No.72 反転スル天祀ノ結界・開錠セシ不浄ノ門・来タルハ冥途ノ渡シ船⑤
「くそ!なんなんだよこのイベント!手が全く足りてねぇ!」
「あのデカ物を誰か止めてくれ!!」
2ndステージへの進行のアナウンスは、一度その前のアナウンスで士気を上げただけにプレイヤーのメンタルにも大きなダメージを与えていた。
そしてプレイヤー達の絶望は異常個体、つまりボス級の出現で分かりやすく可視化された。
群衆を相手としたレイド級イベントに、レイド級ボスのイベントのドッキングという最悪な状況。
タンクがヘイトを集めるスキルを使えば雑魚をおびき寄せることはできるが、それは同時にボス級エネミーに反応されるということでもある。
この状況は雑魚相手なら戦力として数えられた第2陣のプレイヤー達も、戦力として数えられなくなるという事態を引き起こしていた。
第2陣のプレイヤーが雑魚だけを引き付けられればいいのだが、そううまくいくものではない。隊列を組み直しても根本的な戦力の上昇が起きない限り劣勢に陥ることは誰もが理解していた。中にはあきらめて呆然としてしまう者もいる。
そしてマイナスの感情というのはかなり往々にして伝播しやすい。
ボス個体はそのどれもが身長10m前後と、視覚的な恐怖という面でも優れていた。それはプレイヤーの心を折るのに十分なレベルだった。
どうする、どうすればここから挽回できる?そう考えるプレイヤーもいるが、彼らは上位個体が入り混じるようになったアンデッドの群れとも同時に戦わなければならない。
ストラテジーゲームで言うなれば、自分のユニットは徐々に消耗しているのに、敵は量は変わらず質を上げてきただけでなく、さらには歩兵同士の戦争でいきなり戦術級兵器まで投入してきている状況だ。
もうこれ以上配置できるユニットはない。ほぼ詰みに近い状態だ。
そのエリアに出現した異常個体は『大猿巨腐人』。なにか恐ろしいまでに巨大だったであろう生物の骨をこん棒のように装備してブンブン振り回す。一つ咆哮するだけでプレイヤー達は『恐慌』や『畏怖』のバッドステータスを発生し行動ができなくなる。
そしてそこに振り下ろされる巨大な棍棒。ひしゃげて潰れて死んでいくプレイヤー達。
まるでそれは質の悪いB級パニックホラー映画だ。
そこに突如として、漆黒の雷砲が走り戦場を貫く。その直線状にいた数百というアンデッド共を消滅させ、大猿巨腐人の上半身が吹っ飛んで下半身だけがそこに棒立ちに。続いて赤いポリゴン片になって弾けた。
「何なんだ今の…………」
その雷砲が放たれた場所に目を見やればそこには更に恐ろしい龍の如きクリーチャー、ではなく、黒いマントにピエロマスクとパフェを模った変な仮面の二人組がポツンと立っていた。
◆
そのエリアにいたプレイヤー達は殊更運が悪かった。
異常個体不浄ナル巨賢梟。飛行型の巨大なアンデッドで、空から一方的に魔法で爆撃を行いプレイヤー達に攻撃を仕掛けていた。しかもタンクの誘導を無視して、自分に有効打を与えうる魔術師などの後衛職に積極的に攻撃を仕掛けていた。
誰もがソイツを見上げ、歯噛みする。HPはやたら多いが奴の耐久値はかなり低い。地面にさえ引きずり下ろせればどうにかなる。しかしその一手がない。
そんな時だった。
プレイヤー達は不浄ナル巨賢梟の更に上空から黒い何かが高速で落下してきているのに気づく。そしてプレイヤー達にばかり注意が向いていた不浄ナル巨賢梟は反応が遅れた。
「〔ダブルギロチン〕!」
双剣に青い光を纏わせ、その一撃は上空から梟の頸椎を切り裂き、梟を勢いよく地面にたたき落とす。
梟の薄汚れた灰色の羽だけでなく、濡羽色の翼があたりへ舞い散る。
不意打ち、首への攻撃に関して攻撃力とCritical発生率を高める能力をもつ堕天使の致命的な一撃。その一撃でボスのHPのほとんどが吹き飛ばされ、地面に勢いよく叩きつけられたことがトドメとなって死んだ。
周りのプレイヤー達が唖然する中、堕天使は翼を広げ次のボスを狩りに飛び立った。
◆
「Vuooooooo!!」
「ぐあ!?」
「どうやったら止まるんだアレ!?」
そのエリアにいたのは『牛頭腐巨人』。その強靭な肉体をもって走り回るだけで、タンクさえも貫く勢いでプレイヤー達を蹂躙していた。
「誰か、どうにかしてくれ!」
それはなすすべのないプレイヤー達の叫びだった。
「大の男が情けねえな!」
そこに急に大きな声で罵声が浴びせられる。
