No.545 私情は挟んでいない
ダークギャザリングはいいぞ
Gingerがアサイラムに合流して暫し。
青の遺跡に続いて発見した黒の遺跡をアサイラムは探索しているが、Gingerの連携はまだ十全とは言えない。
GingerはDDに所属していたが実質ソロに近い立ち回りだった。ソロで動きながら、DDという大規模組織のバックアップを受けるという良い所取りだけをしていた。
普通に文句の一つや二つ言われても仕方ない我儘さだが、実際に多くの苦情が寄せられていたが、本人がゲーム的にも圧倒的に強ければ社会的にリアルファイトも辞さないリアル強者のせいで誰も文句を言えなかった。
しかしノートはそんな甘えた事は許さない。アサイラムとして活動するなら連携も出来るようになれとGinger強化週間を作った。
「難しいのぅ……」
「上手ぐでぎね……」
悪い事をしてしまった小学生のようにノートの前に立つのはGingerとツナ。Gingerは困ったように眉根を寄せ、ツナはしょぼんとしていた。
この2人はポジションが近い。初期限定特典の特性上、手数の多いツナと単純火力に優れたGingerの相性は良いはずだ。なのにいざ運用すると邪魔しあってしまう。
それも当然。この2人は今まで周囲に合わせてもらうことしかしていなかった。アサイラムの他メンバーが合わせるのが上手いだけでこの2人の連携力は御世辞にも良いとは言えない。
ツナはそのせいで根は良い子でも今までのオンラインゲームではイマイチ内輪に入れなかったし、Gingerは本能的に理解していたのでソロを好んだ。
「うーん……」
顎に手を添えてノートは思案する。
Gingerを加入させる事を決めた時点でこうなる事は予想できていた。むしろ思ったよりかは酷くない、と言える。
昔のトン2や鎌鼬はもっと酷かっただけに、予想よりは遥かにマシという評価になる。少なくとも邪魔な動きをしている味方を殺すという暴挙には出ていない。
「Gingerさ、動きを見てる感じだと対モンスターでも『匂い』って感じるよな?」
「感じてはおるが、混じってしまうからのぅ。集団戦でもわかる時は余程じゃぞ」
「やっぱりか」
ノートの目は実験動物を見るような目をしており、Gingerは居心地が悪くなる。今まで怪物を見るように恐れられた事はあったが、このように面白がるように見られた経験は初めてだった。
ノートの言う『匂い』とは、Gingerの持つ嗅覚の共感覚の事を指す。Gingerの共感覚は色や形に匂いを感じるが、それに加えて周囲の危機や感情の動きにも反応する。
ノートが戦闘映像を見ていると、たまにGingerが人が変わったようにやたらいい連携を見せる時があった。
「それが逆にダメなのかな」
「え?」
「どう言う事じゃ?」
連携とは、違う大きさ、違う速度で回る2つの歯車の速度を調節して噛み合わせる作業に近い。潔く連携を諦めるならそもそも歯車を近づけなければ事故は起きないが、一つの歯車でやれる事は限られている。
大事なのは速度合わせと噛み合わせるタイミング。回りながら噛み合わせるためにペースが違うと歯が勢い良く激突して欠けてしまう。
二つの歯車は近づきながら少しずつ速度を合わせる。一度は速度を大きく下げてでもまず歯を噛み合わせることを優先する。一度噛めばスピードを上げても問題ないのだ。
ではツナとGingerの場合は。
この2人は歯車に例えるとデカくて歯が多くて回転速度が異常に速いメイン動力級の歯車を担っている。本体性能が高いし、初期限定特典の能力も火力が強めで手数を大事にする。通常のパーティーであれば、この1番パワーのある歯車を中心として周囲が歯車の速度を調整する。
そう。この2人はどちらもモーターに直結しているメイン動力型の歯車なのだ。
なので速度の調整が難しい。
それでもツナは拙いなりにGingerの歯車の速度に合わせようとする。でもまだ下手なので早過ぎたり遅過ぎたりする。
一方でGingerはメイン動力の歯車なのに、持ち前の能力、嗅覚による察知で瞬間的に速度を調整出来る。なのでたまにカチリと噛み合って上手くいく。
けれどGingerの歯車の回転速度が一定であることを前提として調整をしているツナからすると、瞬間的に嚙み合う事が逆に大きな混乱の元になる。
速度1でも2でも3でも恒常的には噛み合わないのに、部分で噛み合う瞬間がある。アレ?どれが合ってるの?となってしまう。
なまじGingerが変に合わせてしまうから余計にツナが混乱する。それがこの2人のコンビネーションがうまくいかない原因の1つだとノートは推測した。
おまけに2人とも超感覚型なので言語で擦り合わせができない。言語化が苦手ということは、歯車の速度調整も大雑把と言う事。理屈ではなく本能で変速している弊害だ。
