No.543 白旗宣言
約一年と半年ぶりの正式ALLFO本編
11章後半戦スタート
死の間際、人は走馬灯を見る。
攻略法を考え続けたノートが死の間際で見た走馬灯はここ最近の記憶だ。
GoldenPaerの案件配信という難行。
契約問題から事前打ち合わせなど全て込み込みでエラい手間になった。GOサインを出したことに全く後悔しなかったと言えばウソになるほどの手間だった。
稼ぎ過ぎて心臓が痛いと本気で泣きついてきたゴロワーズから差し出された大金を、ゴロワーズの精神的負担も鑑みてポリシーを捻じ曲げてでも流石に受け取ることを決めたくらいには色々と大変だった。
それでも、その難しさも含めて、後から振り返れば楽しくはあったのだ。
少なくとも現役プロの上積みの同系統タイプとの共闘は良い刺激になったし、ゲンゴロウも初見殺しは多けれどそれを突破してみせたことは自信に繋がる。
そう。ゲームというのは簡単過ぎてもつまらない。
計算通りきっちり余裕を持って勝ち切るのも楽しいが、ギリギリを乗り越えて至る勝利が齎す脳内麻薬は甘美に尽きる。
大事なのは一見理不尽で「これ勝てんのか?」と思わせる様な強さでありつつも、初見時の戦闘で「今はちょっと難しいけどこう工夫したら勝てるか…………?」と薄ら思わせること。
高い山の遥か頂上を見上げて本当に自分の足であんな場所に辿り着けるのかと思っても、ガムシャラに歩み続けて辿り着いた頂上からの景色は何よりも美しいのだ。
しかし人が登り続けられるのは、見上げた時に自分の足元から頂上まで続く地面が、道が見えてからだ。
まるで道筋の見えない山を1から工夫もせずに登ろうとするのは、僅かな狂人かただの考えなしのアホである。
その観点から見ると、このボスは。
軟体生物が陸上で放置されて腐り、半ば融解した様な状態から急速乾燥された様な形容し難き大きな何かの死骸の塊。
もう少し簡単に形容するなら、生ごみ混じったヘドロを大きなスライムに混ぜ込んでから乾燥させたような物。
直径は約8m、高さ約2mとそれだけでもそこそこのサイズがある。
その塊単体でも悍ましいのだが、その塊を下地に生えている物が気持ち悪い。
形容するなら何十本もの異様に細長い人間の腕、おそらく3m近い長さの腕が生えており、その白腕にびっしりとカビだらけになった様なスズラン擬きが生えてユラユラと揺れているような状態。スズランの花に当たる部位にはエリンギの様なものがぶら下がっている。
そのエリンギが深呼吸をするように膨らんでは濁った赤褐色の煙を吐き出し続けている。
この奇妙な生命とも言い難い存在の周りには木星の周りにある環のようなものが展開されている。
「はぁはぁ、んくっ、はぁはぁ……」
ノートの視界でまだ立っているのはアサイラムの絶対的なタンクとして君臨するJK。いつも楽しげなムードメーカーの姿はそこになく、荒く呼吸をしており立っているのもやっとの様な状態だ。盾を構えてこそいるが構えているというより最早寄りかかっていると言った方が正しい。
「こんなの、はぁはぁ、どうしたら……!」
その近くで弱々しく燃えているのは、不死鳥由来の圧倒的な生命力を誇り回避タンクとして頭角を表しつつあるエロマ。
火山砂の化物との戦闘で大きく殻を破り成長が著しく、強気でメンタル強者な彼女ですらも今にも座り込みそうなほど消耗している。
闇夜で燃え上がれば辺り一体を煌々と照らすほどの燃焼をするはずの炎は弱火よりも弱まってしまっており、不死鳥に準えるならそれこそ死にかけの様な状態だ。
視界の外、ノートの背後では泣き虫な亡霊ティアが今にも泣きそうな顔で浮いている。
残りはいない。
この戦闘でここまで生存、戦闘継続可能なのはこの3人と1体だけだ。
『(+o+)これはあかん~』
非戦闘員のグレゴリも含めれば2体だ。
ノートが生き残っているのは、皆が少しでも情報を得る為にノートを残すべく身代わりになったからだ。
10人で、万全の状態で挑んで、このザマである。
赤の女王も青の女王も初見クリアを成し遂げ、あの超常の怪物である火山砂の化物相手ですらノートの相打ちをカウントしなければアサイラム全員が最後まで生き残り勝利した。
多くの修羅場を潜り、激戦を超えて得た宝と技術で大きく強化もされた。
そのアサイラムが、負けを悟り情報収集の為の敗戦延命をする事態。
何が恐ろしいかと言えば、他の都の傾向からするにこのボスはまだ第一形態でしかないことだろう。
スズラン擬きだらけの触手腕が一斉に動き出す。
腕の先の手の様な形のソレは花の様でもあり、中央に黒い不恰好な多面体が出現する。
手がしなり、投げるようにその多面体がノート達目掛けて放たれた。
「またそれか!」
「「リーダー……!」」
JKとエロマの縋るような問いかけ。
ノートに対する依存性がかなり低い彼女達がこの様に縋るような声を出すのは初めての事だ。そんなイレギュラーを起こす程度にはこの敵は強過ぎた。対処方法が思いつかなかった。
「くっ……!」
いつもならこの手の飛び道具には最悪簡易召喚死霊を大量召喚して攻撃が当たる前にデコイに当てて無効化するなどの手段を取る。
死霊術師における基本的な立ち回りだが、クールタイムの制限が取っ払われている為にノートが本気で召喚すれば大体の魔法は大きく威力を失う。普段は魂のストックの観点やらで取らない手ではあるがそれが本来の死霊術師だ。
ノートがツナ、エロマ、VM $、ケバプの4人を同時に相手どって模擬戦でPvPをしても尚勝てるのは純近接型がエロマしかいないからと言うのも大きい。
タフで恐怖心を持たないアンデッドどもはあらゆる肉壁の中でも純粋な壁としては非常に便利な存在なのだ。
しかし、この悍ましきスズラン腕の死骸はそのノート対策への一つのアンサーというべき攻撃を放ってきた。
迫り来る多面体の速度は大体小学生低学年のドッチボールで見られるボールの平均投球速度より少し遅い程度。ボールをキャッチする為の練習に投げるくらいのスピードなので、一般的な大人なら余裕で目で追えるしキャッチも可能なスピードだ。
裏を返せば、絶望をゆっくりと味わえるとも言える。
「すまんちょっと今は思いつかん!」
JKとエロマがなんとかノートに知恵を求めるも、ノートもハッキリと白旗宣言をするしかない。
対処を間違えたのは理解している。
特に序盤の展開を完璧に間違えた。
侮っていた訳ではない。ここに至るまでに十分警戒は高めていた。それでも足りなかった。
採算度外視ならここからでもひっくり返す手はあるがあまりにも芸がない。
「この、クソゲーーー!!」
ノートの怒号がその閉鎖されたエリアに響くが、それは負け犬の遠吠えでしかなかった。
黒い多面体はノート達に向けて投擲され――――――




