No.Ex 野朗どもの飲み話 後
ノートとトン2の情報吸収能力は近い様で少し違いがある。
トン2は「A」の情報を「A」、「B」の情報を「B」とそのまま吸収することに長けている。人間の脳が無意識にある程度カットする微細な情報をほぼカットしないまま吸収してしまうとも言える。
対してノートが得意とするのは「A」だった情報が「A‘」に、「A’」が「A“」に、「1」が「1」に変わった事を即座に察する力。
常人なら気付けないほんの微かな変化に敏感に反応する力。
そして一度に把握できるの情報量の多さ。
トン2のそれはどちらかと言えばタイマン時に最大の効力を発揮する。一つの物事から大量の情報を得る事に長けている。
その能力は周囲に大量の人がいると逆に吸収できる範疇をオーバーしてそれがノイズになってしまう。
一方でノートは大量の情報があっても問題なく処理出来る。対象を一つに絞らず複数の対象から一気に情報を吸収できる。むしろ多ければ多いほど相互干渉によって起き得る変化が増えるので直感能力は冴え渡る。
故に俯瞰視点型のオンゲ時代とは違うこのご時世なのにリアルタイムで周囲に指示を出すことが出来る。
「平気そうな顔してるけどよ、ノラの彼女陣営と同じくらいアイツも生きにくいヤツだよな。悪用しまくってるから同情なんてしてやらんけどよ」
「ははは、むしろ同情なんかしたら怒られるよ」
幼い頃から人より周囲の事を理解し過ぎてしまう。
暴かなくてもいい事まで暴いてしまう。
それはやはり周囲からすると「異質」で、子供は時に大人よりも「異質」に敏感だ。
いじめというのは元を辿れば自分達のコミュニティから異分子を追い出す生物的本能に根付いた現象でもある。
コミュニティから完全に浮いていた小学生時代のキアラにも気軽に声をかけられたのは、ノートもコミュニティに縛られていない存在だったからだ。
クラスカーストのどこにも存在しないが、かと言って周囲の繋がりがないわけでもないという不思議な立ち位置にいたから、キアラと絡んでも周囲から爪弾きにされなかった。
ノートがひとえにその立ち位置を確保出来たのは、周囲からの目線すらもノート自身が幼いながらに理解して立ち回っていたからだ。
それでもやはり少し浮いた存在である事は確かで、自分の能力を上手くコントロールできていなかった小学生時代はその浮き方が顕著だった。完全に落ち着いたのは高校生になってからだろう。
同じ視座で話せる存在が周囲に増え、師匠と仰げる存在が生まれた事がノートに急速な成長を齎した。
ただ、その安定によってコントロールできる様になった力を女性関係に使った事が全てを狂わせた。
ユリンという世界最高峰の才能を持つ存在に脳を焼かれていた男の食指が動いたのは、よりにもよって攻略難易度SSSみたいなトン2と鎌鼬で。
中学生時代のスピリタスとの急な別離によるトラウマを打ち消す様にゲーム感覚で口説いていたら思ったより上手くいき過ぎてしまって。
そこにジアというノートという同種の存在が加わって更に話がややこしくなり。
気づけばノートの人間関係を紡ぐ糸は絡まり過ぎて解けなくなった。
それを間近で見ていたNeWとNavyも、正直ここまで拗れるとは考えていなかった。
「原因はまあ、分かりきってるよな……」
「うん……」
2人の脳裏に過るのは実に魅力的な笑みを浮かべた日本人離れした容姿を持つ女性。最近遂にノートから実質的なプロポーズを受けることに成功したロシア産女帝だ。
トン2と鎌鼬だけだったら、まだもう少しまともな状態だったかもしれない。
ノートに対して2人が執着はしていても、適度に牽制し合う様な、それでいて親友同士だから決着もつけられない様な、どこぞの高校生が主人公のラブコメみたいなやり取りをグダグダ引っ張り続けていたかもしれない。
しかしジアは違う。
周囲から「こんなハーレムなどを許しておいて、お前は本気で将来のことを考えて動いているのか!」と怒り気味に問われれば、「ハイ!」と元気よく返事して聞いた側が逆にドン引きするくらい明確で具体的な将来設計図をプレゼン形式でぶち上げてくる女だ。
そんな女だからこそ、トン2や鎌鼬に気後れせずあまつさえハーレムルートを説き伏せる事が出来るのだ。
何もかもが規格外。
およそ精神構造が常人のソレから逸脱している。
親友の婚約者と言えど、NeWとNavyとしてはそう評価せざるを得ない。
2人も最初はそこまでの狂人だとは思っていなかった。
むしろトン2や鎌鼬を制御できる数少ない常識人側だと思っていた。
それは高校生の時点だとトン2や鎌鼬、ユリンなどの異質さの方が目立っていた事もあるだろう。
あるいは新たなコミュニティに属した時、まず猫被りから懐柔を行い、心酔させ、支配をする事が女帝にとって極自然な行動様式だったからかもしれない。
ではどのあたりから狂人らしさが見え始めたか。決定的に女帝の動きが怪しくなりだした出来事を挙げるとすれば、それは女帝が初めてヒトを好きになった事だろう。
