No.Ex 対米鯖第三≠五臨時偵察小隊 ⑪
サンキューピッチはいいぞ
グリモクロール。
今回の合同作戦が走り始めてから事前に女帝陣営を探っていたが、その名前は特記戦力リストにはなかったはず。
では軽く見ていて良い存在なのか。
今までの私であれば女帝自身やプロゲーマーチームの動きに圧倒されてそちらばかりに目がいっただろう。
けど先生に幾度となく徹底して鍛えろと言われた直感が囁く。この場で1番危険なのは今私に話しかけてきている彼女だと。
特記戦力になかった?
違う。
女帝がわざわざこの厄介過ぎる作戦に自分同伴でやってきて、代理である事を直接明言して送り出した人物。その人物が何故か特記戦力から漏れているという致命的な齟齬が、いや、おそらく彼女が今まで碌な情報を掴ませなかった、というのが正解だ。
何が怖いかと言えば、一目見たら忘れない様なインパクトしかない格好なのに情報がない事である。
実際接していると妙に影が薄い。
こんなインパクトしかない格好をしているのに最初の接触も女帝から紹介されるまで私の意識の外にあった。と言っても女帝の影が濃過ぎるというのもあるけど。カリスマが服を着て歩いている人みたいな存在の横にいたら誰だって若干影が薄くなる。
「そ゛ん゛な゛緊張し゛な゛く゛て゛も゛。も゛っと゛肩の゛力を゛抜いて゛い゛い゛です゛よ゛」
言動はまともだ。
容姿の奇抜さに目を瞑れば灰汁が薄い。
なんだったらそこら辺の初心者用装備を装備させておけば紛れてしまいそうな没個性的な存在感。
「大丈夫です゛、上手く゛いきま゛す゛よ゛う゛」
上手くいく。
普通に考えたら「今回の輸送が」という言葉が抜けている様だけに聞こえる言葉。けど彼女は女帝が自分の名義で連れてきた存在だ。
だとしたら。
先生は言っていた。
自分の弟子でほぼ免許皆伝を与えられるレベルの弟子はたった2人。
1人はアサイラム統領。もう1人は女帝。
この2人は考え方がよく似ているが幾つか明確に違う点がある。
その一つがプライドの高さ。
単騎真向勝負でプロゲーマーで競り合えてしまう女帝と、数多の奇策と初見殺しのオンパレードの上で漸く……漸くと言っても素人がプロゲーマーに競り合ってることが異常だけど、兎も角ギリギリで競り合えるアサイラム統領。
自分で出来る事が多いからこそ女帝の方がプライドが高い。自分を弱く見せるといった事を無意識に避ける傾向がある。
だから新しい手札を自分自身の手でオープンさせる時、あからさまに弱いカードは見せない。大富豪で言えば強気にK以上を見せる事を好むタイプだと。
間違いない。彼女はアサライム寄りだ。
この作戦を女帝が確実に成し遂げようとして、自分ではない代理人を出すなら、こちらの事情を理解していない人員を起用しないと無理だ。
手札を晒す時、女帝は雑魚カードをこれ見よがしに出してこないと私自身の勘も判断した。
「全体の゛合同指揮は゛困難です゛。ア゛メ゛リ゛カプロ゛ゲーマ゛ー陣営を゛メ゛イン゛ア゛タ゛ッカーと゛し゛て゛前線で散ら゛し゛ま゛す゛。私達ロ゛シ゛ア゛陣営は゛そ゛の゛バック゛ア゛ップ。ミゴさ゛ん゛は゛通常通り゛生産組組合だけ゛を゛指揮し゛て゛守備を゛重視し゛ま゛し゛ょう゛」
「そうですね。ええ」
手慣れた指示出し。プロゲーマーという強力な戦力を散らして運用する事は賛否あるかもしれないが多方面からの襲撃を前提とするなら手堅い戦略。
ただ、先ほど私達、というかグリモロールさん自身がUADDがメイン指揮だと明言したのに彼等を挟まず、彼等を戦略として数えない様な指示を出した事に違和感を覚え、私は思わずUADDの指揮官に目を向けてしまった。
そして目が合った。
彼は私達を見ていた。目が合ってしまうと彼も黙っていられなかったのかキャバクラを抜け出してこちらに騎馬を寄せてきた。
「ちょっと待ってくれよ。じゃあ俺たちは引っ込んでればいいのか?」
「引っ込む゛と゛いう゛か゛、そ゛れ゛ぞれ゛の゛馬車を゛囲む゛様に゛最終ラ゛イ゛ン゛を゛作る゛べきでし゛ょう。あ゛、でも゛そ゛れ゛だと゛数が足り゛な゛い゛か゛。最悪物資を゛減ら゛せ゛ばい゛い゛ん゛です゛け゛ど……正直に゛聞かせ゛て゛く゛ださ゛い゛。今の゛UADDに゛そ゛の゛余裕は゛”絶対”に゛あ゛る゛と゛言え゛ま゛す゛か゛?」
「そこまで、ないとは思う。あればあるだけ物資がいると」
「DDに゛完全に゛ト゛ドメ゛を゛刺せ゛る゛か゛の゛瀬戸際です゛も゛ん゛ね゛。そ゛こ゛に゛ア゛サ゛イ゛ラ゛ム゛ま゛で首を゛突っ込ん゛でく゛る゛か゛も゛しれ゛な゛い゛な゛ら゛目に゛分か゛る゛成果を゛作って゛士気を゛上げた゛い゛、です゛か゛……」
この作戦の1番難しい部分は輸送を失敗させる事自体ではない。極論完全失敗を狙うならどこかで裏切って背後から襲えばいい。