なんだ!?と振り返れば、遠くからカッとんできた何かが正面から牛頭腐巨人を迎え撃ち、恐ろしいほどに鋭い前蹴りの一撃でその巨体を宙返りさせるところだった。
「なっ!?」
そこに追い打ちで叩き込まれる前身の力を乗せたナックル。その巨体は面白いように吹っ飛んでいき、赤いポリゴン片となって砕けた。
「雑魚いな。つまんねぇ」
赤い仮面を付けた女はそう吐き捨てると、アンデッド共を蹂躙しながら去っていった。
◆
黒ずんだ銀色の骨の魔物、穢銀巨骨狼は、また一人プレイヤーをかみ殺す。軽快な動きでフィールドを走り抜け、プレイヤーを一人一人狩っていく様は恐ろしく、次は誰が狙われるのだと皆が皆戦々恐々とする。
そんな恐ろしき魔物がいきなり横転する。なにか見えない物に足を攻撃されたように、左脚の骨が大きく欠けていた。
それでも素早く立ち上がろうとする狼、しかし次は左前脚を破壊される。
苦し紛れに咆哮し、更に黒い炎を辺りにまき散らす。しかしそれは空中で打ち返されるように穢銀巨骨狼自身に牙を向く。
一体なにが、自分達の前でなにが起きているのか、誰にも理解できない。
其のうち、勝手にHPが減っていった穢銀巨骨狼はあっけなく死んだ。見えない何かにより勝手に倒されたボスエネミー。まるでプレイヤー達は狐につままれたような釈然としない表情で顔を見合わせるのだった。
◆
「(よし、俺も動くか)『中級死霊共、其処ら一帯の死霊を素早くたいらげこちらに同伴するように』」
ノートはプレイヤー達にそこそこ近づいてきたところで馬車から降りる。そして流れるように〔死者の指揮者〕を発動。周囲の死霊を従え進軍を開始する。
しばらくすると、地響きを立てながら育ち切った中級死霊共がアンデッドの拾い食いをしながらノートの元に駆け寄ってくる。
ノートはその中の一体である死体喰這死芋虫に騎乗し、もう一度〔死霊の指揮者〕を使い多くの死霊を従える。
――――其処に居たプレイヤー達、15m以上に達する巨大蛇のゾンビ『異巨腐蛇』に奮戦していたプレイヤー達は絶望した。
自分たちが必死になって戦っていた存在がかわいい子犬に見えるほど、圧倒的存在感を誇るアンデッドが6体、明確な意思をもってほかのアンデッドと同様にこちらに進んできているのだ。それがある程度近づいてくれば、一匹のアンデッドにまたがる仮面を被った怪しげな男を確認できる。
小さいプレイヤー達よりもよほど存在感のある連中の方を振り向き、異巨腐蛇は激しく威嚇する。しかし仮面の男は動揺することなく、そこまでは大きくないがその場にいるプレイヤー全員が聞き取れる声で言った。
「喰ってよし!」
異巨腐蛇は抵抗らしい抵抗はできなかった。長く待てを命じられていた犬が餌に飛びつく様に、その強大なアンデッドどもが異巨腐蛇に群がり、引き裂き、貪り、苗床にして一瞬にしてその巨体を破壊する。それはあまりに残酷で、ショッキングな光景だった。
しかもそれでもまだ足りないのか、周りにいるアンデッド共を勝手に喰い始めている。
そして仮面の男が号令を出せば、まるでプレイヤーなどいないかのようにアンデッドの集団は近くに居る異常個体に向けて進軍を開始した。
「意味わかんねぇ………あれはなんだ?このイベントはアイツを倒さなきゃ終わらないのか?」
一人のプレイヤーが膝から崩れ落ち、呆然と呟く。
自分たちが苦労して、全力を尽くしても尚勝ち筋の一切見えない敵。それがただの餌扱い。
なにより、ここまで徹底して無視されると自分達とあのモンスターの間にある絶対的な差に奮起するよりも悲観するしかない。
誰もがそう思った。しかし幾人かは、そんな現実を認めたくなかった。完全にやけっぱちとなった数人のプレイヤーが雄叫びをあげながら敵に突っ込んでいく。完全な奇襲だった。
だがしかし、それ以上にその巨体からは信じられない機敏な動きで、奴らは我先にとプレイヤーに食らいつく。
仮面の男が反応するころには、クリーチャーの口からプランとプレイヤーの足が見えていた。
「あーあー、食べちゃったか。ぺってしなさい、っていっても無駄か」
なんだか徒労感をにじませた、しかしどこか牧歌的なまでの余裕そうな声でクリーチャーたちに語り掛けながら、仮面の男はぼんやりとプレイヤーを見やる。
「まああまり我慢させて暴走されるよりはマシか。ここのプレイヤーだけなら食って良し」
それは実質死刑宣告に近い。我先に逃げ出したプレイヤーも、戦おうとしたプレイヤーも、悲観し無抵抗なプレイヤーも、皆等しく喰われて死んだ。