2人がわかるように噛み砕いて説明をすると、2人は分かったようなわからないような顔をする。
「けどチーフがいると出来るんじゃぞ?」
「なすて?リーダー」
そして2人を混乱させているもう一つの要素。それはノートが指揮をすると普通に上手く行くと言うイレギュラーな実例を知っていること。
ノートがいる時は難しく考えなくても上手く動けるので、2人は納得できないと首を傾げる。
「あのねツナっち、ジンちゃん。それはロケットに乗った後に旅客機に乗って、前より遅いんだけどなんで?言っているのと一緒っすからね。パイセンの指揮を普通だと思っちゃダメっすよ」
この問いにどう答えるかノートが言葉を選んでいると、ノートのお悩み相談室を側で聞いていたカるタが乾いた笑みを浮かべながら助け舟を出した。
まさか、ノートの指揮が人をストレスフリーに動かす事にかけては異様に上手すぎるだけだからほかの指揮官に文句言うな、とノートからは言えないから。君たちがそのつもりは一切無くとも暗に下手と言っている指揮官ですら、一般の指揮官が乗用車程度なら飛行機程度の力はあるんだぞ、とは。
カるタもプロゲーマーなのでツナとGingerがどんな問題を抱えているかはわかる。プロゲーマーの中には合わせてもらう事で能力を最大限発揮する我の強いタイプがいる。それは悪い事じゃない。切込隊長やここぞと言う時の勝負強さは目を見張るものがあるエースに化ける可能性を大いに秘めているプレイヤーだ。歯車の速さの調整が下手なのは、逆を返せば相手のペースに囚われにくいとも考えられるのだから。
ただ、今回はこの駒をダブル起用すると言う無茶をやろうとしているのだ。カるタからするとノートが事故を起こさずに2人を同時運用できているロジックの方が理解できない。
「で、ノートさん的にはどう解決するんすか?」
「そんなの練習あるのみだろ。魔法のような解決方法なんてない。わかるまでやるだけだ」
「意外とそこは堅実なんすね」
「俺は魔法使いじゃないし、出来ない事をやらせたりはしない」
2人はムムムムっと難しい顔で唸っていたが、ノートのその一言でパッと顔を上げる。
それを見ていてカるタはモチベ維持と人心掌握が上手いなぁ、と内心で呆れる。
「まあ、魔法は無いが、即成栽培する方法はある」
「そうなんすか?」
「どうやるのじゃ!?」
「教えで教えで!」
ノートの言葉にツナとGingerは詰め寄る。やっぱりうちのスゴいリーダーには何か策があるのだと期待する。
目をキラキラさせる2人にノートはニッコリと微笑んだ。
「もっとやばい地獄に叩き込む。感覚派にはそれが1番。邪魔ならお互い殺してヨシ!そうすれば絶対ポジション取り覚えるから!さぁGBHWへレッツゴー!」
その昔、ノートがトン2と鎌鼬を半ば騙くらかすようにVRMMOに誘い込んだ時、その連携は言葉にできないほど酷いものだった。個人競技で生きてきたトン2と鎌鼬の2人はやりたいことをやり切ろうとするので、その進路上で邪魔な場所に立っていると味方だろうが殺した。何が始末に悪いかと言えば、大局で見ると彼女達の選択のほうが正しかったりする事。
その1番の被害者は当然2人をVRMMOの世界に引き込んだノートだった。
2人は性格的にアタッカーをやりたがり、セットで来るユリンもアタッカー選択。そうなるとノートはヒーラータンクなどと言う地獄のような事をする必要があり、なのに味方に背後から攻撃されるという難易度インフェルノ状態だった。
そんなノートのとった手段はシンプル。ノートも邪魔だと思ったらトン2と鎌鼬に反撃する。それだけ。連携は一方的に合わせればいいと言うものでも無い。コンビプレイならどちらかが我慢すればまだいいかもしれないが、3人以上で遊んでいるならダメだ。
言ってもダメなら実力行使。
歯車の速度が合ってなくて半端にお見合いして両方の歯車が止まるぐらいなら、両方勢いよくぶつけてちゃんと勢いがある歯車に当たり勝ちさせる。そうして何度も当たり負けや当たり勝ちをして、どうすればベストに当たり勝ちできるか模索できるようになる。逆に当たり負けしそうなら避ける事を覚える。
極論、味方VS敵ではなく、全員敵の構図にする。それなら歯車を変に弄る必要がない。
次第に当たり負けしないように動きが洗練されていく。相手に遠慮して避けるのではなく、最適解が自然と噛み合うようになっていく。普通のパーティーでやると仲間割れ必須のクソみたいな解決方法だった。
途中でジアが加わって少し負担はマシになったが、ノートからすると久々にGBHWに近しい環境を想起させる難易度だった。
この経験を踏まえて、ノートはこの2人をGBHW送りに決めた。決して私情は挟んでいないと心の中で言い訳しながら。
判決:GBHW送り
※次回からGBHW編になるわけではないので安心されたし