女帝がノートに言い寄り始めてから、ようやくNeWもNavyも女帝の怪物めいた本質に徐々に気付き始めた。
周囲の人間を支配し愛されることに長けた女がたった1人の男からの関心を得る為に生まれて初めて本気を出し始めたことで、被っていた化けの皮が外れ始めた。
ハッキリ言ってしまえば、女帝はあまり身近に存在して欲しいタイプの人種ではない。というよりヒトのカテゴリーに当て嵌めることすら躊躇われる。
NeWもNavyも大凡人間関係というものに挫折をした事がない。それは2人とも能力値が高くコミュニケーション能力にも長けていたからだ。
その2人をして全く手も足も出ない生まれながらの怪物。
純粋な対人能力に於いてノート達と比較しても群を抜いた才覚を持つ女帝相手ではNeWもNavyも正面切って事を構える気にはなれない。自分の味方だと思っていたものの懐にいつの間にか深々と入り込んでいそうな悍ましさが女帝にはあるのだ。
ノートの傍に居る時はまだ常識的な範疇の立ち振る舞いをするが、NeWやNavyからすれば獅子、いや魔王が子猫の皮を被っている様な怖さを感じるのだ。
この会話すらも女帝は把握しているのではないか。
NeWとNavyの頭に嫌な考えが過る。
現実的に考えたらまず有り得ない。ここは個室居酒屋で、盗聴などに関しては専門家のNeWがいる。どうやってもこの会話を女帝が把握する術はない。無いはずなのだが、過去に積み上げた実績が100%有り得ないと言い切らせる事を躊躇わせた。
そんな恐怖を打ち消す様に2人は酒を呷る。
「ルナがさぁ…………普通にジアさんと仲良いんだよなー…………」
そんなハイペースで酒を入れたからか、グラスを空にしたところでNeWが頭を抱えてため息を吐く。
長い付き合いのNavyからしても、NeWがこの様に弱音を吐くのは非常に珍しい事だった。
大抵のことは自力でどうにか出来てしまうNeWだからこそ、ここまで弱った態度を見せるのはなかなかない事だ。
加えて、プライドが高くあまり人に弱った姿を見せたがらないというのもある。
それを差し引いてもNeWは困り果てていた。
NeWの婚約者となったルナは、ジア同様に高校時代から接点がある。リアルで顔を合わせるだけでなくダブルデートの経験もあり、それを機にルナとジアの間には強い友人関係がある。
これでルナがジアにマルチの片棒などを担がされていたりしたらNeWも大義名分を持ってその関係に割って入れるのだが、タチの悪いことにこの2人の関係は非常に真っ当な友人関係だ。
お互いクセのある彼氏を持つ同士、共感できる事もある。特にルナとしてはカウンセラーになれる腕前を持ち、高い対人能力を持つジアは困った事がある時の相談相手として最も頼りやすい友人なのだ。
言い換えればそれはルナの事情や弱点がジアに筒抜けということであり、1番大切な女性の弱みを握られているというのは、普段から弱みを作らない様に動いているNeWからすると頸動脈にナイフを突きつけられているのと同じ。
ジアは好きな男が絡まない限りは割とまともだ。むしろ頼り甲斐のある友人とも言える。
一生を添い遂げると覚悟を決めた相手の素性を気軽に言えない都合上、ルナも周囲とは軽率に新しい人間関係を築き難い。というよりルナが自主的にNeWに合わせている。そうなるとルナにとってジアは、昔から面識があり、彼氏の事について話をしても問題なく、自分の事情に理解が深い貴重な友人枠になってしまうのだ。
こうなるとNeWとしては口を挟み難い。
そしてこうなる様に女帝が立ち回っていたとしか思えないのがNeWとしてはなんとも恐ろしいのだ。
「お前もマジで気をつけろよ……」
「気をつけたところで防ぎようが……」
結婚を見据えて最近女性とのお付き合いを始めたNavyにNeWは先達として忠告をするが、Navyも女帝には何度も煮湯を飲まされているのでため息を吐くしかない。
あの女に釘を刺せるとしたら自分たちの師匠達か、いや師匠達でも完全に押さえ込めなくなりつつある。
やはり女帝の想い人しか釘を刺せない。
ここは一つ遅刻中のあの男に改めてちゃんと見張っておけと言わねばならない。
NeWとNavyの無言の合意。
そのタイミングでドアがガラリと開く。
「いやすまんマジで」
「「待ってた」」
個室に無遠慮に入ってきたのは女帝の首根っこを唯一抑えられる人物。
遅れた事を軽く詫びるノートにNeWとNavyはニッコリと微笑む。
「え、なに、どったの?」
そんな親友達の変な態度を見てノートは軽く引く。
厄介ごとの匂いを敏感に感じ取ったのか明らかに体が逃走できる体勢に変わりつつある。
「逃さんぞ」
「君の婚約者について話があるんだよ」
しかし伊達に長い付き合いではない2人はその気配を察知し即座に捕獲。ノートを強引に椅子に座らせる。
そしてノートは2人からもっと婚約者を制御してくれと真面目な説教を受け、心当たりしかないノートは「はい」と頷くしかないのであった。