どうやらアンデッドより生きた者の魂は美味かったらしい。アンデッド達は見る限りは幾分かご機嫌だ。というより、生者の味を覚えてしまった。
「さー、次のやつを喰いに行くぞー!」
その場にいたプレイヤー約数百名が蹂躙されるのに30秒もかからなかった。
だがノートには身内以外の事は極めてどうでもいいことであり、客観的にただ今の数十秒で中級死霊たちの戦闘能力や知能レベルを推し量っていた。
しかしながらあまりにプレイヤーが弱すぎてあまり参考にならない。さてこの状況にどう収集を付けようか、そう考えながらノートは次の異常個体を討伐しに向かっていく。
◆
そして、またも何事も特筆することなく異常個体は一瞬で中級死霊達の餌になり果ててノートの魂のストックの一つになる。
ストック欄された魂の一覧を見れば、同格と思しき魂が他に11個ストックされている。8個はユリン達が討伐した異常個体であることは予想できた。そして最後の一匹である異常個体の魂が手に入る。
これで合計12匹、先に確認できた異常個体は全て討伐した。
しかし、特にアナウンスはない。少し面白いドロップや称号は手に入ったが、全体になにか影響があるようには見えない。
「うーん、わからん!もう面倒だ!お前たち“全部食って良し”!」
少し考える時間が欲しい。ノートはそう思い、露払いを中級死霊に任せる。中級死霊はその命令を受けて歓喜の雄叫びをあげ、死霊に加えてプレイヤー達も食べていく。
「(まあ、これで万が一のことがあっても敵は俺に集中することだろう。しかしどう収拾をつけたものか)」
色々なことが立て続けに起き、フィーバータイムが発生し大興奮した後、ある種、賢者タイムに入ったようにここにきてノートは急激に冷静さを取り戻す。
実は昨晩、夜遅くまでカウンセリングが長引いたせいでノートは半ば徹夜だった。なので今日は完全にナチュラルハイになっていたのではないかと自省する。
しかし賽は投げられた。覆水盆に返らずだ。
ノートはなにもプレイヤーを叩き潰したいなどと願っているわけではない。
裏スレで騙し合いマウントを取りあうのも楽しいし、時に彼らはノート達の気付かなかった情報も齎してくれる。カカシを殴っても楽しくはない。ある程度強い者でなければ闘い甲斐もなにもない。
プレイヤーの虐殺許可を出しておいてよくそんなことが言えるな!と他のプレイヤーが聞けば憤慨するようなことを考えながら、ノートは頭を回転させる。
「(とりあえず、全アンデッドを潰せばいいのか?湧くスピードよりも討伐スピードが上回れば進行率だってさがるだろうし。その後、こいつらの召喚を解けば…………いや、それはなんか勿体無いな)」
できることなら腐った森にでも突撃させて威力偵察を行いたいが、それが叶わぬ望みであることをノートは理解している。
ヘンゼルとグレーテルのように、その歩く道にアンデッドでも配置したらこいつらはそれを食べながら付いてくるかもしれないが、こいつらを腹いっぱい食わせてやれるほどアンデッドは召喚し続けられない。
というより根本的に召喚を維持するためのMPが足りない。
「(ダメだな。今日は頭がまともに働かん)」
ノートの頭はナチュラルハイからテンションの過剰な上昇で一気に回転、そしてナチュラルハイは唐突に終わり今はエンストを起こしたようになっている。
そんな頭では建設的な考えは生まれない。なのでノートは今できることを最大限やることにした。つまり死霊狩りだ。
それから十数分、中級死霊達の奮戦ならぬドカ食いにより、アンデッド達は遂に目に見えてその数を大きく減らし始める。
「(上位個体の魂も十数万単位でストックできたか。これはいいな)」
中には希少種に特異個体の魂、明らかに通常ではスポーンしないであろうアンデッドの名前が多数そのストックに名を連ね、ノートは思わずにやけてしまう。最初の想定からすれば、その数百倍の成果を上げることができたわけだ。不満など一つもあるまい。
ノートはそろそろ潮時か、と感じて皆にチャットを送ろうとしてあることに気づく。
「(あ、しまった。バルちゃんに連絡すんの忘れた)」
今回はあまりにミスが多い。やはり徹夜はよろしくないと思いつつ、ノートは真っ先に長時間放置されていたバルちゃんに死霊術師の能力で連絡を取ろうとする。その時、ノートは周囲の雰囲気が変化したことを敏感に察してそちらに注意を向ける。
シャンッ!シャンッ!
澄み切った鈴の音色が、混沌とした戦場に響き渡る。
戦況はまた、大きく動き出そうとしていた。




