捧げられる魂だけでなく生贄となるアイテム、特にレアリティの高いアイテムに大きく影響を受ける。
もし調薬関係の死霊を狙うなら、錬金術や薬師の初級キットなどのみを生贄にすればもしかしたら狙えるかもしれない。
だが、タナトスを喚び出す時に捧げた生贄も似た様な物だったとノートは憶えていた。
つまりレアリティの高い特徴的なアイテムが無いと、狙った方面に対して強力な能力を獲得してくれない可能性が大いにあるのだ。
更に、敢えてアイテムのリソースが低い生贄で召喚しても使い物にならない可能性がとても高い。
タナトスは元々超器用貧乏だったが、自分の苦手な分野を他の死霊が補ってくれたお陰で自分の力をより生かせる方向へ進化を遂げた。
悪魔勢に振り回されつつも、ミニホーム全体の管理を行い、料理を作ってノート達の支援もするしバルちゃんやアグちゃんの御機嫌取りまでしてくれる。
こんなことは他の死霊にもプレイヤーにもできないタナトスだけの重要な仕事だ。
オールラウンダー故にタナトスは現在のポジションに落ち着くことができたのだ。
しかし最初から専門の仕事を割り振るのに、その一番の利点がスペック落ちでは意味が無い。その死霊がタナトスと同じように上手く価値を出せる可能性は低い。
さてどうしたものか。
ノートは暫し悩みながら、未だに恥ずかしがってモジモジしているネオンをボーっと見て小動物めいた可愛さを見出していると、先ほどはノートを見捨てたアグちゃんが何食わぬ顔でやってきてネオンの膝の上にいきなり腰かけた。
悪魔勢は相変わらず実にフリーダム。イベント中に長く行動を共にしアグちゃんとネオンの仲はかなり深まったようで、ネオンもアグちゃんのいきなりの行動に慌てはしていたが拒否するような反応はみられない。
「これはなかなかいい傾向だな」と、そんな彼女たちを穏やかな気持ちで眺めていると、ノートに一つのアイデアが思い浮かんだ。
「そっか。別に俺がやる必要はないのか」
「なにか当てがあるってのか?」
死霊はダメ。この中で適任者もいない。その上ノート自身が動くわけでもない。ノートの呟きに対してスピリタスが代表して問うと、ノートはネオンとアグちゃんに視線を送る。
厳密には、ネオンの膝の上でバケットからポテチをパリパリ食べ続けているアグちゃんに。
◆
「アグちゃん、悪魔の中に調薬とかバフ系のアイテムを作るのが得意な奴とかいない?」
いきなり話を振られたアグちゃんは驚いたのかポテチで咽るが、ネオンに背中をさすってもらった後に涙目で答えた。
「悪魔は暴れることしか考えてないから、そんな奴は悪魔からすれば超変人ね。でもいないこともない。あたしは一人だけ知ってるわよ。
でもあたし、アイツの事きらい。ひとの話きかないでずーっと引きこもってるような陰気なヤツよ!しごとも全然しないし!」
思い出しだけでもムカついたのか、ふくれっ面でポテチをバクバクとハイスピードで食べ始めるアグちゃん。とても子供らしい態度だが、欲しかった情報はノートの予想より遥かにあっさりと喋ってくれた。
バルちゃんもアグちゃんも今まで不自然なまでに彼女たちの故郷である地獄については語らなかった。
ノートとしては長期戦も覚悟していたが、今回はアグちゃんの単純さに感謝すべきだろう。
「その悪魔って、ネオンが召喚することは可能だったりする?」
ノートの言葉で、トン2と鎌鼬以外は合点がいったような表情になる。
そう、『召喚』ができるのはなにもノートだけではない。ノート以上に難易度は高いがネオンもまた悪魔の『召喚』ができるのだ。
「うーん、そんなこと言われてもわかんない。アイツ、あたしの子供でも部下だったわけでもないもん。
それにアイツ引きこもりでコソコソなにかをいじくり回してるだけだから、悪魔の中でも一番“外”に興味がないと思う」
「あくまで、怒らないで聞いてほしんだけどさ、アグちゃんがソイツを強制的にこっちに連れてくることはできる?」
ノートが慎重にできるだけ地雷を踏まないように穏やかな声でアグちゃんに問うと、地雷こそ踏み抜かなかったがアグちゃんの顔は見るからに不機嫌そうになる。
「…………アイツ、引きこもりだけど一応、一応よ、一応だけれど、その………『肩書』は、あたしと一緒なのよ、ムカつくけどね!!」
フンッと鼻をならして怒りを表明するアグちゃん。不機嫌を全身でアピールしているのか尻尾を激しく揺らし始め、アグちゃんを膝に座らせていたネオンが尻尾ビンタを喰らい「あうっ」と小さな悲鳴をあげる羽目になっていた。
「あー、つまり、アグちゃんと同じ肩書を持ってるってことは『魔王』の1柱って事?」
「そういう事!!でもアイツが魔王なのは力があるからじゃなくて、ムカつくけど悪魔の中では頭が回るからよ!!
