No.Ex 戦闘講義Ⅳ
ノートの問いにツナはまたも混乱し始めたが、エロマが少し自信無さげに答えた。
「……特に意識しなくてもカウンターが最適解になる?」
「おお、いい表現だなそれ。俺なりに表現するなら、自動的にカウンターに近づいてしまうって感じなんだろうな。スピリタスのクラスになってくると攻撃のカードの中に常に回避と防御が組み込まれているんだ。逆もまた然り。守備や回避のカードに攻撃の効果がくっ付いている。ジャンケンに例えるとだ、一般人は『グー』、『チョキ』、『パー』のどれか一つしか一度に選べないのに、スピリタスは『グーとパー』とか『グーとチョキ』とか、二つの手を一度に出せるんだ。で、相手の手を見てから好きな方の手を出せる。どっちの方が強いかは考えるまでもないよな」
言わば可能性の拡張。
相手の手を見て好きな方に選択肢を絞り込める後出しジャンケン。
格闘は選択肢の選択間隔が短いだけでなく、選択肢の切替が出来る。
武器は一度振り下ろしや払いなど攻撃行動を始めると咄嗟に回避や防御に切り替える事は難しいが、格闘攻撃は攻撃の途中に防御を割り込ませたり回避に切り替えたりしやすい。逆に回避から攻撃に即座に繋げたりする事も可能だ。
ノートがそこまで説明すると納得したのか、ツナは再びキラキラした目でスピリタスを見た。
「格闘、スゴい!」
「ただな、ツナ。格闘技にはリーチと威力っていう明確な弱点があってだな……」
ここまで聞けば格闘技はいい事だらけ。
ノートの詐欺めいたスピーチに綺麗に乗せられているツナに対し、異様に持ち上げられている恥ずかしさも相まってスピリタスは冷静に諭そうとする。
「けど威力はゲームならあんま関係ないし、リーチもスキルとかでどうにかなるよな?」
そこを更に混ぜっ返すノート。
そうなの?とツナに視線で問われ、スピリタスは珍しく口籠もる。
そうではないと言うのは簡単だが、ツナは素直なので言葉をそのまま受け取る。実際スピリタスが習得しているスキルなどの中には格闘の弱点を補うような技が多い。
「……ないとは言わない。ただソイツを前提に戦うくらいなら武器持って別のスキル覚えた方がいいぜ」
スピリタスはベースの格闘技の才覚が基本形で、リーチ延長などは小手先の技に過ぎない。たまに意表をつくから良いのであって最初から小手先の技を前提に戦えば手の内はバレるし格闘技の強みが薄れる。
「さっき俺が言った格闘技の利点は対武装状態の敵を想定したパターンだ。敵が同じく無手なら選択肢の選択間隔と動きの自由度が同等だからスピリタスもカウンターばっかり狙ったりしない。一回スピリタスがリアルでやってる格闘の試合を見てみるとかなり参考になるぞ。そんでもって、これだけメリットがあって実際にスピリタスみたいに格闘技で長物相手に張り合えるプレイヤーが少ない理由はわかるか?。これは……カるタ君に答えてもらおうか」
メインの生徒はツナとエロマ。
自分はあくまでオマケと考えてボーッと講義を聞いていたカるタは急に意見を求められてビクッと震える。
「えっ、あっしすか!?」
カるタの脳内にすぐに浮かんだ答えは『才能』と言う身も蓋もない回答。
しかし間違いではない。
自分の脳内イメージを身体に反映出来る運動神経。
敵の動きを見切る人間離れした動体視力。
リアルの速度よりは遅いとは言われていても当たり前みたいに弾丸を徒手空拳でパリィするし、あまつさえ弾く方向さえ最近は完全にコントロールできるようになりつつある。
カるタはその職業上、人間離れした能力を持つ者達には縁がある。
単純に競り合ったら絶対に勝てないと思うような選手に何度出会ってきたことか。
その天才達と比較してもだ。アサイラムのメンバーは何かおかしい。
ここ最近は当たり前のようにゲームの中で会うため感覚が麻痺してきたが、本来トン2や鎌鼬は会おうと思って会える相手ではない。カるタの知名度が地方局では取り上げられるくらいの地下アイドルくらいなら、トン2達はトップアイドル級。冠番組をゴールデンタイムに持っているレベルのアイドルだ。
スピリタスはオリンピックの正式競技を主戦場にしていないが故に日本の知名度は高くないが、世界単位でいえばそこそこ名前が知られているレベルの存在だ。まさに鬼神、戦神扱いで変な祀り上げ方をしている地域すらある。
ゴロワーズはかなりゲームが上手い配信者としてカるタも実は認知していた。知られている界隈に偏りはあるが、ゴロワーズの知名度も低くない。プロゲーマーを指導する側に回っているカるタから見てもゴロワーズの爆発力は感心するレベルで、今からプロゲーマーに転向しても余裕で通用するのではないかと思う。
ユリンやGingerは言うまでもない。自分よりも年下なのに圧倒的な強さを誇る二人。ここまで突き抜けて強いとチャンバラにこだわらなくてもどんなゲームや競技でも結果を出せると感じる。今年のオリンピックで二人の知名度は世界的なものになるだろう。
アサイラムの中では割とまとも寄りのJKですらアメリカではトップアイドル級の知名度を誇る1人だ。戦績、才能共に完全に格上。今後プロゲーマー界隈を牽引していくゲーマーの一人なのは間違いない。
他メンツに比べて根が陽キャ過ぎてスルーされがちだが、そのJKもなかなか変わったところが多い。
人間性の欠落と引き換えに人間の領域を超えるような才を持つ者達。