けどそれでは意味ない。
妨害はするけど敗戦の責任の比重はUADDが最も大きいという形に持っていくのがベスト。その状態に持っていく手取り早い方法は『UADDから言質を取り、あくまでUADDの希望に沿って動いたうえで、そのせいで敗北した』という状態に持っていくこと。
それが分かるとグリモクロールさんの言動の狙いが見える。
先ほど私に接触したのもUADDからこっちに干渉させる為の釣り針にする為。私が気まずくなってUADDに目を向ける事も彼女にとっては織り込み済み。
そしてまるでUADDサイドの言い難い本音を物分かりよく聞き出している様に見える。無論全くの見当違いであれば彼も訂正するだろうが、彼女は否定し難いギリギリのラインを明言化させていく。
最初こそ苛立った様にこちらに迫ってきた彼もグリモクロールさんと話しているとむしろ機嫌良さげに話し出した。
その様子は彼女がシャーマンらしい格好をしているのも相まって占い師にも見えた。
相手に当てはりそうなことをそれとなく示唆して理解者であることを装い、自分の望む方向に話を引っ張っていく。
占い師のゴールが次回の予約の取り付けやら原価100円くらいのブレスレットを1万円で買わせる事なのだとしたら、グリモクロールさんの今のゴールは彼自身が失敗する布陣を敷く様に彼自身の言葉で指示を出させる事だ。
「こちらにもプライドがある。第一線は俺たちもやるよ」
あれよあれよと言う間にUADDの代表からグリモクロールさんの作戦を自ら否定する様な発言が出た。出てしまった。
UADDの輸送部隊代表の性格を短時間で読み切ってどうしたら焚き付けられるかグリモクロールさんは理解したのだ。
この作戦は本来なら止めるべき悪手。プロゲーマーチームからしたら実力が並び立たない人達に、良く知っている人ならまだしも今日知り合ったようなレベルの人が一緒に並んでも邪魔なだけだ。
何か話が動いている事に気づいたのか近くでさりげなく聞いていたMCさんがなんとも言えない表情をしている。
彼女からしたらUADDとの関係性的にも積極的に指揮に口を出したくない。だからグリモクロールさんの最初の指示通りなら納得したのだろう。けどUADDの代表からそれを壊す様な発言が出てしまった。
けれど常識人だからMCさんは口を噤む。「雑魚は引っ込んで邪魔すんな」とは言えない。
「エ?それは悪手だろ〜。アンタらは大人しく引っ込んでたほうがいい」
だから、その禁句を口にするとしたら別の人物だ。
アメリカ代表である事を姿から表すZaylaXの声がMCさんの奥から投げかけられた。
その時、ギリギリで調和を保っていた空気にヒビが入る様な音を私は聞いた。
「なんだと?」
「DDが死にていに近いって言ってもさぁ、個々人の能力が落ちてるわけでもない。『壁内』がちょっとやる気出してどうこうなる程軟くないんだよ。アイツらのこと舐めすぎだろ?ワタシらだってアイツらには結構手を焼いてたんだぞ?」
壁内。
多少の意訳を含んでいるが日本ではあまりいい意味で使われない。ALLFOの各街はほぼ必ず高い壁で囲まれている。これを指して壁の中で引きこもっている非戦闘寄りのプレイヤーを揶揄する時に『壁内』という言葉が使われる。
ZaylaXは明言こそ避けたが、率直に言い直せば雑魚が足を引っ張んなとUADD代表相手に言い放ったのだ。
けどその発言は、最初にMCさんの下につく事を自主的に選んだ時なら兎も角、ギャルズ三姉妹とグリモクロールさんによって自尊精神が高まっている状態のUADD代表相手に言ったらどうなるか。
「なんだと?俺たちだってアメリカの一角の1人だ。装備も整えてきているし、準備だってしてる。そもそもそういう発言をあんたらプロゲーマーがするのってどうなんだ?」
UADDはPKというマナー違反に近いがルール違反ではない行いをするDDにわざわざ敵対を表明するほど潜在的自治厨の傾向が強いプレイヤーの集まりだ。
そんなプレイヤーに壁内なんて侮蔑に近い言い回しをしたら当然噛み付いてしまう。
「ワタシは別に物質取られても気にしてないよ。DDの初期特持ちと戦うのが面白いから出てきたってだけだからね。負けたいならそうやって陣形を組めばいいさ」
「ZaylaX!」
一方で強いからこそ、見た目からして自信に満ち溢れてないとできないような格好をしているZaylaXは気位が高い。言い方はともかく正論に近い事を言ったのに噛みつかられたらどうしてもより強い言葉で言い返してしまう。
そこでMCさんが致命的な言葉をZaylaXが吐く前にピシャリと一喝して止めた。
しかし、既に空気はこれ以上になくギスギスしていた。
おそらく、グリモクロールさんの計画通りに。
影極薄理論派故意的サークルクラッシャー