そのお陰でアイツはお情けで一応魔王の肩書をもらってるのに、部下に仕事を押し付けて自分は好きな事ばっかりしてるのよ!!超ムカつく!!」
アグちゃんはその悪魔に対して大層ご立腹の様だが、ノートからすれば『力』を重要視していない、つまり普通の悪魔より話の通じる奴という印象を受けた。
「でもね、バルバリッチャ様が動けばアイツだってすぐに根城から出てきてヘコヘコ頭を下げるに違いないわ!!
アイツはね、自分より下に見てるやつにはすっごいえらそうだけど、自分がどうやっても勝てない奴にはすっごい下手にでる女々しいヤツなの!!」
しかもアイツはあたしと一緒でバルバリッチャ様の部下だもん!絶対にさからえないわね!
どこかの誰かによく似た特徴を口にしながら、陰口をたたいてスッキリしたアグちゃんは何故か自慢げにそう締めくくった。
しかし同時に重要な情報も齎してくれた。
なぜアグちゃんがそんな偏屈で嫌ってるヤツに関して詳しいのか。ノートはそれが少し気になっていたが、バルバリッチャという上司に同じく仕える同僚という関係だったなら納得できた。
ノートが今までにバルバリッチャやアグちゃんから受けた印象ではあるが、どうやら『悪魔』とか『大悪魔』は同族に関する興味とか繋がりが非常に薄い。
正直、ノート自身も質問こそしないが引っ掛かっていたのだ。
封印されていたバルちゃんを見つけたのは偶然であったとしても、その封印を解いたのはゲームのほぼスタート時点。
アグちゃんの召喚時の発言から『悪魔』達にとってはバルバリッチャを始めとした『大悪魔』は既に消滅した扱いになっていたようだが、ぶっちゃけあの程度の封印なら悪魔の一匹でも諦めずに探し回っていたら見つけられなくもない気がするのだ。
この考え自体はノートの穿った物の見方かもしれない。しかしバルバリッチャが他の大悪魔の生存を示唆しても、バルバリッチャはその解放を推進していないし、それを聞いていたアグちゃんも全く動く気配が無い。
今の話からバルバリッチャとアグちゃんの関係が正式に主従の関係にあったことがわかっても、文脈からして『大悪魔』は地獄の管理人。部署違いとはいえ上司。他の悪魔にその生存を伝えるぐらいはするのかと思えば、アグちゃんはただホームでお菓子を食べているだけだ。
それに加え、どうやらアグちゃんにも部下はいたようだが、ソイツらを召喚して自分の雑事を押し付けるようなこともない。
やはり、悪魔たちは基本個人主義なのだろうとノートは推測する。
悪魔たちの生態が徐々に見えてきたが、それは兎も角、問題解決の糸口は見えた。直接的な解決案もある。これで全てはOK…………とは、ノートは思わない。
ただの勘だが、バルバリッチャに頼りきりになるのは地雷の香りがプンプンしたからだ。
「それはもう最終手段だ。基本的にバルバリッチャの手は借りずに接触を試みたい。その上で、例のヤツとは接触を図れないか?あ、待てよ。そもそも万が一ソイツと接触できてもバルちゃんが許すか…………?」
バルちゃんはノートの成長を阻んでしまうから、という理由で自分から手を貸すことは非常に少ないしアグちゃんにも過剰な介入は禁じている。
虫の飼育やら植物の合成やらは生産関係だから口をださないのか、いや、単純に自分の酒やツマミの為に止めないだけだろう。