それら怪物たちと比べてケバプの真面さにカるタは涙が出そうになるほど安心感を覚える。良かった。人間がいる、と。
ケバプも年齢を鑑みるとなかなかおかしな性能をしている。御年92歳で化け物連中の戦闘についていけているのだ。単独でクランを立ち上げてもエースとリーダーを兼任できる程度にはスペックが高い。
されど、どの能力をとっても人間の領域を超えているような理不尽さは感じない。
人間の範疇を超えない範囲であらゆるスペックがハイエンド級でまとまっていそうな人で、人間がつかめる真っ当な幸せをストレートにつかみ取ったような人生の勝ち組。
最初は同じくまとも寄りに見ていたネオンも最近はなんだかよく見ているとちょこちょこ逸般人らしさの片鱗を出すのでカるタにとってケバプだけが救いである。
エロマもツナもまだ粗削りなので単純な戦闘能力なら勝てると思う。
されどそれが逆転するのもそう遠くないとみていた。
化け物たちが可愛がって総出で鍛え上げている時点でお察しである。
人間性を犠牲に人間離れした才能を得てしまったようなばかりのアサイラムを見ていると、才能はただ多ければいいものではないとカるタはしみじみ思う。
いや、実際には人間離れした才をもって生まれてしまったから人間社会にどこかなじめず人間性が欠落していくのか。
その怪物たちのリードを握り、まとめ上げるのがカるタを笑顔で見つめる男だ。
知り合ってからそこそこの時間が経ったが、未だ底が見えない。
何を考えていて、その目でどんな風に世界を見ているのか。
弱みがないわけでもない。情けないところも何度も見ている。人並みの価値観を持っていることも知っている。
それでも、全く勝てるビジョンが思い浮かばない。
カるタはここ最近で自分がノートに感じていた不気味さの一端の源泉を理解した。
才能を持ち人間性を欠落させていく者たち。社会を理解し、理解されることができない者達。
本来はノートはそちら側に立つはずなのに、ノートはむしろ社会を深く理解し社会を利用する術にたけている。
人間が人間の言葉を話すのに対し、宇宙人がこちらの理解できない宇宙の言語を話しても不思議には感じない。それが天才たちの孤独だ。元のステージが違えば完全な意味で視座を共有することは難しい。
なのに、ノートは宇宙人側のくせに人間よりも流暢に人間の言葉を操るから怖いのだ。俺は誰よりも人間側だと自信満々に言い張り、実際に人間に化けてしまうから。
どこまで考えて物事を見ているか、その笑顔の下でノートはカるタを観察し続けている。
ノートが今カるタに求める答えは。
──────いいか。自分がどれくらい頑張ったかとか、自分はどう思ったかとか、主体で物を考えるな。結局物の良し悪しを評価するのは他人だ。読書感想文で金賞に選ばれるのは自分の感想を素直に綴った文章じゃない。審査員が求めている需要にマッチした感想だ。誰かに物を問われたら自分にとってのベストアンサーを返しているうちは赤点。出題者にとってのベストアンサーで返せ。
それはノートの指揮の根本にある理論。
勝利の為のベストアンサーは、戦略上のベストアンサーとは合致しないという一見すると理解に苦しむ理論。
指示を与えられる人物にその戦闘において一番勝利に役立つオーダーを出すことは簡単だ。しかしその指示が指示を受ける人物にとって好ましくない指示だったら。どんなに次に出す指示が戦略上最も妥当性があってもそもそも指示を聞いてくれなくなったらどんなにいい策を思いついても無駄だ。
相手に結果を出させつつ、次も指示を聞こうと思える程度に楽しませる。「結果」と「楽しみ」を釣り合わせるから、次の指示にも人は着いてくる。
これを成し遂げるには、指示を与える対象の考えを理解している必要がある。
故にノートは言う。
自分がどう思うかではない。相手にとってのベストアンサーを考えろと。
「(突き詰めれば、自我を棄てろってことっすよね)」
確かにノートの理論を理解できないとは言わない。
しかしそれは出来る出来ないというより、出来てしまっていいものなのか。
周囲にとってのベストアンサーで答え続けるなら、自分にとってのベストアンサーは誰が聞いてくれるのか。
どだい無理なのだ、完全に自我を消すことなど。
本来曲がるようになってないものを強引に曲げたら物は壊れるか変な癖がついてもとに戻らなくなる。
出来てしまったから化物に成り果てたのか。
化物だから成し遂げてしまったのか。
カるタは人間であるが故に、化物の心を見通すことはできない。
されど弟子として、年下の友人として接することはできる。
ノートは期待していないものにチャンスは与えない。
弟子として師の期待に応えるべくカるタは回答する。
「…さっきの対長物理論は、格闘技の使い手が常に攻防一帯のレベルの技術を持ち、武器持ちよりも素早くコマンドを選択できる前提になってるっす。でもそれって、コマンドを正しく選択し続ける頭の回転の速さが必要っすよね。そうじゃなきゃ武器持ちの方がリーチ分圧倒的に余裕があるっすからね」
ノートは指導において無駄なことをしない。
答えられない理不尽な質問をして弟子を困らせるタイプではない。
今までの言葉の中にヒントはある。
カるタはピースをつなげ合わせて正解と思われる絵図を作り、どうだ、とノートを見る。
弟子にはスパルタ