それはノート達の為というよりは、バルちゃんの利己的な考えによる物だ。
問題は、『調薬』などがバルちゃん基準でOKなのかOUTなのか、という事だ。アグちゃんの場合は、ネオンが悪魔召喚を可能とした結果、ただ目的もなく試しただけだ。元から虫の飼育などを任せる目的ではなかった。
しかし今回は明確な目的をもって召喚する。
もしアグちゃんの言うその悪魔がアグちゃんと同格なら、そいつの作り出す薬剤はプレイヤー達を大きく超すどころかオーバーテクノロジーな物になる可能性がある。
となれば、バルちゃんがそれを過剰な甘やかしだと判断し許さない可能性も大いにある。
話を聞く限り、アグちゃんとは犬猿の仲。アグちゃんに直接動いてもらってもソイツを召喚することはできないだろう。かといってバルちゃんは更に望みが薄い。
「やっぱり手を借りる借りないは別にしても、バルちゃんの許可がないとダメか…………」
さあ、どうする?ノート達が視線で皆に問いかけると、鎌鼬が確認する。
「それは、彼女、確かバルバリッチャと言ったわね。彼女を説得するという方針でいいのかしら?」
「俺としてはそのつもりだ。だけど気難しさもヒエラルキーもここだとトップなんだよな。簡単には頷かねえぞ」
「お口が達者なノっくんが『説得は難しい』って思うなら~それはもうおてあげだね~」
この手の交渉などが苦手なトン2は早々にギブアップ。ヌコォもネオンもバルバリッチャの扱い辛さをよく知っているのでなかなかいい案が思い浮かばない。
この中ではノートに並んでバルバリッチャと付き合いが長いユリンも流石にいい案が出てこない。
手詰まり感が漂い始めた中、バルちゃん攻略の糸口をつかんだのは意外な人物だった。
「なぁ、その悪魔とやらは液体ならなんでも弄れんのか?」
アグちゃんに徐に問いかけたのはスピリタス。アグちゃんもスピリタスから質問を受けたことに驚いたようだったが、肯定するように頷く。
「液体っていうか、その、アテナとかゴヴニュみたいな木工とか鍛冶とかじゃない物作りとかは大体できると思う、けど」
どうやらバルバリッチャと似た雰囲気のスピリタスはアグちゃんも少し苦手らしい。先ほどよりテンション低めに答えているのはノートとしても面白い発見だった。
そんなアグちゃんに気にかけることもなく、スピリタスはふーん、と頷く。
「だったら『酒』もできるんじゃねえの?大雑把に言えばカクテルとかも調薬みたいなもんだろ」
「お前やっぱり頭いいな」
その手があったか、とスピリタスの言葉にノートは感心した。アグちゃんはいつでもどこでも見かけるたびにお菓子を食べているが、食に目覚めたのはアグちゃんだけではない。
どっかの誰かさんもわざわざ酒造用の倉庫まで用意させ、本来エンドコンテンツクラスの魔法と思われる魔法まで使って酒を量産している。
ノートに教えられてカクテルを色々試していることも知っている。
酒をある種の薬として捉えるならば、交渉の余地はある。重要なのはバルバリッチャにも明確なメリットがあるという事だ。
「オッケー、方針は固まったな。先にやるべきことを済ませて、その後交渉へ移ろう」
ノートはパンと膝をうって立ち上がると、他の死霊にも召集をかけて中庭に『祭り拍子』全員を集めるのだった。




